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メール検閲システムは大学にとって自殺行為

前回記事「メール検閲システムにかんするメモ」に書いたメール検閲 (スパム対策) 問題について改めて考察する.「そりゃ検閲だから悪いの当たり前よ」と言えばその通りなんだが,そういう単純な理由では分からない人もいるようなので,まじめに書いてみる. 前述の記事を読まなくても分かるように,検閲システムに反対する理由を書く.簡単に言えば,大学人としてそして図書館教員として,利用者の知る権利を侵害するこのシステムの導入を許すわけにはいかないということだ.

それにしても,ボクに届いたメールを勝手に捨てることを平然と「サービス」と言う神経には唖然とする.ひとがどれだけ不安とか情けなさとか無力感を感じているのか想像できないんだろうか.メールが届かない分については,自分では対策しようがない.どういうメールが拒否されているのかまったく分からない状態で能天気でいろというのか.そういうひとばかりだったらあんなに神経科がはやるわけがない.

「雑草」という名の草はないように,「スパム」という名のメールもない.ボクが「スパム」と呼ぶにすぎないのだ.ただし断っておくが,ボクに代わってあなたがたに「スパム」を決めろと頼んだつもりはない.そこを間違えないでもらいたい.

ボクとしては大学丸ごと Gmail と Google ドキュメントでも使い始めてくれたほうがマシだった.学生へアクセス制限した形でのファイル配布も楽になるし.だが,図書館情報機構の下部組織である総合情報センターが選んだのは,それより劣るように見える解決策だった.コストについては知らないが,場合によってはこれから乗り換えることも選択肢として考えられるはずだ.どうするにせよ,決してこれまでの投資分が無駄になってしまうという思考に捕われてはならない.サンクコストはサンクコストである.これは意見の問題ではなく合理的選択の問題だ.

■導入されたメール検閲システムの概要

まず,今回大学が導入したメール検閲システムの (ボクが把握している) 特徴を列挙する:

  • Barracuda Spam & Virus Firewall という製品.
  • 管理者設定による検閲に引っかかったメールは利用者には届かない.大学アドレス宛のメールをほかのアカウントに転送設定しても,検閲は免れない.
  • 利用者設定により本文解析などの利用でさらにきびしくメールを選別できるように設定できる.しかし管理者側で検閲に引っかかったメールを利用者が取り返す設定はできない.

総合情報センターに言わせれば,

自分たちがメールボックスを提供しているのだから,その中身を捨てるのは自分たちの勝手でしょ

ということになる.ボクに言わせれば,

「メールの所有権は受取人にあるはずなので,その論理には疑問がある」

となる.

■メール検閲システムの問題点

総合情報センターの語法では,検閲システムは「サービス」だそうだが,メール受信システムの基本は「届いたメールをすべて届ける」ことである.いろんな付加機能がついたところで,この基本機能が欠けるようでは,ボクをふくむ利用者にとって意味のあるサービスではない.今回導入された検閲システムはこの基本機能を備えていない「欠陥品」である.

この基本機能が欠けたときの問題点:

