スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】
| スポンサー広告 | コメント(-) | トラックバック(-) |
お菓子の専売なんかしてどうするの?

志々島では菓子の専売という全国にも珍しい制度があったのでその概要を述べる.この島で菓子を販売することのできる者は入札によって落札し,ただ一店だけである一島一店で独占できるが年間に落札した額の金を納めなければならない.島ではこの金を公共事業の資とした.その代り寄付金など余程のことでないと集めない.この使途を相談する役を区会議員といって村会議員の形式で投票によってきめる.この制度は明治維新以前からあったと伝えられている.これが廃止になったのは終戦後である.(新修 詫間町誌, 詫間町誌編集委員会編, 詫間町役場発行, 昭和46年, 531頁)

もう止めたのね.菓子の専売はおもしろくないが,考え方自体はおもしろい.それで税金払わなくて済むなら「反対」の立場を考え直してもいい.ただ,ボクはお菓子はけっこう食べるんで,ギャンブルなどほかのものにしてもらいたい.だれか経済分析してみては.なお,志々島ってのは香川県の詫間町にある東西1キロくらいの島.

しかし「政府」ってのはなんでも好き勝手に専売にしていいのかね.「専売」ではないけど,さいきん香川県でもこんな事件があった.医療法人徳洲会が観音寺市に進出しようとしたところ,「地元の病床数が必要数に達した」といって県が進出を妨害 (開設中止を勧告後,開設を許可,ただし保険医療機関に指定しないと通知) したのだ (四国新聞: 徳洲会の病院新設で高松地裁「中止勧告は適法」).ベッドが足りているから進出させないって? それじゃダメな病院がなかなか潰れてくれないじゃない.裁判官は提唱者も嫌う「過剰参入定理」でも援用したんだろうか.

【2006/10/23 03:48 】
| 社会 | コメント(0) | トラックバック(0) |
四国中央市の逆転鯉のぼり

キーワード.こいのぼり,順序問題,男女差別,人種差別

死にかけた祖母を見舞うために九州に向かって運転していたときのことだ.(もう二ヶ月前から死にかけていたのだが,こちらもいろいろごたごたしていて行けなかったので死ぬのは待ってもらっていた.べつに延命処置をしてもらっていたという意味ではないけど.) とりあえず佐多岬半島の三崎を目指して高速道路を走っていた.高速道路のところどころに鯉のぼりが吹き流し代わりに (?) 掲げてあって,強風のため棒のようにぴんと張っていた.

そうするうちにクルマは四国中央市という町に突入した.「海に面しているくせに《中央》ということはないだろう」と思ったのだが,トポロジー的に,つまり高速道路のつながり具合で考えるとあながちウソでもない名前だ.どうして《四国中央》なのか,さらなる正当化は市の紹介・概要でも見てもらおう.(ちなみにその紹介にある「当市は……四国で唯一4県が接する地域となります」というのはウソで,徳島県三好市もほかの三県に接する.主語が「当市と三好市をふくむ地域」ということなら問題ないが.)

四国中央市ではそれまでと変わったことがあった.鯉のぼりの順序がおかしいのだ.鯉のぼりを取り付ける順序は基本的に上から吹流し・真鯉(黒)・緋鯉(赤)・青鯉(ブルー)ということになっている.おおきさも黒,赤,青の順序になっているのが普通だ.その日ボクが見た高速道路の鯉のぼりは2匹のことが多かったので原則通りにはいかないのだが,それでもいちばん上に赤が来ることはなかった.ところが四国中央市ではなんと赤がいちばん上の鯉のぼりがあったのだ! しかも赤鯉のほうが黒鯉よりも大きくなっていたかもしれない.

