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功利主義,そして IIA の謎
答えを先に言えば,序数的効用でも功利主義は成り立つ.

ことの発端は,ある数理社会学/規範理論の専門家が
「序数的効用でも功利主義は成り立つという主張をたまにみかけるが、何を意味しているのか理解できない。ある社会的選択が序数的効用に基づくということは、諸個人の効用関数に異なる単調増加変換を施しても、社会的選択の順序が不変でなければいけない。功利主義がこれを満たさないのは自明だろう。」
つぶやいたことだった.

3 つだけ RSS 講読している twitter のひとつで見つけたのだけど,その後この議論でほんの小さなサークルが盛り上がって,やたらと専門的で尖鋭的な議論に発展していったようだ.ちょっとだけ twitter アカウントが欲しくなった平凡助教授だ.笑

で,最初の疑問だが,その主張が何を意味してるかはコンテクストを見ないと分からない.単に功利主義批判だったら,序数的効用に限定しても同じ批判が成立することは多い.たとえば「功利主義は効用のみを評価基準にしているから,個人の置かれた多用な状況を十分に考慮できない」といったありがちな議論なら,効用を序数的なものに制限した場合ますます利用できる情報が少なくなるため,この批判は当てはまる.(ここらあたりの議論を精密にしたければ,「帰結主義」「厚生主義」といった用語を導入して,似たような評価方法を峻別して行くことになる.)

コンテクストが分からないので,ここでは「序数的効用にもとづく功利主義」とは,
「個人の選好 (もちろん序数的) を集計することによって,社会状態 (選択肢) を評価する (順序付けする) アプローチ」
といった意味と考えておく.するとまず思いつくのは個人選好を集計して社会選好を得ることの困難さを指摘した「アローの不可能性定理」だ.そういう集計を行う関数 (社会厚生関数) には,アローの挙げた少数の条件をすべて満たすものがないことを主張した定理だ.

ところがアローの定理で社会厚生関数にたいする条件のひとつ IIA (無関係選択対象からの独立性) を外せば,残りの条件を満たすルールはいろいろある.たとえばボルダルール (各人の選好でもっとも好まれる選択肢を m-1 点,次を m-2 点,…,最後を 0 点とし,各選択肢についてそれらの得点を合計して比較する方法) がそうだ.ただし具体的な投票を想定しているのであれば,そのようなルールにもとづく選択は耐戦略性をみたさない (戦略的操作可能である; つまり自分の選好を偽って報告した方がましな結果を得られることがある) という問題がある.

しかし「功利主義」といったばあい,耐戦略性は問題にはならない.なぜなら功利主義云々を議論する場合,そこでは社会状態の評価を行う社会厚生関数の話をしているわけであって,その関数は具体的な投票ルールとは異なるからだ.社会厚生関数とはあくまでも関数であり,それは「個人の選好がこういうふうに決まれば社会選好がああいうふうに決まる」という対応関係を指しているに過ぎない.「どうやってその選好を表明してもらうのか?」とか,「どうやってその関数を計算するか?」といったことはその関数を具体的なルール (メカニズムデザインにおけるゲームフォーム) と見なしてはじめて問題になってくるだけであり,社会厚生関数をあくまでも観念的なものとみなしてよいコンテクストでは,耐戦略性や計算可能性は無視すべきである.

これで答えは出た.序数的効用でも功利主義は成り立つ.それを主張するひとは,「ボルダルールでやりゃいいじゃん」と言えばいい.いや,ボルダルール以外にもいろいろ使える関数はあるので,お好みの関数を拾ってきて,
序数的効用での功利主義とは関数○○によって社会状態を比較するアプローチである
定義してしまえばよい.めでたし,めでたし.

さて,功利主義については,学生に教えるときに気をつけるべきことがある.効用のなにが個人間で比較可能かについて,いい加減な説明をしてしまいがちなことだ.せめて次の例題に出てくるような点にかんしては,ごまかさない方がいい.(ボク自身はこんな出題をしたことはないけどね.)

例題.以下の文章の [ア] から [キ] にいれるべき用語を以下から選べ: 基数的,序数的,ベンサム,ロールズ,功利主義,maximin 原理,増減,絶対レベル.

「現代経済学では,効用の値が単なる大小関係を越えた意味を持つ[ア]効用を想定するアプローチは (不確実性を考慮するとき以外は) 主流とは言えない.しかしそのアプローチを採用すれば,個人の選好の強度を考慮したり,効用を個人間で比較することが可能になる.たとえば社会状態の良し悪しを個人の効用の合計によってはかる[イ]流の[ウ]は,Harsanyi (1955) によって正当化されている.[ウ]では,効用の[エ]を個人間で比較できることが想定されている.一方,社会状態の良し悪しをもっとも効用の低い個人の効用によってはかる[オ]流の[カ]は,Hammond (1976) によって正当化されている.[カ] では効用の[キ]を個人間で比較できることが想定されている.」

さて,IIA の謎を書くのが面倒になってきたので,あとは列挙で済ませる.ここではあくまでもアローの定理における IIA に限定しているが,それでもいろいろと謎がある.
  • 基数的効用を排除しているのがなぜか IIA のせいにされる.Nitzan (2010) など.
  • MWG (Mas-Colell, Whinston, and Green, 1995, Chapter 21, page 794) が IIA (Pairwise Independence) の意義を3つ挙げているのは偉い.特に戦略的操作との関連が示唆されているのはよい.しかし,その後はその関連がまったくといっていいほど説明されていない.特に Chapter 23 では IIA は出て来ないのでは?
  • Wikipedia の IIA の項目を見ると,「もし機会集合 {a, b} で a が b より好まれるならば,機会集合 {a, b, x} で,b が a より好まれることがあってはならない」とある.もともとの IIA は機会集合ひとつとプロファイルふたつにかんする条件だが,ここでは機会集合ふたつとプロファイルひとつにかんする条件に見える.しかもアロー自身のミスリーディングな「候補者死亡の例」 (Arrow, 1963, page 26) とは逆に,ここでは機会集合は縮小ではなくて拡大している.この条件はいったいどの文献に載っているんだろうか?

(社会選択などを専門とする HRM からの寄稿)

追記 1 (10/24/2010). コメント 3, 4 にかかわるが,なんと Roemer (1996, pages 17-18, 20) は「序数効用論に基づくロールズ主義」をやっている.maximin 原理を「個人間比較可能な序数的効用」(co-ordinal utility) というやつで説明している.功利主義だけでなく maximin 原理も序数的効用でできるのだ! 詳しくはリンク先を参照.(追記.ただし追記2の「序数的効用」の定義は満たさない.Moulin (1988, Chapter 2) にも関連する議論がある.)

追記 2 (10/24/2010). コメントにもかかわるので,ボクの意味する「序数的効用」の意味を定義しておく.これが載っている文献とかミスとかあったら指摘してください.眠れないため起きてきて書いているという状態だから.

Let F be a social welfare functional, that is, a function that maps each profile u=(u_1, ..., u_n) of utility functions into a social preference.  F is ordinal if for any two profiles u and u',
whenever for all i and for all x, y,
u_i(x) ≥ u_i(y) iff u'_i(x) ≥ u'_i(y), 
we have F(u)=F(u').

Conjecture.  Let p(u) be the preference profile defined from u.  That is, 
x p_i(u) y iff u_i(x) ≥ u_i(y).
Then, a social welfare functional F is ordinal if and only if there exists a social welfare function f such that
F(u) = f(p(u)) for all u.
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【2010/10/20 04:39 】
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