  • 重要なメールが届かないことがある.これは単なる可能性ではなく,これまで大学で採用して来たスパム判定システムで経験済み.論文を投稿したジャーナルのエディタや出版社のメールがスパム扱いされたケースは何度もあった.これまでのシステムはラベルをつけるだけで配送はしたが,悪いことに今度導入されたシステムでは配送自体を止める.もちろん,これまでのシステムよりは誤判定が少なくなると期待したいところだが,一部メールが届かない以上,どのくらいの信頼性を持つのか利用者が知ることさえできない.
  • 学生その他の大学利用者・取引先からの信頼を失う.たとえば学生に「みなさんからのメールはすべてチェックしている.誤って迷惑メールに分類されることもあるが,それもふくめてすべてのメールをチェックして返事するようにしている.それでも見落としの可能性があるので……」という,学生へのサービスとして教員が当然やっておくべき宣言ができない.じっさい学生からのメールは,アドレス自体が国際規格からみて不適切だったりすることも多いので,検閲で拒否される可能性は低くない.かりに学生からのメールがまったく弾かれなかったとしても,この種の宣言ができないことで学生からの信頼を失う.
  • 自分のコントロールすべき情報をコントロールできない不安がつきまとう.ボクは届いたメールすべてに目を通して,はじめてコントロールできた感覚を持てる.それが出来ない状態は極めて不安であり,気になってほかの仕事が手につかない.頭に来て犯罪でもやりかねないので,公共交通機関も使えない.公平のために言えば,ひとによっては欲しくないメールを目にしないことで,自分が情報をコントロールできた安心感を持てるだろう.今回のシステムは後者のタイプの利用者の要求に応えようとする (じっさいに応えられているかどうかはべつ) ことにより,前者のタイプの利用者を犠牲にする.

■代替手段と権利からの議論

最後の項について補足しよう.「一部の利用者が犠牲になり精神障害になって自殺したり痴漢したりしたところで,ほかの一部の利用者の要求に応えられれば問題ない」という反論もあるだろう.両方のタイプの利用者の要求に応えられるようなシステムなら問題なかったのだが,今回のシステムはそうではない.だからどちらの要求をより基本的なものとして認めるかという話になる.これには代替手段の問題と権利の問題がかかわる.

代替手段にかんする考察

代替手段の存在から考えると,迷惑メールにたいして大学側が取るべき対応は消去法により,

  • なにもしないか,あるいは
  • すべてのメールを届けるという基本機能を満たした上で対応する

となる.

  • 大学側で今回のようにメールを検閲する対応をしたときは,配送されないメールについて利用者側ではなんの対策もとれない.唯一の護身法は大学メールアドレスの使用を止めることだが,相手によってはそれもできない.
  • 大学側でなんの対応をしなくても,利用者側で (大学アドレスの使用をやめなくても) 一定の迷惑メール対策はとれる.迷惑メールの対策はたいていのメールソフトウエアについている.それを利用すれば個人レベルでできる.それで不十分であれば迷惑メール対策のすぐれた Gmail のような Web メールを利用することも (大学アドレスの使用をやめずに) できる.

権利にかんする考察

どちらのタイプの利用者の要求も,情報のコントロールにたいする要求とみなせる.それぞれ「自らの望む情報を受け取る権利」および「自らの望まない情報を受け取らない権利」への要求といえる.そのうち大学が伝統的に守ろうとして来た「表現の自由」や「知る権利」から導けるのは,「自らの望む情報を受け取る権利」の方であるはずだ.

そもそも「自らの望まない情報を受け取らない権利」とか「知らないでいる権利」などというものを聞いたことがあるひとの方が少ないだろう.これらは表現の自由と対立するので古典的自由主義でいうところの権利ではない.たとえば日本国憲法からこれらの概念を導くことは難しいはず.

「自らの望む情報を受け取る権利」についても積極的権利ではなく消極的権利に近いものと考えるべきで,たとえば高価すぎてある本が入手できないという制限はありうる.しかし,入手できないことを大学が追求してきたわけではない.また,いまの議論で問題になっているメールにかんするかぎり---コンピューターを破壊するもののような例外を除けば---そういうコストによる制限は無視できる.

もちろん「自らの望まない情報を受け取らない権利」もまったく尊重されないわけではない.しかし,それはたとえばある書籍を提供しないという手段ではなく,「その書籍が存在するからといって読まなくてもよい」という意味で尊重されてきたにすぎない.あくまでも二次的な意味で尊重されるわけで,一次的には「自らの望む情報を受け取る権利」が優先されて来たのが事実であり,かつそれが規範である.