この地域の鯉のぼりの鯉の順序を決める権限が四国中央市にあるのかどうかは分からない.もしあるとしたら,これには四国中央市の意図が隠されているかもしれない.たとえばフェミニストの発言力が強い町なのかもしれない.というのは通常,真鯉はお父さん,緋鯉はお母さん,青鯉は子供ということになっており,

「男性を象徴する真鯉が女性を象徴する緋鯉よりも上になっていたり,大きかったりするのはけしからん!」

ということかもしれない.二匹の組合せが赤と黒なら,男性が女性よりも上になることを拒んでいるのかもしれない.二匹の組合せが赤と青なら,母子家庭のすすめなのかもしれない.

しかしこれらはフェミニストらしからぬ論理だ.というのは色と性別の対応関係は伝統的なものを受け入れてしまっているからだ.単に「真鯉は大きな女性あるいは男性を,緋鯉はやや小柄な男性あるいは女性を表す」とすれば済んでしまう話だ.(それ以前に,五月の節句自体を否定してしまえばいい話だけどね.節句や鯉のぼり自体は否定できないことを前提とした上での,セカンドベストを考えていることになるだろうか.) もしかすると「肌の色で差別するのはけしからん!」ということなのかもしれない.それなら少し分かりやすいが,わが国のコンテキストではあまりぴんと来ない.

今回は残念ながら証拠写真を撮ることはできなかった.みなさんにはぜひ証拠写真を撮るために四国中央市を目指してもらいたい.こう考えると,四国中央市の本当の意図は単に目立つことをして人寄せをしたいということ,つまり「町おこし」の一環なのかもしれない.これは分かりやすいが,高速道路を通る人はあんまり町には入ってこないと思うので,これだけでは効果のほどは疑わしい.おそらくこれ以外にも,一見見落としそうな微妙な細工がいたるところに仕掛けてあるのかもしれない.その名称以外にも仕掛けありということか.

さて,祖母は脳梗塞で半身不随になっていて,左半分があの世で右半分がこの世という感じだった.霊界通信ができるかもしれない.右に転べば生きた家族のところへ,左に転べば死んだ祖父のところへ行けるわけで,どちらに転んでも幸せかもしれない.(自分が所有しているアパートの家賃がどうのこうのといったことが気になるらしいけどね.) でも,いまの中途半端な状態は「苦しい」と言っていた.話はできるが食事はできないいまの苦しい状態が続くのは可哀想なことだ.

追記 (4/30/06). 「通常,真鯉はお父さん,緋鯉はお母さん,青鯉は子供ということになっており」ってのは間違えたかも.こういう記事とかこういう記事とか見つけた.

【2006/04/27 19:48 】
| 社会 | コメント(2) | トラックバック(0) |
他県とほぼ同じ問題ばかりを入試に出題してしまった清水東高校

べつに悪くないぞ.大学院入試なんか,科目によっては大部分の問題が (同じ大学院研究科の) 数年前のと同じなんてことはざら.

共同通信の記事によると,理系のすべての問題が他県の入試問題とほぼ同じか類似性が高かったらしい.全部で 5 問あるうち 1 問が福島県立高校の過去問題と酷似,1 問が2003年の法政二高(神奈川県)の問題とほぼ同じ,その他の問題も岐阜県の公立高校や熊本県の公立高校,愛媛県の私立高校などの過去の入試問題と図や設問が類似していたという.これらの問題を作成した教諭は市販の過去問題集を使ったとのこと.

じゅうぶん分散してるじゃないか.問題なし.こんなんで有名になれるなら,「うちの大学を取材しに来たら!」と言いたくなる.

追記.本文以上の説明は必要ないと思ったのだが,以前ネタにし損ねたある新聞記事を思い出したので追加する. 高校入試の理系問題なんてのはとても範囲が限られている.独自の問題を出すこともできなくはないだろうが,そうすると奇問だとか難問だとか言われるのがオチではないか.奇問難問と言われるのを避けるために丁寧に状況を説明したりすると,今度は「問題文が長すぎる」と言われるだろう.その上,理科の問題は数字をちょっと変えるだけでもあり得ない状況になってしまうのも悩ましい.だいぶ前の産経の記事にも「私立中入試算数 問題文に問題あり あり得ぬ設定多数 濃度30%食塩水 一晩で半減する生物」なんてのがあった.

