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由緒ある神社がゴミ屋敷化する理由

Social Welfare and Choice (『社会福祉と選択』ジャーナル) の最新号は驚きの連続だった.あるペーパーの謝辞にこの分野とはまったく無関係の同僚が登場したかと思えば (印刷所で謝辞の部分だけ別のジャーナルのペーパーと取り違えたのではないか?),べつのペーパーには---まったく身に覚えがないのだが---ボクがヒントを与え,データを提供し,そして激励してくれただのと丁重な謝辞が掲載されていた.極めつけは冒頭に記念写真の載った,ある若手中国人研究者による論文だ.

その記念写真は 2004 年の大阪学会直後の観光旅行で撮ったものだという.神社の本殿らしき建物を背景に撮られたもので,写っている人物の過半数は東洋人だ (知り合いの日本人も何人か含まれていた; さいわい自分は含まれていなかった).驚くべきは建物の立派さとは対照的に,写っているひとびとの足元がゴミだらけであることだ---中身が入ったラーメンの空き袋たち,トースターのような箱,ヒトの下半身が切り捨てられているように見える詰まったジーンズなど,とにかくびっしりとゴミで埋まっている.「社会福祉や正義をプロモートする団体がこんなことではまずいんじゃないか?」とちょっと思った.

"Normatively sustainable garbage in shrines" (「聖地における規範持続可能なゴミ」) と題したその論文は,神聖であるはずの場所に勝手に持ち込まれたゴミが,その場所が神聖であればあるほど排除されないままそこに放置される理由を考察したものだ.(そんな事実があるのか?) なんでも

「神聖な場所にゴミを持ち込むのは冒涜的な行為である.その場所が神聖であるほど,その種の冒涜行為は大きな負のパワーを込められたものと認識される.そのためひとびとは負のパワーによる《たたり》を怖れ,ゴミに手を出せなくなるのである」

という.その論文はこの仮説をモデル化し検証したもののようだ.「あ,そう」と思いつつボクはそこでジャーナルを閉じてしまったので,あとは知らん.

実証に関心の薄いボクは自分でやるつもりはないが,ぜひ実験や実証をやる社会科学者にこれを実験してもらいたいものだ.たとえば直島の護王神社の境内に大量のゴミを持ち込むのである.できれば大きなイベントがある時期に合わせてやるのがいいだろう.この神社は多くの参拝者が訪れよく管理されているので,管理者がすぐさま持ち込まれたゴミを取り除くかもしれない.それ自体を実験するのもいいかもしれないし,(インパクトは弱くなるが) 管理者にはあらかじめ実験であることを伝えて手をつけないように頼んでおくのもいいかもしれない.参拝に訪れたひとびとはどんな反応をするだろうか.ゴミをどうにかしようと思うだろうか.

「ごみアートだなあ!」と思うだろう.たぶんそれだけだ.

いや,挙げた例が特殊すぎた.ひとびとはこの神社を訪れるとき,それが「現代アート」であるとの先入観を持って訪れる.本来の意味の「聖地」とは異なる認識を持つのだ.ここで実験しても対象の意味が多様すぎて有意な結果は得にくいだろう.べつの神社を考えよう.[詳細は省略.]

いずれにせよこういう方法では上の仮説を実証できない.その論文はその仮説をどうやって実証したのだろうか? 夢から醒めたボクは続きを確かめることはできなかった.

神聖であるはずの場所にクズが集まるというのは「神社にゴミ」という意味では事実ではない気がする.しかし比喩としてはなかなか深みのあるものかもしれない.なにも公務員や政治家のことを言っているわけではない. (社会科教科書とマスメディアを除けば) 建前でも神聖だということにはなってないから.じゃあどこが神聖であるというのか?

「大学」だよ! 説明しても通じない輩が多すぎるので説明は止すが,これは冗談ではない.「大学」という神聖な場所に近年クズが集まっている.学問の自由も真理の探究も守る気のない「社会人」の顔をしたクズたちが大学に入り込んで独自の「社会的」アジェンダを展開している.「大学」の神聖さを知る真の大学人たちは彼らの負のパワーによる呪いを怖れ,手を出せないでいる.このようにして大学はゴミ屋敷化しつつある

追記.大学に社会福祉や情報系の学部や学科を作るのが流行したのは何十年前だろうか.まだ増加しているのかもしれない.いつころからか「社会福祉情報学部」の類いも現れるようになった.べつにクズの集まるところというつもりで挙げているのではない.上記ジャーナルのタイトルを翻訳したとき気づいたのだが,ボクの専門にぴったり一致している学部と言えないかと思ったのだ.なにを隠そう,じつはボクは社会福祉と情報の専門家と言っても差し支えないのだ! (平凡助教授のモデル No. 1 は反発するかもしれないが.) なぜならボクがもっとも重点的にやってきた研究が社会厚生関数をアルゴリズム化する可能性にかんするものだからだ.「社会厚生」とは "social welfare" であり,ふつうのひとなら「社会福祉」と訳すところだ.一方,アルゴリズムは情報科学の根底的概念である.自分は時代の最先端を突っ走る「社会福祉情報学部」(ということにしておく,さっきの流行遅れ発言取り消して) の基礎研究を担える極めて希少な人材なのだ.自分にはぜったい縁がないと思っていた科学研究費もこれで取れるかもしれない.また,言論やセクハラで平成香川大学をクビになった暁には,その手の学部に攻勢をかけることにしよう.そしてこれからは場合に応じて「私はランキングの専門家です」だけでなく,「私は社会福祉の専門家なんです」と言おう.いやあ,すごく気持ち悪いな,これ.

【2007/02/02 13:17 】
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