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すっきりしたこと,すっきりしないこと

今週すっきりしたこと.自作のカセットテープが3本残っていたのを QuickTime でデジタル化した.即興曲とか詩の朗読とか.やっとカセットテープがなくなってすっきりした.前世紀から予定に入れていたことだった.

今週すっきりしたこと.自分の研究を展望する部分をふくむスライドを作成して,動画として公開した.研究紹介の部分は短いし,見る人はほとんどいないだろうけど.

今週すっきりしないこと.エディタの意見を把握し損ねたのが原因で,ジャーナルに論文を蹴られた.改訂を要求されたうえで蹴られたのは初めてだと思う.Coordinating Editor というひとが登場して,「短くしろと言っただろ.ほとんど変わらないじゃないか」と言った (論文の長さ以外には触れてなかった) のを受けての決定だ.前回はたしかに Reviewers 1, 2 のコメント,そしてレフェリーリポート一本は受け取った.でも,Coordinating Editor ってひとはいなかった.レフェリーリポートを書いたのは Reviewer 2 だと思っていたんだが,「なんかコメントとリポートで矛盾したことを言ってるな」と思ってた.Reviewer 2 というのがじつは Coordinating Editor だったのかもしれない.あるいは単に Coordinating Editor のコメント入力がうまくいってなかったのかもしれない.(Editor's comment という欄は空白だったし.) だとしたらなんとも残念.

それはいいとして,同僚のみなさん,論文を短くしろと要求するときは,どこを削ればいいか具体的に指摘しましょう.

【2008/06/21 17:00 】
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CiteULike の欠点

文献情報管理サイト CiteULike ついて,三原麗珠から話題の提供があった.CiteULike を紹介するサイトは多いが問題点を指摘したものは少ないので,ここで現時点での欠点などに触れておく.CiteULike 自体を知らないひとは,この記事の前に FAQ でも読まないと背景が分からないかも.たしかに便利そうではある.

ちなみにれいじゅさまのライブラリはこちら.いまのところ彼のペーパーを理解するために役立ちそうな社会選択や協力ゲームの書籍を重視しているようだ.

  • 日本語の混じる bib ファイルは,文字コード Unicode (UTF-8),改行コード LF でアップロードできるようだ.ダウンロードの方は,mi エディタだと文字化けし,テキストエディットでは開けなかった.TeXShop で適切に文字コードを選べばオーケー.Google ドキュメントなら,bib という拡張子を txt に変えればオーケー.
  • bib ファイルやサイトから読み込ませたばあい,名前の読み込みに問題あり.たとえば Econometrica のサイトから取り込んだ Ignacio Palacios-Huerta という名前は Huerta を姓と認識した.Mihara, H. Reiju と bib ファイルに正確に入れてあっても,ファーストとミドルを勝手にひっくり返した Reiju H と表示される.
  • 日本語で「三原 麗珠」と名前を入れると,「麗珠」が名字と認識する.「三原, 麗珠」とやると「麗珠 三原」と表示.たぶんこれがベストなんだろうな.ちがう妥協策としては,「三原麗珠」のように,名字と名にスペースを入れない方法がある.
  • bib ファイルをアップロードして取り込んだ文献情報は,フロントページに現れるなどの「広く知らせる」優先あつかいを受けない,あるいは受けないことがある.(FAQ の "I posted a PDF of a paper from my homepage, but it doesn't appear on the front page of CiteULike. What's wrong?" を参照.) Supported list に載っている出版社のサイトからの情報ならばこの優先扱いを受けるのだが,同じペーパーの情報でも bib ファイルから読み込ませると優先扱いをうけない例が多かった.
  • そもそも文献を管理するのに,文献情報を控えることが必要か? 全文の pdf に kumabe-m08jme44 という具合に適切に名前を付けて自分のハードディスクに放り込んでおけば十分では? 引用する文献なんて限られているのだから,引用が必要になった時点で bib ファイルに手入力すればいいのでは.あるいは Google Scholar などから取り込むこともできる.特に CiteULike は web アプリだから,テキストファイルと違って待ち時間は無視できない.
【2008/05/24 11:31 】
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fc2 ブログ投稿の省力化?