ありえない状況ならまだマシだが,問題によってはちょっと数字を変えただけで同じ解き方が使えなくなって,難易度がぐっと上がったりするのでやっかいだ.しかもそのことに出題者が気づいていないこともある.たとえば経済理論でいえば予算制約下での効用最大化なんかがそうだ.もともと xy と表されていた効用関数を (x+1) y に変えただけで,ある機械的な解き方は使えなくなってしまう.しかし公務員試験対策問題集なんかは,その事実に気づかずに誤った解答を載せているものが多い.

追記 (11/9/06). さいきん「大学入試過去問活用宣言」なるものが発表された.これで入学試験における過去問の利用そのものは悪くないことは理解できたと思う.清水東高校の関係者は「謝ってはならないことを謝る醜い日本人」の一例だったことはほぼ明らかだろう.謝ってはならないことを謝ったことを謝ってもらいたいものだ.

ただ,「活用宣言」の中身はまだまだ遠慮がちというか,不可解なものだ.つまらない先延ばしをしている (「入試過去問題活用は平成20年度入試(平成20年2-3月実施)から開始します」) だけでなく,「入試過去問題活用宣言への参加は、入試要項などで事前に公表し、使用過去問題については、入試終了後、原問題作成大学に通知すると同時に、受験生に分かるような形で公表します」といった親切すぎる方針までふくまれている.(そういう方針を打ち出すことによって,まるでその宣言に参加しない大学は過去問を使えないような誤解を作り出したいのだろう.そうすることで,参加校を増やそうという魂胆にちがいない.) 入試問題なんて公共財だよ.財産権のようなものを主張するものじゃあない.宣言不参加校も自由に過去問を利用していいということこそを宣言すべきだった.

そもそもやることが中途半端すぎる.過去問の利用なんてのは現状の追認にすぎない.そんなことよりも,入学試験を共同で実施するといった,もうちょっと新しいことを宣言してもらいたかった.同じ問題を使って複数の大学で同時に入学試験をやり,それらどの大学で受験してもいいことにすればいい.その方が受験生の移動も少なくて済むはずだ.

【2006/03/07 20:05 】
| 社会 | コメント(5) | トラックバック(0) |
たまにはニュースにコメント

最近のニュースであるライブドア,米国産牛肉の輸入禁止,東横インの不正改造,元・京大アメフト部員の性的暴行,ソウル大学校とか東京大学での論文捏造,大学入試センターの英語リスニングテストについてコメントしてみよう.平凡助教授の「社会」シリーズ (カテゴリ) の内容は,少なくとも自分にとってはかなり予測可能なものだ.将来はプログラム化してコンピュータが自動的に書くようになるだろう.読者はどれだけ内容を予想できるだろうか.

ライブドア.どうやって儲けたのかよく分からなかった.だれか経済学の単純なモデルで説明してくれ.

米国産牛肉の輸入禁止.この前やっと輸入を再開したと思ったら,また禁止されたようで.そんなに日本の牛肉は安全なのか? 日本から輸入するクルマ数台に欠陥があったからといって,アメリカは日本車の輸入をすべて禁止するわけではないだろう.すぐに死に結びつくクルマの欠陥に比べれば,何十年も死に結びつかない BSE で全面禁止するのは過剰反応では.「そういう問題ではない」というなら,米国産食うな.いや,BSE が出たんじゃなくて,国際標準とはかけ離れた日本側の身勝手な基準に違反しただけだって? ますます過剰反応だ.しかし,アメリカの役人はあんなもんだよ (公共機関だって大切な書類を郵便なんかでは送らない) ってのがまた証明されて,あちらさんもしょうがないなあ.民間の方はピンからキリまでだから,ほんとうは日本の個々の輸入業者が相手先の牧場や食肉処理場を指定して契約を交わして……というのが市場経済のやり方だ.消費者は店で提供されている情報にもとづいて,どの程度のリスクを負うかを決める.政府は出てこなくていい.(今回はアメリカ政府が業者を指定したことで,かえって危なくなった.) もちろん,店で提供される情報を信頼できるのかという問題はある.それについてはだんだん整備して行かなくてはならないし,それも政府なしでできる.どうでもいいから早く牛丼が食べたい.吉野家よ,少々高くてもうまかったら米国産でなくても構わんぞ.

