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坂井豊貴・藤中裕二・若山琢磨『メカニズムデザイン』

研究中突然ですが,ここでお知らせです.これ以降すべては,れいじゅさま (三原麗珠) からの投稿.紹介しないわけにはいかない本を献本されたそうだ.

研究者にとって数少ない稼ぎ時である夏休みだから,研究に没頭している.なんと個人選好の非循環性の仮定を取り除いた社会選択理論を構築しているところなのだ.「それはすごいことなのか」って? 分かる人には分かるだろう,非循環性っていえばあの推移性や準推移性よりさらに弱い条件で,それさえ外そうというわけだから! いや,それは大げさだった.取り除くからには代替的なことをせざるをえないわけで,そこを見てもらわないと判断できないだろうな.いずれにせよ,モデルの解釈にかんする哲学的な問題を避けることはできないので,アローの『社会的選択と個人的評価』にまで遡って,社会選択の背景にあるシナリオの見直しからやっている.

で,アローの古典を眺めていて気づいたのだが (というか,すでに下線が引いてたので再確認したということになるが),社会選択の現代版の出発点となったこの古典のなかで,アローはすでに耐戦略性 (戦略的操作不能性; strategy-proofness) にも bribe-proofness (賄賂の受け取りで得をする余地をもたないこと) にも言及していたのだ (もちろんこれらの用語は使っていない; 上記第2版ほか,1951年の第1版の 7頁でも確認できる).これらの概念のアイディアが出て来たことになっている時期よりもずっと前のことだ.

そんなところに耐戦略性の分析などを重視した教科書『メカニズムデザイン: 資源配分制度の設計とインセンティブ』(2008) が届いた.「よし,紹介記事を書いて,『ところでアローがこんなこと言ってるんだよ』と指摘してやろう」とボクは思った.

しかし,なんとその引用がその本の 8-9頁に載ってるじゃないか! しかもその引用部分を持ち出す前に,「必ずしも良く知られていない事だが」なんて書いてる.著者たちは,よく知られてないということも知ってたわけで,こちらの心を見透かされた感じがした.

この本はどんな本か.出版社はミネルヴァ書房 (本日が発行日だが,現時点で同社サイトにこの書籍の情報は見当たらない).あの林貴志『ミクロ経済学』を出したところだ.林の本とちがいこちらはハードカバーで,紙は林のほど青白くない.ページ数は80ページほど少なくて,値段は200円安い.カバーには「マウント=ライターの三角形」がデザインされている.(この三角形は数学ではよく現れる commutative diagram というやつの一種で,たしかに便利ではあるが,名前をつけるほどオリジナリティが認められるわけではない.ボクはだいぶ前から授業中にそう指摘していたが,『メカニズムデザイン』12頁の脚注 8 にも,特に名前をつけない旨書いてある.) おっと,言い忘れるところだったが,やっぱり帯には「2007年ノーベル経済学賞の受賞分野」とある.これはボクのみならずこの本の出版を知っていたひとのだれもが予想していたことだろう.

中身は数学書ふうで,定義,定理,命題,証明などの見出しが続く.残念なことに図がほとんどない.その一方で,証明内の改行の頻度を高めることで「図式性」を持たせて見やすくする工夫はある.

ボク流に内容を分類すると以下のようになる.

  • 一般的な社会選択の環境で,メカニズムデザインの基礎理論を提示する 1章「社会的選択とその遂行」と 2章「公共的意思決定」(これらが第 I 部「基礎」である).ただしセクション2.4 は金銭のやり取りが明示的に導入されており,べつに「公共的」でもない後のいくつかの章への橋渡しになる.
  • 古典的な交換経済をあつかった 3章「交換経済」.
  • 非分割財の配分をあつかった4章「オークション」,5章「公平分担」,6章「非分割財交換」,7章「マッチング」.

全体に渡って耐戦略性とナッシュ遂行可能性を重視しているのが特徴だ.

非分割財配分のあつかいが充実しているのは特筆に値する.これらはわりと最近の展開であり,著者らが ii 頁で言う,「小さな問題をあつかう際には理論の直接的な応用を期待されるゆえ,固有の状況を丁寧に捉えたモデルを構築せねばならない」という実例の多くがここにある.一般の学生がはじめてメカニズムデザインを習うであろう,あの分厚いMWGでも,(Chapter 23 であつかうオークションを除けば) 非分割財の話題はほとんど触れられていないことを想起してもらいたい.