このブログへの投稿を省力化できないか.いくつか試みたが,うまくいっていない.

  • 携帯電話からは投稿できるらしいが,普通のメールからはできないようだ.関連記事.これができればベストなんだが.
  • GoogleドキュメントからFC2ブログに記事を投稿する方法.やってみたけど,日付が1970年になった.fc2 のエディタで開いたら 汚い html になった.そもそも Google ドキュメントからの投稿はそんなに便利ではない.
  • じゃあ,メールで Google ドキュメントに投稿し,それを fc2 に再投稿するのはどうか.いちいち Goodle ドキュメントに入ってブログ投稿 (公開) 操作をしなければならない.メールを出すだけではダメだ.しかも上記の日付問題は残るはず.
  • パソコンから携帯アドレスにメールを送り fc2 に自動転送するのはどうか.これならできそうだが,あいにくボクは携帯を持ってない.
  • Google Talk や Twitter を利用できないか.Google talk は改行を打ち込んだらメッセージが確定して送られてしまう.ひとつのメッセージが短すぎて,文章全体を意識した推敲ができない.使ったことないけど,Twitter も似たようなものじゃないか.
  • ブログに掲示版をつけて,それに入力して行く.かなり楽だが,ブログ記事自体が投稿されるわけじゃない…….
【2008/05/13 06:00 】
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年末は家具の入れ替えとか順序数とか

年末が遠い過去に思える.

年末はなにをしたっけ.ニトリで L 型デスクを買って部屋に入れた.ネットショッピングで買ったレース調遮音カーテンと書棚4つを部屋に導入し,古い机と書棚は「物置」に移動した.部屋は書斎ぽくなった.でも箱詰めして押し入れに入れてあった本 (といっても箱はふたがしてないものが大部分だったので,すぐ見れるようにはなっていた) を書棚に移したらすぐいっぱいになった.本というのは場所を取るものだ.

その前は竹内外史『集合とはなにか』と篠田らの『集合・位相演習』(サイエンス社)の集合論の後半 (6-10章) をざっと読んで,今年書く予定のペーパーに必要な知識というか直観を仕入れた.「直観を仕入れる」って言い方はヘンってのはおいとこう.無限上昇列があるからといって無限下降列がとれるわけでないことは,たとえば自然数の全体 ω を考えれば分かるだろう.一般読者としては,「一般の順序集合で,ある要素の前に無限上昇列があるからといって,その要素から始まる無限下降列が存在するとはいえない」ことを知っておけば十分だろう.たとえば,どんな (たとえ非可算でも) 《順序数》をとっても,無限下降列は作れない.順序数ってのは自然数の概念を拡張した集合で,たとえば ω・2 = ω + ω = {0, 1, 2, 3, ..., ω, ω +1, ω+2, ω+3, ...} のように ω のコピーをふたつ用意して,最初のコピーの次に2番目のコピーを並べたものは順序数だ (2 のコピーをω回ならべた 2・ωとはべつ).ω +1 以前に無限個要素があるけど,ω +1 から始まる無限下降列は作れない.ほかにも ω・ω = ω2 のように ω, ω・2, ω・3, ω・4, ... のリミットに来る順序数もある.ω3, ω4, ... のリミットである ωω もある (ノーテーションは同じだけど,ωω は ω から ω への関数の集合とはべつもの).ωωω もある.これらの操作によって,バカでかい無限の「数」が作れると思うかもしれないが,それらはせいぜい加算個の要素しか持たない「小さな」順序数だ.だからより大きな順序数を作る操作も必要で,たとえば実数の濃度に対応する最初の順序数というのを考えることができる.順序数はいくらでも大きくできるが,その部分列で減少するものを作れば必ず有限個で終わるのだ.