東横インの建物不正改造.「不正」と言ってもつまらない法令に従っていなかっただけじゃないの? 法に従わない代わりに,自己の決めた倫理に従っていたならば偉いんではないか.だいたい,東横インはかなり経営のしっかりしたところだよな.社長の重点の置き方が,ユニバーサルアクセスとはちがっていたわけだ.でもエレベータくらいあるんだろ? ボクの大学研究室にくらべれば,ぜんぜん身障者も排除してないぞ.そうだ,たまに脚腰を痛めて三階の研究室まで行けなくなるのをどうにかしてくれないかな.貧乏大学だから無理だよなあ.

元・京都大学アメフト部員の性的暴行.焼酎を飲むゲームを始めて女子大生2人を酔わせて乱暴したらしい.ゲームのルールに「性交する」というのが入っていたわけでもなかろうし,悪い奴らだ.しかし女子大生も認識が甘い.アメリカでもこういう甘い認識の白人女性はいる.もちろん彼女たちは,大都市中央部の黒人女性に言わせれば「アホか」ということになる.(おっと,決めつけると差別になるな.どっちを差別してるか分からんが.) 未成年もいたようだけど,学生にしてはアホだよなあ.どこの女子大なんだろう.もちろんそういう認識の甘いアホ女こそを守るのがスポーツマンシップかもしれない.でも,学生個人の処分に当たっては,大学が一部学生を特別あつかいして高い倫理基準を適用すべきではない.大学は先走らず司法判断を待つことだ.

ソウル大学校とか東京大学での論文捏造.これは大学そして学界で厳しく対処していいことだろう.法に反するかどうかにかかわらず,こういうのは学問の世界での倫理にしたがって対処すればいい.ただし,こういう不正が行われることを完全に排除できるなどと期待してはいけない.ときどきはそういうことが起こるくらいの自由がないと,学問の進歩にはかえってマイナスになる.

大学入試センターの英語リスニングテスト.こういう日常英会話とかが試験に出るんだろうな.機器の「故障」などの事故が相次いだそうだが,同一試験室内で多くの「事故」が起きなかったのは偉い.受験生が個人主義的すぎてそういう企てには参加しないということもあるだろうし,団体での不正は見つかりやすいのでやらないということもあるだろう.ボクも大学受験では英語のリスニング試験があったな.話したり聞いたりするのにほとんど不自由はないはずなんだが,どうもリンクしたような大都市中央部英語がちゃんと聞き取れなかったりするので,試験があぶない.

追記 (2/3/2006).かわいそうな女子学生を本文中でアホ呼ばわりしたことはちょっと反省している.セクシャル・ハラスメント委員としてときどきやっているように,「この淫乱な尻軽のあばずれ売女! お前が悪いんだ! 死ね!死ね! 死ね!」と,もっときつく言うべきだったかもしれない.まあ,事実が分からないので「アホ」といったソフトすぎる言い方でも仕方ないか.しかし,厳しい親ならこういう娘には間違いなく「死ね」と言うところだろう.娘が死ぬまで言い続けるわけではないだろうから,本当に死んでもらいたいのではないだろうが.かといって「お前はなにも悪くない」などと慰めばかり言うとも思えない.苦悩は娘だけのものではなく,「死ね」と言わざるをえない親のものでもある.(それにしても,うちの親からボクに発せられた単語のうち,10 パーセントくらいは「死ね」だったような.記録でも狙ってたんだろうか.)

