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「問題だ!」と言う人がいちばん問題?

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」

イヤな言葉だ.こういう言葉は言われたくない.孔子様の「己の欲せざるところ,人に施す勿れ」の由来にしたがえば,他人には言ってみたい言葉ということになるだろう.だがボクの周囲には,本当に問題であることにたいして「問題だ!」と激しく指摘してくれる人がボク以外にいないので,使う機会はあまりなさそうだ.(おもしろいことに「そんなの自由でしょう.ちっとも問題ではない!」とボクより激しく主張する人はもっと少ない.) 残念だ.けっきょくはボクが言われる方になるのだろう.そのときは,

「「「問題だ!」と言うひとがいちばん問題なのだ」というひとがいちばん問題なのだ」

と言い返すことにしておこう.

ところでさいきんその言葉を口にした人がいる.いや,文字にした人が.武蔵野 (三鷹・小金井) の杜で学んだと思われるもと隣人で (思いちがいなら失礼!) ,いまは海を挟んだ隣人であるショウゴさんこと三野牧師である.そのブログ記事のタイトルは「その正論は間違っている」.勇ましいタイトルのわりに本文はソフトだ.(とりあえず「敵対的」トラックバックは送った.悪意はないけど,理解されない可能性はあるかも.そのときは仕方ない.というか,もともとトラックバックは受け付けてないぽいな.)

で,物好きなボクがそれにちょっかい出したら,ショウゴさんはさらにソフト度を増幅させ,「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と応えてくださった.「牧師さんに謝らせるような偉~いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.

どうちょっかい出したかって? 「正論を言わないことに激しく痛みや苦しみを感じるひともいるのです.言ったら言ったでまたべつの痛みや苦しみがあるのが悩ましいところですが」と言ったのさ.なにしろボクはある科学的測定結果によれば,自由を奪われることにかんして最低でも通常の日本人の64倍は強く痛みや苦しみを感じるらしいから.補足しておくと,自分自身が痛みや苦しみを感じなくても,正論が通らないことによって痛みや苦しみを受けるであろう多くの人々のことの方が目の前にいる相手のことより気になるという人もいるだろう.

いやあ,ショウゴさんゴメンなさい.べつにショウゴさんが上記の言葉を他人に向けて発したとは思ってませんよ.仮に発するとしても,かなり頑固な反戦主義者のようだから,相手とか状況を選んで,それなりに納得できるようなやり方で発することと推測します.ボクの方も冒頭で「こういう言葉は言われたくない」とは言ったものの,べつに利害関係ないひとに言われるだけなら,「あ,そう」という感じで,特に気にしません.

少し建設的な方向に話を進めよう.牧師さん曰く:

「物事や人を良い方向に導くのは正論であるかどうかという部分よりも、
相手や物事の本質と同じ目線に立とうとしているかが大きいと思うのです。

これもあまり嬉しくはないけど,じゅうぶん理解できる.ビジネススクールにいたことのあるゲーム理論家らしく言い換えれば,

「目標が正しくても,戦略が誤っていれば目標は達成できない」

とでもなるだろうか.ありがたみもへったくれもない世俗的な言い方だが,こういう言い方の方が大学教員にはふさわしいだろう.(牧師とちがって,大学教員とか経営者は「なにを精神論なんか言っている!」とバカにされる立場だから.) でも言い換え前の言葉にふくまれている精神はそんなには失ってないと思う.そのわけは面倒なのでここでは議論しないけど,ビジネスあるいは市場こそが道徳的だという理解は倫理学者にも広まって来ているからいいだろう.そもそも戦略的な行動を取ること自体は善悪とは関係ない.

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」という言葉を (好意的かつゲーム理論的に) 再解釈すれば,後ろの方の「問題なのだ」というのは,「悪い」という倫理的判断ではなく「戦略が下手」という,技巧にたいする評価だと理解できる.言われて嬉しい言葉とはいわないが,かなり客観的な命題に聞こえなくもない.