休み前には今年教える可能性の高い MBA プログラム向けの「経済分析」にむけて,伊藤元重の『ビジネスエコノミクス』 なんかも読んでみた.すぐ読めてすぐ忘れるたぐいのものだけど,副読本には悪くないかも.流通業界の話とかするには抽象的プレーヤーを持ち出すよりも,イオンとかセブンイレブンとかプレーヤーが具体的なほうが一般人には受けるんだろうな.

つづく

【2008/01/08 19:55 】
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ちょっとしたぜいたく

無限についてのイメージを豊かにするために,集合論の新書 (竹内外史. 新装版 集合とはなにか. 講談社, 2002) を読んでいる.ブルーバックスながらなかなか読みごたえがある.こういう本を読めるのはちょっとしたぜいたくか.第1章「立場の変換---翻訳語としての集合」,第2章「天地創造---楽園追放」,第3章「公理的集合論---現代数学の基盤」と読んできて,いま第4章「現代集合論---華麗なる展開」の途中.第5章「未来への招待---私の立場から」まで終えることができるだろうか.「公理的集合論」とは,大雑把にいえば,ラッセルの集合 (自分自身を要素に持たない集合の集合) など極端に大きな集合を考えることによっておこる集合論の矛盾を回避するために発展して来た分野だ.

いろいろな無限たちがあれば,その一方には有限もある.そちらをあつかうのは「離散数学」だ.さいきん購入した本のなかに石村園子の『やさしく学べる離散数学』(共立出版, 2007) があった.さすがこの著者だけあってなかなか分かりやすい.(欠点はこの著者の他の著書同様,なぜそれを学ぶのかという動機付けがないことだ.) 学部レベルの離散数学の本としてはもっとも簡単といえるだろう.高度な内容を避けている感じはあるが,それでもこれだけやればたとえば古典的な社会選択を勉強するための準備としてはじゅうぶんだろう.内容は集合と論理,関係と写像,代数系 (半群,群,巡回群,対象群,環,体),順序集合と束 (ブール代数も),グラフ (有限オートマトンも) といったところだ.こういう「現代的な」「情報数学的な」トピックスは経済学部あたりではなかな学べない.それらを知るぜいたくを典型的な学部生が独習可能なレベルに持って来た本と言えるかもしれない.ボク個人は,反射律・反対称律・推移律のグラフ表現,ハッセ図を使った最大限・極大元・上界・上限の表現なんかが気に入った.なお,24頁の「命題 p→q」の説明はまずい.

もひとつささやかなぜいたくを挙げよう.フロインドリーブのシトーレン 1 キログラムだ.(写真はクリックで拡大する.)



やっぱりおいしかった.通販で買ったので 5040 円したけど,おいしかったので許す.前回の記事に書いた浄財を払うよりは,同じお金で 22 個買ったほうがよかったかもなあ.いや,まとめ買いは送料が節約できるのでもっと買える…….シトーレンについては,ボクがいろいろ書くかわりに,三原麗珠の公平理論のページにあった 2004 年の記述を引用しておくことにする.その後高松のシトーレンが改善したかどうかは知らない.

今週の食べ物: 神戸のフロインドリーブの Stollen を入手. シュトーレンの店は kashi-kashi.com に数件紹介されている.フロインドリーブのやつはとてもおいしかった.(本当はもう少し寝かして食べようと思ったのだけど.) 自信を持って勧められるクリスマスケーキというか,クッキーというか,パンというか,である. もともとシュトーレンを知ったのはそんな昔のことではない.(あるいは知っていたが,忘れたのだろう.) 菓子屋をやっている叔父から数年前,送ってもらって知った. 高松よりはだいぶ小さな地方都市で菓子屋を経営しているわけだから,この知名度も低くて 見た目も良くないお菓子を売るのは大変だろう.おそらく叔父は売れなかったからといって,また違うのに挑戦するんじゃなかろうか. ところで高松では Donq というパン屋で,小さな切れ端が 500 円で売っていたが,あれはくるみパンみたいで まったく期待はずれだ.あれがシュトーレンだと思わないように.高松でまともなものを手に入れられる ところを知っていたら,教えて.

