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ビジネススクールの授業で悩む

さて,今学期は GSM (マネジメント研究科) むけの授業をはじめて担当している.タクシー料金の割り勘の仕方を説明したかと思えば,現代経済学の嫌う《個人間比較》をエンビーフリー概念は要求しないといった高級な哲学的話題を「ネコに真珠,ブタに小判を渡せば, エンビーフリーな配分が実現する.なぜなら……しかも,どちらがより望ましい状態にあるかという憎むべき個人間比較なしでエンビーフリーが言えている」などと説明したりしている.実はその授業の進め方について悩んでいるところだ.悩んでいる原因をつきつめれば,準備した講義ノートが予定した授業時間よりも多いことに尽きる気がしている.そんな単純な問題ではないかもしれないので,バックグラウンドから書いて行こう.

1. 配分ルールとマネジメント

その授業は「資源配分の公理的分析: 公平の理論」というもので,配分ルールを (社会選択理論や協力ゲーム理論でおなじみの手法である) 公理的分析の考え方によってあつかっている.(ただし,数理的定式化をきちんとして証明をするという方法は採らない.) 分析対象は「ルール」である.企業 (とは限らないが) マネジメントでは危機への対処とか突然訪れたチャンスを逃さないといった,瞬時の一度限りの意思決定が大切な場面が多いだろう.ここであつかう意思決定は,もっと時間をかけてルールを決め,それを何度も繰り返し適用するといった,ルーティン化できるものを主として想定している.それらは通常「女房役」あるいは「縁の下の力持ち」の仕事とみなされ,マネジメントにおいて脚光を浴びるような中心的な問題ではないかもしれない.しかし会社のある発展段階においてはかなり重要になる問題ではないだろうか.起業したての初期の急速な発展段階では,社長の強力なリーダシップに引っ張られて前面には出ることもなかった会社内部の不満が,会社の規模も十人を越えて発展も安定期を迎えようとするとき,次々と表面化してくるということはよくあるだろう.それまで社長の一存で決まっていたことでも,きちんとルール化した方がよい場合はあるはずだ.そのことによって,社長は重要な仕事に集中できるし,社員も将来への見通しを持ちやすくなる.そのへんの話については,組織論の授業でも参照してもらうことにする.

言っておくが大学教員だからといってこの種の社会人体験がゼロとはかぎらない.たとえば新しい独立研究科の設立にかかわったりすれば,助手や教室の取り合いや教養教育の負担を始めとする他学部との対立はもちろん,研究科内部での方針の対立,そして学生への情報提供の不足をはじめとする新研究科のマネジメント失敗といった,いろいろと苦い経験を重ねることになる.ルール化・ルーティン化にしても,役所仕事にありがちな過剰なルール ---一回限りしかないようなことや,適用対象が多様すぎてルール化せずにその都度話し合った方がよさそうなことをルール化しようとするとか---で柔軟性がなくなり非効率を生んでいる一方で,さっさとルーティン化したほうがいい教務関連の日常業務や講義室の機器の操作法などがいつまでもマニュアル化されずにあいまいなまま放置されていたりする.

さて,ルールを導入する必要性は理解されたとしよう.「ではルールを作ろう」ということになれば,似たような同業者からの前例を取ってくることが多いだろう.しかし,それだけではうまくいかない.たとえば,よその大学のある学部で在外研修に行ける優先順位を留学経験の少なさと年齢の高さで決めていて,それでうまくいっていたとする.だからといって,自分の学部でも同じ決めかたをしたらうまくいくとは限らない.そのよその学部では,もともとほとんどの人が在外研修を経験済みか関心を持たないといった理由で,若い人にどんどんチャンスが訪れていたかもしれない.ところが自分の学部では他大学を退職して来たような高齢者にチャンスのほとんどが奪われ,留学の効果を期待できそうな若い世代にはほとんどチャンスが巡ってこないかもしれない.いろいろなルールの特徴を知り,ルールの適用される現場の状況を知ってルールを適切に選ばなければよいパフォーマンスは期待できない.

それから,いくら時間をかけてルールを決められるからと言って,あまりにゆっくり時間をかけたり,逆に「どうせ後で変えられるから,とりあえず何でもいい」と性急にルールを採用するのも問題だろう.悪いルールをいったん決めてしまうとそれが前例となって,ルールを変えるときに既得権益を守らなければならなくなるといった足かせができてしまうからだ.