そういうボクはじつは戦略的に行動するのがとても苦手だ.問題を見つけしだい,犯人を探し出して罵倒して潰そうとするのが常だ.(いや,通常は問題というのは複雑なインセンティブから生じており犯人を特定できるものではないので,とりあえずだれでもいいから同じ問題で苦しんでいそうな「仲間」の前で怒りを表現してみる.笑) じっさい (あらゆる場面でとは言わないけど) いろいろと損をしていると思う.

それじゃ「ゲーム理論家として問題じゃないか?」と言われたら何と答えたらいいだろうか.「戦略的に行動できているからといって,それを認めることが戦略的に有利だとは限らないだろ.ふつうは不利になると思うよ.ボクがコンサルタントやってたり一般向けのゲーム理論の本を書く予定があったりしたらべつだけど,そうじゃないから,べつに戦略的行動が下手と思われてもぜんぜん困らない.能ある鷹は爪を隠すと言うじゃない.いや,いや,それは一般論で,ボクは単にバカなんだよ.いや,バカって言っちゃ創造主に怒られるからそれは撤回して,なんというか,日常的に戦略的思考とかしてたら疲れるので一切しないことにしてるんだ」とでも答えて煙にまけばいいかな.アハハ.

信じてもらわなくて結構だが,ボクは善悪にかかわるような問題については愚直に行動することにしている.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.ホントだよ.ホントだってば.

うまく説明できないが,あるシチュエーションを戦略的にうまく乗り越えたとしても,似たようなシチュエーションは繰り返し起こりうる.短期的に見ればうまく問題を解決できるような戦略でも,長い目で見れば大きな失敗になっていることがある.(考えてみよ.たとえば市場がすばらしいのはそれが人知を越えているからだ.将来的に持続して正しく予想できるわけがない.)「ヤクザの脅しに乗ってカネを払ってしまったら,そのヤクザやほかの連中に将来つけ込まれることになるかもしれない」ということだ.もちろん「ヤクザの方もビジネスは続けたいはずなので,特定地域で長期的に活動しているようなヤクザなら信じて従うのが賢い」という反論も理解できなくはない.それでもボクは「問題だ!」と指摘することも行動することも止めたくないのだ.

なんかいつのまにかヤクザの話になってしまった.ボクの置かれた環境を表現するには泣きそうなくらい適格な比喩なので,笑ってしまいそうだ.

【2009/10/20 18:27 】
| 社会 | コメント(2) | トラックバック(0) |
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コメント
すみませんねぇ。
トラックバックは公告ばかり入るので今年受け付けないようにしてしまったのです。

それから

「・・それにちょっかい出したら,ショウゴさんはさらにソフト度を増幅させ,「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と応えてくださった.「牧師さんに謝らせるような偉~いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.」

とありますが、

「牧師さんに謝らせるような偉~いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.」

って、謝らせたと理解されているようですが、そうすると誤解されていたということになりますけど・・。

大学の先生の言われることは難しいですな。
【2009/10/20 21:33】
| URL | ショウゴ #-[ 編集] |
ショウゴさんようこそ.

ボクは誤解したとは認めたわけではない (分からない) ので,たしかにショウゴさんに「申し訳ありません」と言わせたことにはなってませんね.よかった.というのは,(日本人はすぐ謝るのでボクも慣れてしまったとはいえ) 謝る必要のないことを他人に謝らせてしまうのは少々苦痛だから.

でも,読者からみたら「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と相手に言わせただけでもかなり相手を追い込んでることには変わりないでしょうね.「牧師さんをそこまで追い込むような偉~いあんたは誰様なの?」と言いたくなる読者はいるだろうから,それを多少おもしろおかしく採り上げてみました.相手によっては怒るでしょうけど,まあ,ボクは思ったことすぐ言ってしまうので.

こちらのブログでやり取りする日が来るとは思ってませんでした.この調子だといずれ内海教会にひやかしに行くかも.いや,妨害するつもりはありませんよ.けっこう教会は訪れたことがあるのです.たいていはオルガン聞きにですが.
【2009/10/22 08:56】
| URL | 平凡助教授 #4TQqPKZU[ 編集] |
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