今週の食べ物: 数週間前に入手した神戸のフロインドリーブのに引き続き, いくつかStollen を入手.ここ数週間に検討したものを僕の好みで順序づければ, フロインドリーブ(神戸),ル パティシエ タカギ (東京),ビゴ (Bigot) の店 (東京), ??(東京),ルーウ゛(高松),Donq (高松) の順になる [12/24/04 に ル パティシエ タカギを追加]. 安心して薦められるのはフロインドリーブだけ.シュトーレンもけっこう難しいのかもね. ビゴの店と ル パティシエ タカギのは好きずきだろうか.僕の好みでもほとんど並んでいた. 高松の2つはすかすかしていてくるみパンのような感じだったんで,すすめられない.

追記 (12/13/2007)

その後 Pierre Herme (東京),全日空ホテルクレメント高松,ロリエ二見のシトーレンを入手した.どれもフロインドリーブには負けている.ただ,数日前食べたときよりも今朝は味がよくなっていた.少しづつ熟成して味が良くなったという感じではなく,急激に変わった気がする.雨が降っていて,適度な湿り気 (?) になったせいかもしれない.

【2007/12/08 10:22 】
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愛宕神社でオール 5 ゲット

総本宮 京都 愛宕神社のサイトで 55555 をゲットした!

【2007/11/23 05:20 】
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択捉の前,日本橋の前はどこ?

もと【2006/07/11 22:17 】記事

戸籍謄本・改製原戸籍謄本・除籍謄本を中心とした家系調査がほぼ完了した.(調査方法はメモを参照.)

自分の先祖 (特に父方) はけっこういろんなところに住んでいたんだなと思った.コンタクトした役所だけでも,釧路地方法務局根室支局,根室市,函館市,東京都中央区日本橋特別出張所,横浜市西区,徳島県海部郡美波町,香川県三豊市,宮崎県延岡市,宮崎県東臼杵郡門川町,宮崎県東臼杵郡美郷町,宮崎市,北九州市小倉北区となる.いや,それだけではなく,「むかしは日本も広かったんだ!」と思った.入手できた戸籍に限っても,択捉島で生まれたあるいは本籍のあった直系尊属もいれば,朝鮮で生まれた傍系もいれば,樺太に婚姻届を出した傍系もいれば,沖縄で死んだ傍系もいた.戸籍には現れないけど,祖父は満州の瀋陽にいたこともある.

家系図作成,本籍地・出生地・死亡地特定はそのうち着手するとして, 先祖の本籍地にはえらく辺鄙なところもあれば,東京のど真ん中の日本橋もあった.辺鄙な方の代表と言えば,やはり千島国紗那郡紗那村 (しゃな) だろう (「北海道千嶋国紗那郡紗那村にいた先祖」参照; 択捉と香川の関係については「庄内半島でラッキーなモーセ体験」で憶測を述べた).現在は北方領土と呼ばれている択捉島では中心的な街だが,択捉島自体はいまだに村と村との間の境界もはっきりしないようなところだ.(たとえば岡山と香川の間にも「境界未定地域」はあるけど,これは例外的.択捉では境界がひかれている場所のほうが例外なのだ.) 日本橋にせよ択捉にせよ,その土地に先祖代々土着だったとは考えにくい.どこからやってきたのかは分からなかった.

土着の可能性が高いと思われるのは以下の先祖である.遡れる本籍でいちばん古く,安定しているものをリストする (F は父親,M は母親,f は養父,m は養母を表す):

  • FMF (父の母の父) 以前 (FMF 安藤清太郎,その弟安藤庄治郎,FMFF 安藤嘉四郎の家系).ただし FMF とされる安藤清太郎が FM キヨの実の父であるかどうかはあやしい.香川県三豊郡詫間村.
  • FMf (父の母の養父) 以前および FMm 以前.香川県三豊郡詫間村および下高瀬村.
  • FFFM 以前 (FFFM 菊池ミネ,FFFMF 菊池勝美の家系).山形県飽海郡勝俣関村.
  • MFF 以前.徳島県海部郡.
  • MFM 以前 (MFM 柏田サカ,MFMF 柏田福治の家系).宮崎県東臼杵郡北郷村.
  • MM 以前 (MMF 小野大蔵,MMFF 小野瀧蔵の家系).宮崎県東臼杵郡門川村および冨高村.