2. 「役立たせる」ための心構え

マネジメント全体におけるルールの位置づけについてはこのへんで中断して,受講の心構えについて書こう.こんな科目を受講してためになるのか?という疑問があるだろう.ためになるとか役立つといったことを強調するつもりはないが,ビジネススクールの科目なのでそういうことを完全に無視するわけにもいかないだろう.どういう心構えで受講したらいいかなどもふくめて受講生と意見を交換してみたい.たとえば「MBA 課程を修了してから将来役に立てよう」といった態度ではほとんど役に立たないのではないか.(たしかに役に立つ機会がないわけではないだろうが,心構えとしてはあまりすすめられない.) 「大学は学問をするところ」と主張していて「長期的な視点」を説きそうな自分が言うのも逆説的だが,むしろ「短期的な」視点を持って,

  • 自分の勤め先などの身近なルールを意識しつつ受講すること
  • それらのルールの改善法やなぜ今のままがいいかなどについて考えて,エッセイなりメモなりにまとめていくこと

などが効果があるかもしれない.(エッセイを成績判断の基準に入れてもらいたい人は手を上げて.旧司法試験ではないから,優等生的な回答はダメ.) 授業では「こういう方法もあるのか」とか「こういう問題点があったのか」というヒントが出てこないでもないが,そういう直接的な知識よりも,自分なりにいろいろ考えた経験こそが役に立つんじゃないか.身近かなルールについて考え始める機会を提供できれば,ビジネススクールの科目としての一定の (最低限の?) 役割を果たせたと言ってもいいんじゃないか.甘いかもしれないと思いつつ若干のパイロットスタディをしたところ,一回目の授業に出席した学生については「考えること」の重要さについて一定の理解はありそうだ.問題は,その「考えること」が重要と言ったときの「考える」内容にギャップがあることである.つまり,「あんな (べつの) 科目をやるよりは,仕事や日常からかけ離れた数学的問題でも考えていたほうがよほどためになる」と教員は思うかもしれないが,学生はそこまでは思わない.「考えるからには自分の現在あるいは将来の仕事や日常につながりのあることを考えてみたい」と思っていることだろう.もっともなことだが,こちらの対応できることにも限界がある.

数理的なアプローチということから自分は逃れられないとして,他の学者はどうやって企業人・企業志望者向けの科目をデザインしているのだろうと思ってネットを検索してみた.ゲーム理論も考え方はビジネスに役立つのだが,とりえあずもっと直接的な応用を目指す分野に注目してみた.するとたとえば,オペレーションズ・リサーチや情報システムをあつかっているサイトがいくつか現れてきた (小暮仁の Web 教材とか,久保幹雄の講義/著者サポートページとか).その結果,自分はこれらのサイトの著者の多産さに圧倒されるばかりだった.自分のような平凡助教授にはとても同じような科目提供戦略は採れないなと思うのであった.文系出身者が大部分であるわが GSM の聴衆のことを考えても,同じ戦略ではうまくいかないだろう.(記念に久保氏の研究ブログの「MBAもどき」という言葉を含んだ記事に敵対的ともみなせる (?) トラックバックを送った自分はなんと無謀なことか.しかし,「中途半端にやるならやらない方がいい」という主張への敬意を込めてのトラックバックである.ま,専門外のことを教えるのが好きな自分は[専門の経済理論や社会選択の他,論理学,実証政治理論,法と経済学,グラフ理論などを教えて来た実績がある],中途半端にでもやるかもしれないが.)

「いろいろ考えた経験が役立つというのは理解できる.しかしそれは間接的すぎる.この科目では具体的に役立つような知識は得られないのか?」という疑問もあるだろう.もちろん,なかには簡単に応用できる知識もある.文章に変化を持たせるために,自分のメールを引用してみよう:

主に学術的な関心でやってるんだけど,使えないことはないですね.特にあるルールが提示されたとき,こりゃダメだと直感的にすぐ分かることがあると思うけど (大学にいるとそういうのが多すぎる),そういうのは重要な公理を満たさないことが多い.こういうケースでは代表的な公理のパタンだけ知っていれば使える.こちらは特定のルールにたいして,ひとつひとつの公理をそれぞれ独立に調べれば済む話.逆にいいルールを正当化する方は難しそう.そのルールが持つ欠点を指摘されたとき,「その欠点を克服するとこんどはべつの問題が起きる」といったシステマティックな議論が要求されてくるから.こちらの議論は本格的な分析が必要になってくる.ルールを特定しない状態で,いくつかの公理の間の関係が問題になるので,問題が複雑になる.

