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非循環性なしの社会選択理論が出現!

「それってすごいことなの?」って? 経済理論を教える大学教授にでも聞いてくれ.

ここでは最初に「社会選択のコアにかんするクイズ」の正解例を与えよう.問題 1, 2 の正解はいずれも「否」であり,反例は以下のとおり.個人 i が x を y より好む (xPiy) ことは,点 x から点 y へ向かう矢印を描いてその枝にラベル i をつけることで表している.

Graphviz ソースファイルはこちら.点の配置や枝の形状などを気にし始めると,Graphviz は簡単ではないことが分かった.問題 2 の図では,点の場所を pos で強制的に指定することで対応.

問題 1 の正解例

コアに属する選択肢がどの個人の極大要素にもならないことがある.たとえば以下の図でコアは集合 {d, e} だが,d は各人の極大要素集合のユニオン {a, b, c, e} に属さない.だれにとっても極大でないものが解の中に紛れているのだ!

問題1の反例

問題 2 の正解例

空でないにもかかわらず,コアが個人の極大要素をあつめてきた集合と交わらないことがある.たとえば以下の図でコアは集合 {d} だが,各人の極大要素集合のユニオン {a, b, c} と交わらない.だれかにとって極大になるようなものが解のなかにひとつも存在しないのだ!

問題2の反例

以上の例は Kumabe and Mihara (2008) の Examples 1 と 2 そのものである.要するにコアというのは,各人の極大要素集合と相性があんまりよくないのだ! 「相性が悪い」と言ってしまってもいいかもしれない.

ところでコアの概念をまちがって理解すると,上のいずれの図においても,あやまって選択肢 d をコアから除外してしまうことになる.つまり「d 以外の選択肢をより好む個人が過半数 (この場合は2人以上である全員) いるので,d はコアには入らない」と考えてしまうのだ.選択肢 d がコアから除外されるためには,本当は過半数が一致して他のある選択肢 x を d より好まなければならないのだが,「別の選択肢を一致してより好む」という条件を見落とすわけだ.

この誤解にもとづいてコアを再定義し,"the core without majority dissatisfaction" (多数不満なきコア?) と名付けたのが Kumabe and Mihara (2008) である.おそらく著者のひとりである経済理論家が共著者の数学者に「コア」をいい加減に説明した際に,数学者のほうが誤解し,それに気づいた経済理論家が「おもしろいからその誤解を定義にすればいいじゃん!」と応じたのであろう.「失敗を成功につなげた」ささやかな例である.(事実無根です.そういうドラマは著者たちのあいだでは展開されなかったそうです.)

そして注目すべきは,この core without majority dissatisfaction というのはもともとのコアとちがい,問題 1, 2 の性質をいずれも満たすことだ! つまり core without majority dissatisfaction は各人の極大要素集合とトテモ相性がいいのである.詳しくはそのペーパーの Section 3 を参照してもらおう.

ところで Kumabe and Mihara (2008) だが,以上説明した内容がその主要貢献ではない.その主要貢献は,社会選択理論で長らく「最小限の要件」とされて来た「選好の非循環性」を取り払ったことにある.「非循環性なしの選好集計理論」というタイトルがしめすとおりだ.(非循環性がほとんど欠かせない条件であることについては,「極大要素の存在: 美人ホールを求めて」を参照.どうでもいいが,現状のタイトルはぎこちないんじゃ?---"without" を二度使うか?) 具体的には中村の定理を拡張する結果を提示している. (中村の定理については「コアにかんする中村の定理」を参照.)

「最小限」とされてきた要件を取り除くという画期的なことをする以上,これまで受け入れられて来た常識からどこかで離れる必要はあったはずだ.じっさい Kumabe and Mihara (2008) の集計理論は,社会選択理論の根底にあるシナリオの書き換えを迫っている.イントロダクションが長くなっているのは,そのシナリオの転換についてやや「哲学的な」議論を展開しているためである.

「哲学とか言うなよ.自分は技巧派だ」という理論家は,この論文を「集合論でいうところの順序数の理論を経済学に応用したもの」として読むだけでも悪くないだろう.順序数といえば,0, 1, 2, 3, 4, ... の無限の先に ω という「数」が来て,さらに ω+1, ω+2, ... と続く,いやいや,もっともっと続くアレだ.無限のところでカウントし続けるやつだ.と言っても知らない人も多いだろう.さいわいこの論文はたった 1 ページ強で順序数の解説をしているので,参照するといい.(「年末は家具の入れ替えとか順序数とか」も多少は参考になる.) 順序数という技巧が経済理論で使われるのはかなりラディカルだが,社会選択のシナリオの転換をラディカルに迫る以上,技巧もラディカルにならざるをえなかったということだろう.ラディカルな技巧ではあっても,むずかしいというわけではないので,尻込みする必要はない.

参考文献

Masahiro Kumabe and H. Reiju Mihara (2008). Preference aggregation theory without acyclicity: The core without majority dissatisfaction.

(HRM からの寄稿)

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【2008/11/25 16:00 】
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社会選択のコアにかんするクイズ

選択肢の集合 X がたとえば X={a, b, c, d, e} のようにあり,個人がたとえば 1, 2, 3 の 3人いるとしよう.それぞれの個人は選択肢にかんして「選好」を持っている.「コア」とは多数決で負けない選択肢の集まりである.

簡単にするため,個人 i の「選好」 Pi は非対称性 (asymmetry; if xPi y, then not yPix) さえ満たせばよいとする.推移性や非循環性は要求しない.たとえば aPi b と bPi a が同時になりたつ Pi はダメだ.一方,aPib, bPic, dPi a だけがなりたつ Pi は許される.(aPic とならなくてよいことに注意.) 極端なばあい,Pi はサイクルをもってもいい.