一方,土着の可能性が低いのはいうまでもなく日本橋あるいは択捉に本籍を置いていた父方の祖先である:

  • FFF 以前 (FF の伯父遠藤三春,FFFF 遠藤自彊の家系).FF の伯父遠藤三春の本籍が,横浜市戸部町以前に東京市日本橋区蛎殻町にあった記録あり.除籍謄本自体は,横浜までしかさかのぼれず.FFF の供雄は大正2年に横浜に本籍が移った時点あるいは大正12年の関東大震災後に戸籍を再生した時点で亡くなっていたようで記載なし.日本橋の戸籍が除籍になったのは大正2年であり,中央区から「大正3年以前の除籍簿は,再製の資料がなかったため,再製していない」と告知があったとおり,除籍謄本は入手できず. 日本橋の蛎殻町は明治になって先物取り引きなんかの金融の街になったそうである (関係ないが,先物ってのは意外と古い金融商品なんだよね).祖先が証券会社かなにかをやってたという話とは矛盾しない.蛎殻町は江戸時代は大名屋敷だったからそこにいたわけはない (ただし [秋田城の?]殿様につかえる医者だったとも聞くから,可能性は皆無ではないかもしれない).遠藤家がどこから日本橋にやって来たのかは謎である.
  • FMM 以前 (池田重久,池田重太郎,FMMF 池田甚吾の家系).明治 33 年 (1900 年) 生まれの FM キヨは択捉島の生まれであるようだ (紗那村外二ヶ村に出生届がある).キヨの出生日に香川籍 FMF 安藤清太郎との婚姻届を出した FMM 池田スシは千嶋国紗那郡紗那村74番地の FMMF 池田甚吾の長女で,明治14年生まれである.入手できた二通の択捉の戸籍は残念ながらいずれも FMMF 池田甚吾を戸主とするものやそれ以前のものではなく,その長男池田久次郎を戸主とする紗那村45番地のものと,甚吾の次男の長男池田重久を戸主とする紗那村72番地のものであり,スシの名はなかった.ただ,甚吾の妻で慶応 3 年 (1867 年) 生まれの (FMMMF 池田甚兵衛の長女) FMMM 池田テイは,久次郎を戸主とする紗那村45番地に本籍を置いた後は,重久にともなって紗那村72番地,北海道根室郡根室町,北海道函館市蓬莱町と本籍を移し,昭和 7 年 (1932 年) に函館で亡くなっている.(なお,池田重久はその後東京都世田谷区大蔵町に転籍.) いずれにせよ,池田家がどこから択捉にやって来たのかは謎である.

メモランダム

  • 大正北海道元標」によれば,「紗那村外二箇村元標」という道路元標が紗那郡紗那村字紗那七十二番地先に置かれていたようだ.この 72番地ってのは本籍のと同じなのだろうか.
  • 紗那郡紗那村45番地の除籍副本に「紗那外貳村戸長役場」「北海道紗那郡紗那有萌別飛戸長之印」の印鑑がある.マニアなら泣いて喜ぶ印鑑らしく,コレクターの間では高値で取引されているらしい.というのは冗談だが,レアものであるにはちがいない.枠外にある印鑑がここまで読める戸籍もめずらしい.あるいは謄本にはそもそもこういう印鑑がないのかも.これは副本だからだろうか?


    マニアが泣いて喜ぶ印鑑?