一方,「大きい問題」を代表する交換経済といえば古い感じがして,「いまさら若い研究者に期待すべき分野じゃないのでは?」という気がしなくもない.だが,その部分に関しても,著者らは手を抜いてはいない.芹沢成弘によるハーヴィッツの定理の一般化に至るまでの細かい経緯を述べたセクション 3.3.2 を読んで,「そんなやっかいな話だったのか」と,やっと事情がつかめたのはボクだけじゃないと思いたい.(ただし 86 頁の Nagahisa 論文に触れた部分で「選好ドメインの閉包は空集合を全く含まない」というのは「開集合」かなにかの誤植だろう.) この章は「リマーク」(とは銘打ってないが) の充実ぶりも相当なものだ.

日本人研究者 (特に関西系?) の業績紹介が多いのも特徴だろう.ロチェスターをはじめとする経済学大学院への進学希望者,国内の優秀な研究者のもとで頑張って行こうとする進学希望者や大学院生にとって,よいガイドになると思う.その意味では,人名索引があればもっとよかった.研究者側についていえば「自分の論文紹介を日本語で書く手間が省けて助かった」と思ってるひとがきっといるだろう.メカニズムデザインにかぎらず経済理論の専門家の多くは「日本語で書いてるヒマがない」というのが実情だから.

では,この本をどう読むか?

ソロモン王のジレンマをとりあげたセクション 1.1「はじめに」は,とりあえずほとんどのひとが読めるだろう.初心者はこの部分は必読だ.なぜかって,「はじめに」だからさ (笑).

ただし 6-7頁の第二価格オークションをもとにしたメカニズムの説明に誤解されそうな表現がある.ステップ 1 では二人が「参加料を払って第二価格オークションに参加するか否かを決める」とあるが,参加することにしても,参加者がひとりだけだったらじっさいは参加料を取られないのがそのメカニズムだ.均衡で参加料を取るとなると,「金銭の受け渡しなく真の母親に子どもを渡す」というゴールに反することからもそのことは分かるだろう.三原メカニズムについてはそこに載っている論文の改訂版ほか,YouTube Video,そして日本語による解説があるので参照するといい.

なお,Mihara メカニズムと Qin and Yang メカニズムのちがいは,後者のほうがよりひろい範囲の問題をあつかっていること (Mihara はあるパラメターδが正の場合を,Qin and Yang はゼロ以上の場合をあつかう) で,そのため後者のメカニズムでは各自が相手の入札額を予想することになる.つまり「他人の入札額や評価額を予想しなくて済む」という,第二価格オークションの望ましい性質を犠牲にしている.

セクション 1.2 で話は突如抽象的になる.この部分についていければ,本書の大部分は読めるんではないか.(積分の記号を見ると避けたくなるボクのようなひとには読めない部分もあるが.) 第II部はそれぞれの章が独立しているので,好きなところを読めばいい.各章の導入部が参考になるだろう.結果を知るだけとか,リサーチのアイディアを模索するだけなら,証明は飛ばせばいいだろう.(ちなみにボクがいまのところきちんと読んだ証明は 123 頁に載ってる,Svensson (1983) の驚くべき結果の証明くらい.)

セクション 1.2 をフォローできない場合は,集合論の初歩とゲーム理論の抽象的なあつかいに慣れてないということだ.そういうひとはまずは基礎をしっかり勉強してから戻って来るのが正道だろう.しかし邪道はある.モノグラフではなく「教科書」を名乗る以上,邪道は著者らが提示してもよかったかもしれない.しかし心配はいらない.ずぶの素人向けに,三原麗珠の「メカニズム・デザイン: レクチャー・ノート」があるからだ (図はこちら).選好やゲーム理論の初歩が,抽象的扱いを避けることなく紹介されている.

この本を読んでいると,メカニズムデザインに「日本スクール」というものが存在している気がして来る.この教科書の登場により,最先端の成果を幅広く日本語で学ぶことができるようになってしまった.この本の登場は,憂慮すべき面もあるが (いや,競争相手が増えて困るというんじゃなくて,英語力の育成の面でね),日本スクールの発展を加速させるための契機になるかもしれない.

というわけで,最後にメカニズムデザインへの入門に使える9分弱の英語動画を再掲しておこう.ただし英語の正しさの保証はできない.

King Solomon's Dilemma: A simple solution

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【2008/08/20 18:32 】
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