選択肢 x にたいして,ほかのある選択肢 y が存在し多数 (3人の社会ならば 2人以上) の個人 i が y を x より好む (yPix が多数の i についていえる) とき,x はコアに属さない.そうでないときは x はコアに属する (入る).より一般的な話は「社会選択における極大要素」を参照.

「選択肢 x が個人 i にとって極大要素ではない」とは,ほかの選択肢 y が存在して,その個人 i が y を x より好む (yPix) ということだ.そういう y が存在しないとき,x は極大要素である.一般に極大要素は多数存在するかもしれないし,存在しないかもしれない.

たとえば X={a, b, c, d, e} のとき,aPib, bPic, dPi a だけがなりたつ Pi を考えれば,その極大要素は d と e である.

では問題だ.証明するか反例を作ってもらいたい.個人が 3 人で,選択肢の数は高々5個のばあいに限って考えてくれてもいい.勘のいいひとなら数分でできるだろう.こちらのビデオにある (2分55秒から) 投票のパラドックスもヒントになるかもしれない.

問題 1. コアに入る選択肢はかならずいずれかの個人にとって極大要素になっているか.つまり x がコアに属していれば,x はある個人 i の極大要素といえるか?

仮にこの問題の正解が否だとすると,コアに属しているのにだれの極大要素にもなっていないような選択肢 x が存在することになる.しかしそのことは,コアに属するほかの選択肢 y がだれかの極大要素になることを否定はしない.よって次の問題を与える.

問題 2. コアが空でないとき,コアはかならずいろんな個人の極大要素をあつめてきた集合と交わるか? つまり,コアが非空なら,コアに属すると同時にだれかの極大要素になるような選択肢はかならず存在するか?

ヒント (11/19/2008 追記)

数分以内で正解を出すコツは,最初の見当を誤らないことである.

続きを読む
【2008/11/18 08:01 】
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野口悠紀雄よりも先を行くクラウドコンピューティング

クラウドコンピューティングの実例として,野口悠紀雄が Gmail の下書き機能をフル活用した画期的な情報整理術に気づいたようだ.一昔前までボクがよくやっていたやり方だ.これだけでも USB フラッシュメモリを使う場面が激減するなどの効果はあった.(せっかく自分で設けた暗号化領域も使う機会が減ってしまった.)

ただしこれをやると,失敗して「下書き」を削除する可能性が高まるので注意が必要だ.じっさいボクはその経験を二度くらいしたことがある.どうして消してしまったのかは,はっきり思い出せない.gmail でメッセージを作成するとき,(ほかのメールを参照しやすいように) メール作成用の小さな別窓を開くことが原因かもしれない.ときどき同じ作成中メールを複数窓で開いてしまうので,要らない窓を消すために「破棄」ボタンを押すのだ.それであとで残った別窓を閉じるときに保存し忘れたのかもしれない.

しかしボクが下書き機能を利用することが少なくなった主な理由は,Google ドキュメントとか Google サイトなどの,べつのクラウドコンピューティングを実践しているからだ.(野口はどうも Google ドキュメントの愛用者ではない感じだ.「[Gmail] アドレスを共有することによって、本の共同執筆などの共同作業のプラットフォームとして使うこともできるだろう」とか書いているので.どうでもいいが,G ドキュメントと G サイトの棲み分けはむずかしい.どちらも pdf ファイルをふくむ文書ファイルを保存しておけるし.)

たとえば (うちの大学サイトでは学外からのアクセスでは注文できないため),研究費で本を注文するためは,「注文予定と注文済み」という文書を G docs に用意しておき,大学に行ったときにそれを参照する.そういう作業があるのを忘れないように,個人用ホームサイトの iGoogle の「付箋」には,「次に大学に行ったときにやるべきことリスト」が常に載っている.あるいは年度末には,予算をうまく使い切るための戦略を練るのに G docs の表計算文書 (スプレッドシート) を使う.こういうのは家でも大学でもすぐ参照できないと意味がないのはあきらかだろう.自分の大学では全文 pdf を入手できない欲しい論文一覧を文書にまとめておいて,他大学に遊びに行ったときにそれを参照するという使い方もできるだろう.G sites のほうは,共同研究者とファイルの受け渡しなどに使っている.

ついでなのでGoogle ドキュメントについて改善してもらいたいと思っていることを列挙しておこう.

  • 文書,プレゼンテーション,スプレッドシートで仕様がばらばら.そのちがいが分かりにくい.たしか制限ページへの閲覧権を得るために,スプレッドシートならグーグルアカウントが要らないが,文書なら要ったのでは.アカウントのないひとにも一様にアクセス権を与えられると助かる.
  • 「文書」のほかに純粋なエディタというか「テキスト書類」もあったらいい.ほかの文書からコピーしたのをペーストするたびに,いちいち「書式をクリア」するのもアホらしい.
  • エディタとしての機能を充実できないか.プログラミング環境他いくつかの専用モードを用意できないか.必要なコマンドがすぐに選択できるように.

    • html エディタくらいあってもいいんでは.(ちなみにこの文書は mi というエディタのカスタマイズされた html モードで書いている.)
    • LaTeX や TeX エディタと実行環境があればかなり使える.TeX のインストールはけっこう面倒だから.
    • 各種プログラミング言語のエディタとか,実行環境ができないか.(無理だろうなあ.) たとえば教育用に Ruby でもちょっと使いたいと思っても,(Mac とちがい) Windows には Ruby がプリインストールされていない.学生にはインストールからはじめてもらうことになり,大変だ.
【2008/11/08 05:12 】
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