【2006/02/03 00:16 】
| 社会 | コメント(5) | トラックバック(0) |
愛はあるのに技巧がない

宇治の予備校講師 (法学部学生) が小学生女児を刺殺したニュースを見たあと (宇治を通過して旅先にいたので普段は見ないテレビを見ていた),夢に出て来た詩に「愛はあるのに世界がない」という言葉があった.「愛はあるのに世界がない」という言葉がしつこく繰り返されていたため,「下手な詩だなあ」と夢のなかでずっと思っていた.その言葉がどういう意味を持つのか,そのニュースと関係あるのか,しばらく分からなくて数日間悩み続けた.今朝の産経抄を見ると「今年の世相を表す漢字が『愛』だといわれても首をかしげるばかり。京都府宇治市にある学習塾の教室で、小六女児を刺し殺した男の顔写真を見ていて、『ゆがんだ』という言葉を添えれば納得できた」とあった.どうやらまた「予知夢」か?

そういえば,米国産牛肉の輸入部分解禁が先週発表されたとき,その話をしていた相手に「やった! ぜったい国内で BSE 牛が見つかったのを [政府は] 隠してるはずだよ!」と冗談を言ってたら,ほんとに千歳市で21頭目の BSE 牛が見つかったな.こちらは夢ではなかったけど.

目覚めたときになんとなく分かっていたのは,「愛はあるのに僕 (たち) の居るべき世界がない」という解釈だ.なんとなく分かるだけなので,説明は試みない.経済理論家としては,「愛はあるのに技巧がない」と言い換えたほうがしっくり来る気がする.詩としてもそちらの方が少しマシだ.読者は,なぜぼくたちが技巧を求めるのかなんとなく想像できるだろう.女児を刺した予備校講師は法学部の学生ということだ.女児に対するある種の「愛情」は感じないでもないが,あまりにも技巧が稚拙だ.ちなみに「愛はあるのに技巧がない」のは法学部出身者の多くに強く感じることだ (「法と経済学」の議論なんかを参照).でも,彼らには同時に「技巧はあるのに愛がない」とも強く感じる.(彼らは経済学こそ「技巧はあるのに愛がない」というにちがいない.) この段落でボクは何を言いたいのか.けっこう説明が面倒そうだし,うまく伝えられそうにないので,暗示するだけで終わろう.

ちなみにボク個人は学生をひとりも刺殺したこともないし殺そうと思ったこともないので,我ながら偉いと思う.(やや特殊な来歴のある自分のばあい,あまり殺意の欠落を強調すると,死活的に重要な抑止力が失われてしまって困るが.) 事件に便乗してさっそくボクが「ああいうほかの教員とちがって,ボクはキミを無事生きて帰してあげるから,安心してボクについて来たらいい」と (児童ではないが) 女子学生をデートに誘うとき,ボクの言葉にウソはないのだ.(ドライブ中のクルマが瀬戸内海に落ちるといった,想定外の事故というのはあるかもしれないが.) ♀学生も生命の安全だけは約束してくれるボクを心から尊敬して,きっとフェラチオでも何でもしてくれるだろう.犬も歩けば棒があたると言うではないか.人徳ある教員が誠意を持ってアドバンス (前進,口説き) すれば棒があたるということだ.

それにしてもその法学部生は困ったことをやってくれたものだ.報道によると,以前大学で財布を盗んだのが見つかって警備員を殴って停学処分を受けたことがあるらしい.ひとを殴るような人間が殺人をするのはいけない! ひとを殴る人間にはそうでない人間よりも高いモラルが求められる.どうしても殺さなければならないならば,女児ではなく大人を殺すべきではなかったか.困ったことというのは,今回の事件により「ひとを殴るような奴だから人殺しもするのだ」という誤解が生じて,予備校講師として就職するのがむずかしくなることだ.「記念に何人か大学関係者を殴ってクビになってしばらく無職で過ごして銀行預金がゼロになったら学校経営のコンサルタントか予備校講師になろう」といった人生設計を描いている大学教員は少なくないだろう.同僚を殴るだけで予備校講師になれなくなれば,彼らの人生設計が大きく崩れるだけでは済まない.大学にたいする「喝」もなくなってしまい,大学が衰退して困ったことになるのだ.