  • いつごろから日本人が択捉で生まれていたのだろうか? 入手できた戸籍では,紗那村45番地の戸籍に「明治参拾壱 [1898] 年拾月参日出生届出同日受付」とある池田政次郎 (FMMF 池田甚吾とテイの三男) のがいちばん古い.ただ,政次郎の記録は紗那村72番地戸籍では「出生事項基本戸籍ニナキヲ以テ記載省畧」となり,根室郡根室町戸籍では「紗那郡紗那村七十二番地ニ於テ出生」「出生ノ場所及届出人ノ資格氏名届書ニ因り記載ス」とある.記録していなかった出生地を後に追加したということだろう.
  • FMMF 池田甚吾の死亡により,その長男池田久次郎が明治43年6月家督相続で戸主となっている (届出は9月).ところが甚吾の次男重太郎が同年9月に分家し,甚吾の残りの子6名が11月に重太郎方へ入家,甚吾の妻テイが12月に重太郎方へ入家している.つまり久次郎は戸主となって数ヶ月のうちにひとりになっている (ひとり残った久次郎自身が除籍となるのは釧路に転籍した大正 7 年だからだいぶあと).なにかあったんだろうか? たいしたことじゃないかな.
  • FMM 池田スシの弟 (FMMF 池田甚吾の次男) 重太郎の妻サトは,出身地が「紗那郡紗那村字チリシクシナイ」となっているが,この地名はネットで検索しても出てこない.「チリシクシナイ」「チリセクシナイ」いずれもヒットせず.つまりインタネット・バージンな地名かも.この地名の載った戸籍こそコレクターが欲しがるかも (笑).調べ方が悪いせいだろうか,全47巻ある角川日本地名大辞典では見つけられなかった.(CD-ROM 版もあるみたいだが,わが大学にはなさそう.) 一方,吉田東伍というひとの『増補 大日本地名辞書』(冨山房. 明治42年初版, 昭和45年増補版) の「紗那」の項目には,「チリセクシナイ川」というのが載っていた.「チリセクシナイ川は源を三角山に発し,其下流は紗那川に会す」とあるので,少なくとも下流の近くはいまでいう「振別川」に当たるだろう.『増補 大日本地名辞書』にょれば,函館を基点として根室を経由して紗那に来る定期船も月三回あったらしい (冬期を除く).おおっ! 池田一族が移り住んだ場所とおなじではないか.
  • この,重太郎の妻サト (明治31年 [1898年] 生) という女性も謎の人物だ.父が金政吉といって日本人らしからぬ名字を持ち,しかも紗那村字チリシクシナイにいたのも珍しいかもしれない.サトの生まれた時代は,1876 年の日朝修好条規による朝鮮の開国と1910 年日韓併合の間にあたるが,詳しい背景は分からない. サトは大正4年に結婚した夫重太郎が大正9年に亡くなったあと,重太郎の弟政次郎との婚姻を大正13年4月30日届け出るが,数日後の同年5月6日には協議離婚届出をしている.そして昭和7年に長野県北安曇郡の人と結婚したけど届けは樺太の元泊郡知取町に出している.ふたたび北方領土に「帰って」いったのだ! 一方,サトと数日で離婚した (明治31年紗那生の) 政次郎は数年後の昭和2年に再婚するも1ヶ月後に妻を亡くし,次の昭和3年12月に三度目の結婚をして,昭和4年4月に生まれた長男は嫡出子の身分を取得している.政次郎はその直後に分家したので,その後の消息は分からない.

リマーク (経済理論にかんする近日公開予定記事の予告編)

ある有名な問題のすごく単純な解決法を見つけた.ここに書くだけではもったいないので,まずはワーキングパーパーにまとめてどこかに投稿してみようかしらん.いいたいことは数行で済むのだけど,それだけじゃ蹴られるかなあ.

追記 (11/20/2007).

金政吉が択捉に住んでいたのは,フジサンケイ ビジネスアイの記事にあるポーツマス条約よりだいぶ前なんだよな:

「サハリンの人口約53万人のうち4万人が朝鮮人といわれる。1905年のポーツマス条約で北緯50度以南が日本領となった後、多くの朝鮮半島出身者が徴用などでサハリン [樺太] に渡った。」

「しかし、敗戦後は「朝鮮人は日本人ではない」という理由で日本の引き揚げ対象とならず、旧ソ連が資本主義圏の韓国への帰国も認めず「サハリン棄民」と呼ばれる事態が発生した。」

【2007/11/20 07:23 】
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analyzed? ってなんだ?