ま,(武器をコーディネートさせることが必要になる) 防御は大変でも,(それぞれの武器をばらばらに使えば済むような) 攻撃には使いやすいということか.(今晩,海上自衛隊・航空自衛隊の出てくる「亡国のイージス」を見に行く予定!)

ただし,知識を直接応用するときは注意が必要なばあいもある.前出の,コスモコンピュータセンターというところでずっと情報システムの仕事をしてきた小暮氏の書いた「ORのススメ」というページの最後の「経営者とOR」にある文を以下に引用しておく.(公理的分析の場合,公理自体は一般人にも意味をつかみやすいのでそんなに問題にはならないかもしれない.一方で,そもそもコンサルタントをやっている公理的分析の専門家が皆無に近いことが問題になるかもしれない.)

経営者が,これらの各種技法をマスターしていれば鬼に金棒ですが,なかには高度な数学知識やコンピュータツールの活用などが必要になることもあります。また実際には,現実の問題をどのようにモデル化するかは,かなりの経験と優れたセンスを必要とします。生兵法は大怪我の元になる危険もあります。

現実の問題解決には,ORの専門家に依頼するのが安全です。人手の少ない中小企業では外部のコンサルタントを起用することになりましょう。大企業であれば自社で育成することが望まれますが,その育成には優れたコンサルタントの協力を仰ぐのがよいでしょう。

しかし,これは「経営者はORなど知らなくてもよい」のではありません。ORの概要を理解しているからこそ,このような問題をORの専門家に相談しようということになるのです。最も危険なことは,ORの考え方を知らないために,間違った決定をしたり,ムダな作業をすることなのです。

この節のポイントを繰り返すと,授業を役立たせるためには受講者の心構えが必要であること,そしてその心構えとは授業内容をヒントにして自分の身近なルールを考え直してみることだった.それ以前に,役立たせることができるかどうかは (知的なものとは限らない) 能力の問題が大きいので,過剰な期待はしないほうがいいと思う.

参考までにテキストの著者 Young の履歴に School of Public Affairs, University of Maryland, College Park (1982-1994) とあることを指摘しておく.テキストが出版された1994年までは公共系の専門職大学院で教えていたということだ.Young はこのテキストにあるような内容を,実務を重視する専門職大学院で教えていた可能性が高い.その意味で,テキストの選択自体は GSM にかなり適合していると思ってくれていいだろう.

3. 授業の進め方

最後に,この授業をどう進めるべきかを考えてみたい.耳で聞いて意味を取りやすくするため,そして印象にも残りやすいように,できるだけパンマルで話すとかハデな例を使うことは心がけている.社会人向けにパンマルというのは少々気が引けるんだが,自分のばあいあまり丁寧に話そうとすると歯切れが悪くなったりリズムが悪くなったりするので,ご了承願いたい.数学については,試験問題に類似した演習問題の解説をするのでほとんど心配は要らないだろう.問題は,講義ノートの「読めば分かる」ところにどの程度時間をかけるべきかだと認識している.夜間主の学部生を教えたときは問題にはならなかった.たっぷり時間がとれたし,丁寧すぎるくらいでも構わないと思った.GSM の学生も同様とは限らないだろう.理論や Examples などを重点的にやるばあいについて,予想されるメリットやデメリットを列挙してみよう.

  • 教員が得意な部分 (したがって重視する部分) に焦点を絞って学べる.
  • 教員が得意でない部分,「読めば分かる」とした部分,の方が社会人にとっては重要かもしれない.常識的な話であまりアイディアがないと専門家が思うような非数理的な部分が意外とビジネススクールの科目としては意味があったりするかもしれない.
  • ノートのすべてをカバーする授業と同じレベルの理解をするには,跳ばした部分のテキストの英文を読む必要があるかもしれない.(そもそも講義ノートはテキストを読もうとしない学部生を想定して書かれているので,テキストを見なくてもだいたい想像はつくだろうけど.) 英文が得意でないばあい,かえって時間がかかる.
  • 授業時間を節約できる.遅く開始できるかもしれない.(現状では本来の授業開始時間よりも早く始めている.前の時間が空き時間なので.)
  • その授業のある月曜は他に授業がない.どうせやるなら時間をかけてくれた方がわざわざ大学に来る気になる.

他にもあるだろうが,受講生の意見を聞いてみたい.そのためには,「読めば分かる」ところを大幅に削った講義を実験的にやってみるのも手かもしれない.

【2005/10/08 01:43 】
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