【2005/12/13 23:45 】
| 社会 | コメント(0) | トラックバック(0) |
敗戦記念日もある 8 月にふさわしいエンターテインメント

おっと,きょうは原爆の日だ.日本がアメリカと戦争した時代があったということだよな.今年は「戦後六十年」つまり日本が太平洋戦争で負けてから60年ということだ.60年経ってもいまだに敗戦記念日---「終戦記念日」の方が正式名称だったかな?---は 8月の最大のイベントかもしれない.終戦を記念して,死者と対話するためのお盆がはじまったのだろう.原爆の炎で終戦だったから,お盆には迎え火とか送り火をするのだろう.そして盆に焚火することから,bonfire という単語が英語になったのだろう.ちなみに送り火は英語では bonfire for speeding the spirits of the dead という.

終戦記念日というのがわが国として重要な日であることにはちがいないが,これはいまの平和を祝うのが趣旨なのか,負けたことを悲しむのが趣旨なのか,負けるような戦争をしてしまったことを反省するのが趣旨なのか自分にはよく分からない.お国がちがう韓国で「光復節」として祝うのは分かるが,日本人が祝う必要はないだろう.じっさい国民の祝日ではないから,祝う必要はない.かといって悲しむべき日かと言うと,それもちがう気がする.「敗戦」と言えば悲しみのニュアンスもあるが,「終戦」には悲しみよりも「終わった!」という安堵のニュアンスが強そうだ.まさか反米とか反日のための日ではないとは思うが…….やはり戦争に勝てなかった,戦略のまずさを反省する日というのが正解だろうか?

敗戦記念日の趣旨についてこんなに深い考察をした日本人はかつていなかったのではないかと錯覚しそうな前段落であるが,それは置いておこう.平凡な一日本人としては,喜びや悲しみや反省などなど (ひとによっては反米・反日も),いろいろあるときに適当に済ますために便利な「複雑な気持ちです」という表現でも採用して,あとはその「複雑な気持ち」をうまく反映したような娯楽でも見つけて過ごせばよい.敗戦記念月の意義ある過ごし方としては,それで合格点をもらえるだろう.そんなわけで,8月にふさわしい娯楽を考えてみよう.

終戦記念日は盆だから幽霊だ.心霊ものの映画を見るのもいいかもしれない.
最近の幽霊は手抜きというか省力化が進んでいて,ビデオや DVD に乗って移動するし電話もかけてくる.
昔はせいぜい写真に乗って移動するだけだったが.
たぶん今時の幽霊はインターネットもやるだろう.ボクのチャットの相手は幽霊かもしれない.
そんな幽霊は好きにはなれず,ボクはもっと土着の匂いのする「死国」を二度見た.
「死国」の蘇った死者はもっと古典的で礼儀正しく,苦悩の表現方法も抑制されていて好感が持てる.
かわいい女子高生に死んでも愛してもらえるのは素敵だ.
いや,べつに「盆だから幽霊だ」などと遠回りをする必要はなかった.
単純に戦争映画でいいじゃないか.
でも最近の怪獣は都市で暴れても建物は壊さないようだ.
それは怪獣映画か……

などと思考が走る.結論をいえば敗戦の8月にふさわしい娯楽は戦争映画だろう.単純明快.今年はいろいろあるが,宇宙とか外国が舞台となるものよりも日本が舞台となるもののほうがふさわしいだろう.で,ボクは戦国自衛隊を見るべきか,亡国のイージスを見るべきか,ちょっと迷っていた.けっきょく,あの中曽根さんも試写会で見たという亡国のイージスを見に行って来た.映画の内容は説明しない (産經新聞のサイトに詳しい情報がある).