メールシステムで言えば,「自らの望まない情報を受け取らない権利」は,利用者が届いたメールを読まないことによって,つまり情報としては受理しないことによって守られることになる.ところが今回導入されたメール検閲システムはこの「自らの望まない情報を受け取らない権利」を優先しようとするがゆえに,より基本的な権利である「自らの望む情報を受け取る権利」を犠牲にしている.大学の理念や伝統的な価値観に反するものである.「届いたメールをすべて届ける」という明白な基本機能さえみたさないシステムを導入することは,素人には手の届かない情報通信技術を隠れ蓑にして大学の基本的価値観を破壊しようとする不道徳きわまりない画策である.じっさい,システム推進者たちは,利用者の委託を受けて行うサービスであるスパム対策と,利用者の委託を受けないで勝手に行うメール検閲をまったく区別しないことで,われわれを欺いて来た.利用者の知る権利を守るべき図書館情報機構の下部組織からこの反大学的な検閲の動きが出て来たことはひじょうに残念だ.すべての大学人よ,目を覚ませ!

追記 (7/12/2009). 「最後の段落の「自らの望む情報を受け取らない権利」は、「自らの望まない情報を受け取らない権利」ではないですか?」との指摘を受け,最後の段落を修正した.

追記 (7/24/2009). その後いちおうの解決は得られた.「メール検閲システムへの対処法」を参照.

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【2009/07/04 20:38 】
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メール検閲システムにかんするメモ

図書館情報機構の下部組織である総合情報センターがメール検閲をはじめた.彼らが「スパム」とみなすメールをサーバ利用者に届けないところがポイント.

「自分たちがメールボックスを提供しているのだから,その中身を捨てるのは自分たちの勝手だ」

ということらしい.勝手なものだ.まとまった考察は次回にして,この記事ではすぐ思いつく問題点などを指摘しておく.反対の声を高め,検閲を止めさせよう.

  • 私信を勝手に削除してもらいたくない.当たり前の感情.
  • フィルタをかけないのがもともとの状態であり,いちばん自然.自然な状態が回復できないのは問題.
  • 迷惑メール対策は必要なら個人レベルでやってるはず.まちがって判定されていないか確認するためにいちいち大学に来てメールボックスを開かなければならないのは不便.
  • 「スパムを苦情とする声に答えるようなサービスをした」ということだが,苦情の主は自分のメールボックスに届くスパムを問題にしたはず.他人のメールボックスに届くメールを妨害しようとしたわけではないだろう.欲しているサービスと提供しているサービスが噛み合っていない.(仮にその人が妨害しようとしたというなら,それは他人の情報収集をする自由を否定しようとする,学者としての風上にもおけない者の意見.そういう学問の自由をも否定する反大学人の意見をまともに受け入れるのは真理探究の府として自殺行為.)
  • だいたい,検閲を「サービス」とよぶのは,どこの全体主義国家だ.受け手の代理人としてスパムを削除するなら「サービス」と言っても問題ないが,実情は受け手の意思に関係なく削除するわけだから,それを「サービス」とは言わないだろう.大学のアドレスが使い物にならなくなる (そのこと自体も確認しようがない),こういう最悪の「サービス」はさっさと停止してもらいたいですね,検閲官!
  • デフォルト設定が検閲状態になっているのはおかしい.デフォルトはすべてのメールを通したうえで,希望者だけがフィルタをかけられるようにすべきだった.これは図書館が利用者の知る権利を守るための機関であることのコロラリーである.図書館情報機構が検閲することは「図書館の自由に関する宣言」に反する.(図書館が知らないでいる権利を守る機関だったとしたら話は別だが,そうではない.だがちゃんと「図書館はすべての検閲に反対する」とある.) 常識的に考えても「有害であるとか迷惑であるとかは,読者の判断に任せよ」というのが大学や図書館のあり方でしょう.

図書館情報機構という表現の自由を守るべき牙城が,自由な情報の流れを妨害するのは情けない.総合情報センターというところは情報の流れを停めることが仕事なんだろうか.

参考

図書館の自由に関する宣言

【2009/07/04 15:16 】
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