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ナッシュ均衡のリファインメントを研究したいという大学院生への助言
ナッシュ均衡のリファインメント (精緻化) を研究したいって? やめた方がいいよ.少なくとも本物のゲーム理論家の指導なしにはやらない方がいい.これは社会選択理論じゃないんだ.個人主義と集団主義を区別できずに取り組むテーマじゃないんだよ.自分が提示するリファインメントを正当化するためには,哲学的議論も必要だよ.それだけの英語力ある? いまの時代なら行動経済学とかニューロエコノミクスへの言及くらいはいるんじゃないかな.調べる気あるの? 「社会選択でも倫理学的・哲学的議論をするから同じだ」って? いや,非協力ゲーム理論のばあい (社会) 倫理学的議論を混ぜてはいけないんだよ.あくまでも個人の合理性にもとづく正当化だけが許される.「なぜ?」って? むずかしいこと聞くなあ.そんなこと本物のゲーム理論家に聞いてくれ.たぶん習慣じゃないのか (笑),経済学って事実解明的 (記述的・実証的) でもあり規範的でもあるでしょ.個々の理論を考えるときは,その区別をはっきりさせた方がいいってことじゃないかな.

かならずしも事実解明的理論と規範的理論を区別することには対応しないけど,とりあえず個人の合理的行動を基準にして均衡を絞るときは,(その基準や絞った結果の均衡概念を) refinement と呼び,それ以外の (と括っていいか分からないが,とりあえず「焦点」になりそうな) 均衡を選ぶ基準は selection criterion と呼ぶみたいだ.ほら,Myerson も refinement と selection を区別してるぞと yyasuda の英語ブログに載ってるじゃん.後者の基準では集団の合理性に基づいて均衡を絞ることも許されるけれど,その絞った結果を「均衡概念」と呼ぶことはほとんどない.

Refinement と selection は数学的には区別できないグルーピングだけど,個人の合理性でなんでも説明しようという経済学としては重要な区別だ.異なる概念 (グループ) には異なる用語を意図的に用いるのは,思考の混乱を避けるためにも重要だということでしょう.

もひとつ付け加えておくと,「社会選択でも倫理学的・哲学的議論をするから同じ」と言っても,むずかしさが同じじゃないのは分かるよね? いや,べつに社会選択の方がやさしいという意味じゃなくて.というのは,非協力ゲームの均衡概念にせよリファインメントにせよ (←べつに区別してるわけじゃない),すでにかなりの研究が蓄積されたテーマなんだよ.いまさら説得的な均衡概念を提示するのはとてもむずかしそうにボクには思えるよ.


それでもリファインメントをやりたいというキミのために,これまでに提示されたリファインメントを分類しておこう.主に2つのタイプがある:
  1. ちょっとしたミスなどを表す perturbations (摂動) を導入するもの. これは不合理を象徴するノイズをだんだん少なくしていった極限に合理性を見るアプローチとでも言えるかしらん.
  2. 弱支配された均衡を順次取り除くなどの行動理論的な基準を直接課すもの.均衡概念を公理的に特徴づけることをたぶん目標としている.
だいぶ省略した感はあるけど,以上でリファインメントのサーベイはおしまい (笑).で,キミが言う「他の均衡よりパレート劣位な均衡は削除できるはず」というのは上記でいえば2番目の,基準を直接課すものに該当しそうだが,そもそもリファインメントとは言わない.(「強均衡」を知っている人は同意しないかも.) 集団の合理性にもとづく基準であっても,個人の合理性にもとづく基準ではないからだ.だからその基準を直接要請するのではなく,個人レベルのべつの基準の帰結として導くしかないと思う.信じないなら本物のゲーム理論家に聞いたらいいけど,ボクにはそれはとてもむずかしそうに思える.

たとえば次のコーディネーションゲームを見てみよう.2人のプレーヤーの利得がともに
f(a,a) = 1, f(a,b) = f(b,a) = 0, f(b,b)=2
で与えられるゲームを考える.「プレーヤー2 は戦略 a を選ぶ」とプレーヤー1 が予想しているかぎり,プレーヤー1 にとっては戦略 a を選ぶのがベスト.その場合利得は 1 だけど,かりに戦略 b を選ぶと利得は 0 になってしまう.プレーヤー2についても同様なら,けっきょく (a, a) という「悪い」ナッシュ均衡が実現して利得列は (1, 1) となる.

