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中村ナンバーの話になぜか権利論が

シンプルゲーム (simple games) の中村ナンバー (Nakamura number) にかんするペーパーを投稿した.

レフェリーからお返事が返ってきた.いや,エディタからのお返事にレフェリーのリポートが添えられていた:「なんで単調性を満たさないシンプルゲームまで考える?」

そりゃ,包括的研究だからさ!

詳細.《シンプルゲーム》ってのは,個人のあつまりである提携 (個人全体の集合 N の部分集合) ひとつひとつに 0 か 1 を与えた関数で,1 をとる提携を勝利提携 (winning coalitions),0 をとるのを負け提携 (?) とよぶ.たとえば N が 5 人からなる集合のとき,3人以上からなる提携を勝利とすることで通常の意味の「多数」を表現できる.任意の勝利提携に個人を加えたものも勝利提携になるとき (つまり勝利提携をふくむ任意の提携が勝利提携になるとき),そのシンプルゲームは《単調である》(monotonic) という.

シンプルゲームについては「社会選択における極大要素」が詳しい.いまの記事には直接は関係ないけど,中村ナンバーについては 「コアにかんする中村の定理」や 「中村の定理の謎」 であつかった.必要な概念は Kumabe and Mihara (2007) に定義されている.

問題は,いくら「包括的」と言っても,どうしてそこまで包括的にするのかってことだろう.それはボクが極端な人間だから---というのは冗談で,私は平凡助教授です.とりあえずレフェリーは「戦略的基礎付け」を求めているらしい.単調性を満たさないようなシンプルゲームを考えるなら,それを戦略的ゲームフォームから導いてもらいたいようだ.ヒントとして effectivity function という言葉が入っていた.図式的にはこんな感じか:

ゲームフォーム (状況を記述) → effectivity (結果にかんする提携のパワーを記述) → シンプルゲーム (提携のパワーをえらく簡略に記述)

そりゃ,できないことはないだろうけど面倒くさいんじゃないか…….

《ゲームフォーム》 (game form) とは,各プレーヤーがどういう戦略を持つか,その戦略の組合せがどういう結果をもたらすかを記述した概念だ.簡単に言えば,戦略ゲームの表で利得の組合せのかわりに選択肢を入れたものになる.たとえば次の行列からなる2人ゲームフォームで,プレーヤー1が第2行を,プレーヤー2が第3列を選ぶと,選択肢 c がアウトカムとして実現する:

行列 1:
a b c a a b a
a b c b c c b
a b c b c c c

いま,プレーヤー 0 を追加して3人にしよう.プレーヤー 0 は上の行列 1 と次の行列 2 のいずれかを選ぶ.

行列 2:
a b c a a b a
a b c b c c c
a b c b c c b

つまり,プレーヤー 0, 1, 2 の戦略はそれぞれ行列,行,列の選択となる.ここでプレーヤー2に注目してほしい.このひとが最初の列を選べば結果は必ず a になり,次の列を選べば b になり,3列目を選べば c になる.ほかのプレーヤーの戦略に左右されず,結果を確定できる.このとき {2} は集合 {a}, {b}, {c} のそれぞれにたいして effective という.一般的に言ってみよう.選択肢の集合 X からなにかを選ぶ決定問題があるとする.提携 (プレーヤーのあつまり) S が選択肢のあつまり (X の部分集合) B にたいして effective であるとは,決定プロセスの最終結果が B に属するように S はできるということである.これは解釈であって定義じゃないけど,この「S が B にたいして effective」という概念は,べつにゲームフォームを考えなくてもなりたつことに注意してほしい.提携のパワーを表現するこの概念は,《権利の理論 》(theory of rights) では重要なものとされている.

では,ゲームフォームから「S が B にたいして effective」という概念を導こう.どうしてゲームフォームを考えるかといえば,そのほうが各人にどういうオプションがあるのかとかいった意思決定の状況がはっきりするからだ.提携 S が選択肢集合 B にたいして (alpha)-effective とは,「S のひとびとがうまく戦略を選べば,S 以外のひとびとがどんな戦略を選んでいても結果が集合 B に属するようにできる」ということだ.ここでふたつ問題が生じる.

ひとつめの問題になるのは,「選択肢についての単調性」で,なんで問題なのかはあとで書くけど,ボクらにとって致命的な問題ではない.これは,提携 S がある集合 B にたいして effective であるなら,B をふくむような任意の集合 B' についても effective となることだ.たとえば上の3人ゲームで,ひとりの集合 {2} が {a} にたいして effective であることから,{2} は {a, b} にたいしても,{a, c} にたいしても,{a, b, c} にたいしても effective であることが言えてしまう.たとえプレーヤ 2 の戦略が 1 列目しかなくても自動的に言えてしまう.同様に,プレーヤ 2 の戦略が最初の 3 列分しかなかったとしても,このプレーヤは集合 {a, b, c} の任意の空でない部分集合にたいして effective となる.

ふたつめの問題は,「個人についての単調性」で,ボクらにとって深刻なものだ.これは,提携 S がある集合 B にたいして effective であるなら,S をふくむような任意の提携 S' も B について effective となることだ.たとえば提携 {2} が第 1 列目という戦略によって {a} を確実に実現できるならば,提携 {1, 2} は「プレーヤー1 がいずれかの行,プレーヤー2が第1列目」という戦略によって,やはり {a} を確実に実現できる.これでは「非単調なシンプルゲームを導け」というレフェリーの要求に応えられない! というのは,ボクたちは「(空でない) 任意の選択肢部分集合にたいして effective である提携」を「勝利提携」の定義としたうえで,ゲームフォームからシンプルゲームを導こうとしていたからだ.それによって得られるシンプルゲームはかならず単調になる.

