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大学としてふさわしくない削除対象ページの一覧を作ったら?
教員の個人ホームページに載せるべき内容を大学が指定するようになった日」の続き.

新規定ではホームページの削除にかんする項目も以前より充実してきた.「本学としてふさわしくない内容であると認めた場合には、広報委員会は該当管理運営者に削除を指示する」んだって.猶予期間の規程や,異議申し立ての項目まで出来てるぞ.

どうせそこまでやるなら,削除対象の記述と削除理由を一覧にして大学公式ホームページに掲載してはどうだ? わたしもどういう内容が平成香川大学にふさわしくないのか興味があるし.おっと,そういう自分も削除対象になるかもなあ.そのときはわたしもささやかながら,「平凡助教授のこのページのこの記述がこういう理由で問題になったので,平成香川大学の広報委員会の指示に従って削除しました」と人知れず密かに書きまくるなどして,大いに協力してあげようじゃないの.約束はしないけどね.

だいたい,この大学には私の (平成香川大学 Web 上の) 個人ページが大学にふさわしくないなどといちゃもんをつけて大学当局に圧力をかける教員がいる.言論にたいして実力行使で対抗してくるわけだ.そのふさわしくない理由が,「出版予定の書籍のタイトルが女性蔑視で気に喰わない」などという勝手な理由だから困ったものだ.(ひとの表現を「教育的観点から問題」とか言いやがって.ここは大学だぜ.教育的観点から問題なのは,言葉狩りを求めるお前だろうが,ボケ! あんたの嫌がらせのせいで自分は精神的苦痛をどれだけ受けたことか!)

すごく初歩的なことから言えば,「文献を引用するときは,そのタイトルが気に喰わないからといって勝手に変えることは許されない」という学術の基本ルールもわきまえないアホ教員だよな,まったく.

さらに言えば,自分はその表現は女性蔑視とは関係ないと思うし,仮に女性蔑視の表現だとしてなにが悪いのだ.女性蔑視の表現をいっさい大学ホームページから排除して,そういうものは社会に存在しない振りをするのがいいのか.そんなことをしたら,女性学やってるフェミニストおばさんたちやお姉さんたちは困るんじゃないか.「女性はこのような言葉で蔑視されて来ました」って例が挙げられなくなるからね.

もしかして,大学教員が作品中で「自分自身がほれほれこういう具合に女性蔑視をしていますよ」というスタンスを取るのがいけないのか.たとえばセクハラ委員に当たった私が「セクハラの相談に乗るのイヤだなあ.相談して来た女子学生に乗るのならいいけどなあ.おっぱいもみもみできたらいいなあ」と書いたら,あんたは私が書いた通りのことを私個人が本気で思っていると決めつけるのか.だとしたら,あんたはそうとう想像力が弱い.文章の解釈はひとつとは限らない.私がそう書く目的は,セクハラ委員という制度の持つひとつの弱さを指摘するためであり,私個人の思いを伝えることにあるのではない. セクハラ委員の問題点はフェミニスト女性学者も指摘するところであり,同じ主張にフレッシュな表現を与えただけだ.少なくともそういう解釈は可能だ.一般論として,作品のなかの登場人物と作者とは同一人物ではないので,そこを混同してはいけない.フィクション以外でも,自分の反対する立場に立ってある主張を徹底的に行い,そのおかしさを際立たせるレトリックはひじょうによく使われている.

広報委員会が,レトリックも分からないで安易に言葉狩りを求めるような,非文化的な困った連中に引きずり回されなければいいのだが.
【2005/05/25 22:49 】
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