敗戦記念日によせての感想.イージス艦すごい! 乗ってみたい! 去年,海上自衛隊が高松港に来たとき (たぶん航海の神様のこんぴらさん参り) 船に乗りに行ったけど,当然ながらイージス艦じゃあなかった.掃海艇という木造船と掃海母艦だったっけ.まあ,掃海艇も重要な任務を遂行するにはちがいないけど,掃海艇に乗りたいと思って海上自衛隊に入隊する若者はあんまりいないだろう.やはり最強のイージス艦に乗りたいと思うんじゃないか.イージスシステムを開発したアメリカも簡単にはそのシステムを他国には手渡せないなか,日本はアメリカを除けば世界でもっとも多くのイージス艦を配備している国になった.原爆を落とした国に日本がここまで信頼されるようになったことには感慨深いものがある.泣けてくるじゃないか.でも,あの映画の結末を政府は国民にどういうふうに説明するんだろう.気になった.あと,どうして彼は副長を「お父さん」と呼んだんだろう.

【2005/08/06 14:24 】
| 社会 | コメント(5) | トラックバック(3) |
ボクの支持する政治家: 日米安保条約がなければ「平和」憲法自体が成り立たない!
それがどうしたと言われそうな話題だが,まあいいか.ちょっと感心するニュースを目にしたんで.こんな記事でも(大学サーバー上に公開したら)文句をつけられる可能性なきにしもあらずだから,大学の web サーバーのガイドラインは困ったものだ.

あくまでも政治家たちのなかでの比較の話だが,支持する政治家はいないことはない.中曽根康弘 元首相,小泉純一郎 首相,安倍晋三 自由民主党幹事長代理,そして町村信孝 外務大臣だ.まあ外交政策が保守的で,自由市場をわりと大切にすればとりあえず支持できるということだろうな.

憲法が日米安全保障条約よりたいせつなんてありえない! 日米安保条約(アメリカの軍事力)がなければ「平和」憲法自体が成り立たない!

自分はそう思っているひとりなので.その現実から目をそらす人は政治家としては支持しない.特に,中国共産党と適度な距離をたもてないひとはダメ.あれは基本的には敵国なんだから.消去法で彼らが残ったというべきか.

小泉純一郎氏については,首相になったときこれは長期政権になりそうだと思った.3年は確実に持つと思ったが,もう4年だっけ.もっとスピードがあればなおいい.首相になったときもうひとつ思ったのは,このひとはひょっとしたら中曽根氏を超える政治家になるんじゃないかということだった.超えしまったかどうかは分からない.ただ,2003年に小泉首相が「政治的テロだ」と反発されながらも中曽根氏をやめさせた (衆議院選挙への立候補を認めなかった) ときは驚いたものだ.一方,支持できなかったことのトップは,田中眞紀子氏を外務大臣にしたこと.辞めさせたからいいけどね.

中曽根首相は支持する理由さえ忘れてしまった.とにかく立派な政治家だ.最近,河野洋平衆院議長が五人の首相経験者を招いて小泉純一郎首相の靖国神社参拝取りやめを提起したときも,中曽根氏は「立法府の長が,行政府の長の経験者を呼びつけて意見を聞くことはあり得ない」と出席を断ったという (産經新聞).単に河野洋平氏が (正しいとされる意味ではなく,通常誤用される意味で) 役不足だから断ったのかもしれないが,他の政治家に頼まれてもやはり中曽根さんは断ったと思う.

安倍晋三氏と町村信孝氏は基本的には国益を踏み外さない政治家だと思う.彼ら自身はそうは発言しないだろうが,日米安保条約がなければ憲法が成り立たないことを分かってるひとたちだろう.なんだ自民党にも人材はいるじゃないかという感じだ.ただし町村信孝氏は通産省出身のためか,市場への積極的な介入がいいことだと思っている節があるのは少し気になる.
【2005/06/03 08:47 】
| 社会 | コメント(5) | トラックバック(0) |
脱線事故: 国土交通省はヤクザか
北側一雄国土交通相は,兵庫県尼崎市の脱線事故当日にJR西日本の社員がボウリング大会を開いていた問題などについて,「甘さや,そういう空気があったことを猛省し,社全体の問題ととらえて見直してもらいたい」とJR西日本を脅している (産經新聞).尾辻秀久厚生労働相も,事故当日にボウリング大会を行ったJR社員について「なにをか言わんやだ.理解を超えている」といちゃもんをつけている.どうやら自分の会社で大事故が起きたときにボウリングをするのは「人間として常識外れ」ということらしい.庶民の感情としては分からないでもないが,そんなことを政府が言って民間会社をそんな恣意的なやり方で懲らしめていいのか.まあ,この国ではいいことになっているようだが.