レフェリーの説明不足を確信したボクは,リポートを受け取った直後に,「意味分からん.レフェリーは勘違いしてないか.関連文献あげろ」とエディタにせまった.さいわいレフェリーからは「すまないなあ,舌足らずだったよ.あまり有名な話じゃないけど,Kolpin の論文に載ってるよ♪」と,エディタ経由で速攻で返事が届いた.

けっきょくは effectivity の概念を修正すれば,選択肢についての単調性も個人についての単調性もなりたたないものにできる.この修正された概念を "exact effectivity" と呼ぼう.どう修正したか,その定義をボクがここで読者に与える代わりに,例を与えて帰納的に考えてもらおう.「発見的学習」とでもいうのかな.

たとえば上の3人ゲームフォームで,プレーヤー集合 {1, 2} は {a}, {b}, {c}, {b, c} にたいしては exactly effective であるが,{a, b}, {a, c}, {a, b, c} にたいしては exactly effective とはならない.{b, c} にたいして exactly effective であるのは,プレーヤー 1 が2行目,プレーヤー2が 7 列目を選ぶという戦略があるからだ.プレーヤー 0 の出方次第で,b あるいは c が実現するわけだ.あるいは 1 が 3 行目で 2 が 7 列目という組合せも同様だ.ところが,そらら以外の (プレーヤー 1, 2 の戦略の) どの組合せを考えても,実現する結果は確定している---プレーヤー 1, 2 はプレーヤー0に結果をゆだねることができないのだ.もっと言えば,提携 {0, 1, 2} は {a}, {b}, {c} だけにたいして exactly effective であり,ふたつ以上の要素を持つ集合にたいしては exactly effective でない.賢い読者は以上の議論で exact effectivity の定義を再構築できるだろう.正確なところは Kumabe and Mihara (2007) の Remark 4 に載っている.

けっきょく,「提携 S が選択肢集合 B にたいして exactly effective」というのは,「S は最終結果を B のなかに収めるパワーを持つ一方で,B のどの要素も S 以外のメンバーの戦略次第で実現可能」と理解できる.つまりこの概念は,最終結果を他人に委ねるパワーを表現したものになっている.しかし結果を他人に委ねるパワーなんてものを真に受ける必要があるだろうか? そんなものはパワーとして考慮するに値しないのでは?

そこで思いついたのが,ずっと前に読んだ,ある哲学者の権利論にかんするペーパー (Van Hees, 1999) だ.いやあ,雑学というか教養がこういうところで役立つとは思っていなかった.(「そのペーパーも社会選択理論だから,お前にとって雑学ということはないだろ」と言われればそうなんだけど,Effectivity 自体は権利論と密接な関係がある一方,中村ナンバーは effectivity と関連づけられることがあまりなくて,権利論とはほとんど関連づけられていない.そういう背景を理解してほしい.)

Van Hees は,"the right to be completely passive" (完全に受動的である権利) あるいは "maximal freedom" (極大自由) という概念を仮定して,Sen や Gibbard の有名な「自由主義のパラドック」を解決した.(彼のフレームワークでは提携ではなくて個人のみが権利を持つのだが,そこはいまは無視する.) ある提携が完全に受動的である権利を持つとは,その提携が選択肢の全体集合 X にたいして effective であると言い変えることができる.ところが,すべての提携は X にたいして alpha-effective なので,alpha-effectivity の概念はこの完全受動的という概念をうまく表現できないのだ.もし女性全員が「きれい」であるのならば,「美しさ」という基準で女性を区別したいときに「きれい」という言葉では役に立たないのと同じことだ.一方,maximal freedom は選択肢にかんする単調性を要求するが,alpha-effectivity はこれも自動的に満たす.したがってalpha-effectivity は maximal freedom をうまく表現できない.以上から,採用する effectivity の概念が,(受動的であるとか権利を放棄する権利といった)「結果を他人に委ねるパワー」をきちんと表現できるものでなければ,Van Hees の結果を適用しても意味がないことが分かるだろう.

権利論にかんする議論のような動機づけ抜きで,exact effectivity というほとんど知られていない概念をわざわざ持ち出すのはためらわれた.そこでボクらは中村ナンバーのペーパーに権利論を持ち込むことにした.

レフェリーがどう反応するかは分からない.

[追記] 二度目のレフェリーコメントの全文は,"I think the paper is now suitable for publication" (ピリオドなし) というものだった.ピリオドが抜けていることから,それ以降になにかあったんじゃないかという気もするが,まあ,文句のつけようがないということだろう (笑).

練習問題

10 人の個人からなる集合上のシンプルゲームで,任意の 9 人の個人からなる提携を勝利提携とするものを考える.このシンプルゲームを (alpha effectivity あるいは exact effectivity を経由して) 適当なゲームフォームから導け.ヒント: X={0, 1} とできる.

答は Kumabe and Mihara (2007) の Remark 4 にある.

参考文献

Kumabe, M. and Mihara, H. R. (2007). The Nakamura numbers for computable simple games. MPRA Paper, Munich University Library.

van Hees, M. (1999). Liberalism, efficiency, and stability: Some possibility results. Journal of Economic Theory, 88:294-309.

追記 (2/1/2008). 修正版を再投稿して2ヶ月と10日後の2008年1 月31日,ペーパーは Social Choice and Welfare に無事アクセプトされた.上に引用したたった一行のレフェリーコメントについては,「now suitableって、しゃーないなー、って感じじゃん。何回も修正校送られてくるの嫌だから、もーこのへんにしといたろか??って感じだよ、日本語で言えば。」という見解をしめすひともいた.

(HRM からの寄稿)

【2007/11/23 17:35 】
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