ところがキミは利得が (2, 2) である「良い」ナッシュ均衡 (b, b) が実現するはずだと言う.規範的な意味で「そうすべき」と言っているなら分かるが,「実現するはず」と予想するような言い回しをしている以上,事実解明的な理論として均衡概念を考えているんじゃないか.だとすると「「悪い」均衡 (a, a) が選ばれるはずはない」という予想が外れているケースが多いことさえ理解できれば,その基準,さかのぼれば「他の均衡にたいしてパレート劣位な均衡は削除できる」という基準は,事実解明理論としてはダメだということが分かるはずだよね.そういうケースは一般向けのゲーム理論の本にもいろいろ載ってるのでいちいち挙げないけど,たとえば川西諭『ゲーム理論の思考法』でも見ておいて.

ここでは「プレーヤー2 は戦略 a を選ぶ」といった予想を変えるのは通常はひじょうに困難であることを指摘しておく.まず気をつけるべきは,ゲームというのはなにもない白紙のとろに突如現れてプレイされるわけではない.タブララーサも無知のベールもそこにはないんだ.社会現象を表現したものがゲームである以上,通常はすでにプレーヤーもいるはずだし,これまでの経緯とか歴史とか文化というものもあるはずだ.「それらすべてを完全に記述してはじめて,その状況を表現するゲームと言える」という批判は正当と言えるが,その要請をつねに満たすのは無理だと思う.

そういう過去とか文化とかあるわけだから,プレーヤーにとってすべての戦略が「等距離」にあるということはなくて,いずれかの戦略が現状に近いのが普通だ.上のコーディネーションゲームで,たとえば戦略 a が既存の (劣った) テクノロジーで b が新規テクノロジーだとする.たとえば a はある組織で採用して来た中途半端な (各部署に閉じたような) グループウエアの利用で,b は Google Apps の利用,そしてプレーヤは組織の各部署としてもいいかもしれない.各部署とも b を採用したらいいことは分かっていても,社長からの号令でもないかぎり,相手がそれを採用してくれると予想する根拠は一般にはない.特にいま考えているのがコーディネーターとかコミュニケーションを想定しない同時ゲームであることを真に受ければ,ますます根拠がなくなる.ということで互いに (a, a) に留まる均衡から抜け出せない.

人数が多いゲームならますます現状維持の傾向は強くなるだろう.多人数のなかで数人が新しい技術を採用しても,採用した者が大きく損して,採用しなかった者がちょっとだけ損するような状況を考えればいい.ネットワーク外部性があるような分野では,優れた技術がなかなか普及せず,単に多数派であるという理由だけで多数派が支配することは多い.

そもそも悪い均衡から抜け出すことがそんなに簡単なら,いろんな組織に存在するしょうがない慣習もすぐに変えられるはずだ.しかし個人の立場で現状を変えることがどれだけ大変なことかは,ボクのように無駄な努力を費やして苦しんできたひとでなくても分かるはずだ.みんなで変えればみんなが得するはずなのに,だれも変えようとしないことが多すぎる.

もう一度いえば,単に全員にとって悪いからというだけでは,ある均衡を排除する根拠として十分でない.個人レベルで排除できないものを排除できると考えることは思考に飛躍がある.均衡の「リファインメント」を提示するときは,その飛躍を議論に持ち込まないように注意する必要がある.もちろん均衡からの「セレクション」としては,社会選択や協力ゲームの流儀で全員にとっての倫理的基準を持ち込むことはできる.しかしそういう基準はあくまでも望ましさを表す規範的基準であり,行動を予想するという意味での記述的基準とは区別しなければならない.

追記 (6/5/2010)

ケン・ビンモアの『1冊でわかる ゲーム理論』(2010) という風変わりな入門書に,この記事の主張を駄目押しする記述を発見:
  • 「ゲーム理論の歴史の中で,この精緻化の段階は事実上終わっている」(70頁)
  • 「人生というゲームを行なうプレイヤーは,『みんな』などという抽象的な存在ではない.われわれは皆,独立した個人であり,それぞれの意図や目的を持っている」(86頁)

(社会選択などを専門とする HRM からの寄稿)
【2010/06/04 14:36 】
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