思いつきというものは (by definition) 不意に湧いて来る.Mac の使用中に湧いた思いつきならばとりあえずスティッキーズ (Post-it というか,付箋紙をデスクトップに貼付けた感じのメモ用ソフト) に入力する.そうでなければ紙のノートパッドにでも書いておく:

  • "max freedom, waive rights, van hees jet?, deb04scw"
  • 「山口 O Juice」
  • 「集合とはなにか 竹内」
  • 「矢沢久雄の情報工学“再”入門:ITpro」
  • 「大和記念館,海軍兵学校,うさぎの島」
  • "g(s)=1 iff #{ i: si=0 } < 2, exact effectivity"
  • 「岩間 アルゴリズム・サイエンス: 出口からの超入門 1, 2, 3, 11, 12 (on PageRank), 13」(「出口からの」っていいよなあ.)
  • 「水,chocolate, Shampoo, キムチ」
  • 「安井,負けたのは not 若い者 but 厳密・徹底思考,最前線把握.theory ごまかす教員多すぎ」
  • 「内包と外延」
  • 「経験から学ぶ経営学入門」
  • game form
    1. a b c a a b a
      a b c b c c b
      a b c b c c c
    2. a b c a a b a
      a b c b c c c
      a b c b c c b

こうして見直すと名詞が多い.買い物リストだったり,論文の行き詰まりを打開するアイディアだったり,読書予定だったり, (幻の) ブログ記事のネタだったりするわけだ.なにを指していたのか分からなくなることはめったにない.会話でもそうだ.ボクは会話中になにか思いつくと口に出してしまうので,会話はいくつものスレッドが同時進行している感じになる.ひとつの文のなかにまったく異なる話題が挿入されるのも日常茶飯事だ.「で,ほかのソートもやる? 止める? 辞めると言ってみて引き止めてもらおうとか思ってるのかもしれないけど,この砂糖の部分が癖あるからねえ,まあ,そういう小沢さんのいつもの癖かもね,やっぱりお茶なしじゃむずかしいかも.クイックソートとかあるけど,ぬるいねこのお茶」って具合だ.ボク自身はまったく混乱していなくても,慣れない相手は混乱する.(←日常会話の話であり,授業には当てはまらない.)

しかし今日,こういうメモがあった:

  • analyzed?

動詞だ.「分析されているか?」ううむ,なんのことだ? 分からん! 思い出せない…….

追記 (11/8/2007).

そういえば学生に「授業はすばらしく分かりやすいんですけど,休み時間なんかに交わす会話が奇妙というか不思議というか……」「間の置き方が独特」などと言われることがあった.ひとつひとつの文は細切れが多いみたいなので,「文の中に挿入」と書いたのは正しくないかも.互いに無関係な短文が,不思議な間をとりつつ連続する感じなんだろうな.(理論を教えこむときの間とちがって,会話での間は非意図的だ.) というわけで,本文にあげた文例の読点の多くは,じつは句点にすべきだった.相手になにか (話題 1) を言われたとき,それに答えようとすると,ちがうなにか (話題 2) を思いつくことはみんなもあるだろう.ボクのばあい,「せっかく思いついたんだから忘れる前にそれ (話題 2) を言ってみよう」ということになるんじゃないか.自分でももとの話題への関連性があるのかは分からない.で,相手が話題 2 に合わせて受け答えをすると,こんどは「そういえば話題 1 への回答がまだだったな」と思って話題 1 に戻る……という感じでマルチスレッド化するわけだ.

さっき高橋伸夫の『コア・テキスト 経営学入門』というのを発見してしまった.「この一冊で,目の前のあらゆることが経営の問題として見えるようになり,自分の頭でその答を導き出す姿勢と作法が身につく」そうだ.なかなか大きく出たものだが,この著者なら期待は持てる.これで『経験から学ぶ経営学入門』の優先度がひとつ下がってしまった.

【2007/11/06 16:49 】
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