そもそもその社員たちは,ボウリング大会をしなかったら代わりに救護活動に参加していた連中か? 足手まといにならずに救護活動できたのか? そんなことはないだろう.せいぜい亡くなった方々や救助を待つ方々のために祈るくらいができただけだろう.で,神のためなら人殺しも辞さない信仰者だから言うが,祈るのに場所はそんなに関係ない.(祈りやすい雰囲気というのはあるが.) 心の片隅で祈り,自分ができることは何もないと悟り,気分を入れ替えて親睦会で盛り上がる.人間としてそれで正常じゃないのか.そんなことがうまくできなくなったら,それこそ精神病院送りだ.

北側一雄国土交通相はまた,「新型の列車自動停止装置(ATS)の導入が運転再開の大前提だと思う」などと勝手なことをほざいている.現在の旧型ATSのままでは再開を認めないらしい.そんなことは会社が決めればいいことだろ.なんで政府が決めるんだ.そんな装置が導入されなくても乗りたい客は十分いるはずだ.そういう客のことも考えろ.乗りたくない奴は政府が黙っていても乗らないだけの話だ.政府は黙っていろということだ.

もし客が少ないというなら,「乗ってくださった方にはもれなく一万円プレゼント」でもすればいい.恐怖もののアトラクションには遠くおよばないが,一万円もらえるならそういう退屈な電車に乗ってもいいと思う客は多いだろう.もうけだけが目当てというくだらん非難もかわせる名案だ.ははははははは.

もちろん JR 側は新型の列車自動停止装置(ATS)の導入なしに運転再開するつもりはないはずだ.事故がなくても 6月には導入する予定だったというし.だいたい,安全対策なんて,本質的なものであればあるほど政府より民間が先を行く.脱線を物理的に防ぐ「脱線防止ガード」の設置基準にしても,JR西日本と在阪大手私鉄いずれも国土交通省の通達による基準よりも厳しいわけだし.国土交通省という不要なモノがなかったら,もっと安全な基準を設ける民間団体が作られ,鉄道会社が競って加盟するだけの話だ.再開されないあいだ何人かの客は迷惑を被るが,それは仕方ない.民間会社が乗せたくないと言うのを強制的に乗せろというわけにはいかないから.

いまJR は記者会見でひたすら平謝りを繰り返すことによって国民の共感を得つつあるようだ.ゲーム理論家的な冷めた目で見るとき,戦略としてはそんなに悪くないかもしれないとも思ってしまう.ひよっとすると,記者もそれを分かっていて JR を助けてやるために悪役を演じているとか.休日続きでたいした事件もなくてヒマなのかも.世間ではJR が悪い,いやマスコミが悪いといったどうでもよさそうな議論も盛り上がっているようだが,本当に怖いのは政府の恣意的な介入であることを忘れないでいたい.

トラックバックの送り先:
http://frankenstain.blog6.fc2.com/blog-entry-264.html
http://tanukur.blog8.fc2.com/blog-entry-151.html


追加.「本当は、もう書きたくないのですが…」という記事からトラックバックをくれた「新津田沼駅」というブログに,鉄道関係の玄人あるいはマニアくさいが記事がたくさん載っていて勉強になった.私の記事の背景をよく説明している記事にリンクする.同じことを書くにしても,こういう上品な言い方をすれば「あなたは馬鹿ですか」というコメントも来なかったかもな:
新型ATSだの、側面強化だの…?
【2005/05/06 23:37 】
| 社会 | コメント(7) | トラックバック(2) |
前ページ | ホーム | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。