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教員評価の書類を準備してみた

平成香川大学教員総合評価の問題点」で問題点を指摘した教員評価の書類を今年は提出してみることにした.

去年は「絞り出された問題教員」の記事にあるように,提出しなかった.だけど今年は以下のような理由により,提出することにした:

  • 教員評価のためのデータ入力に似たようなデータ入力作業が年間 1 回で済むようになった (?).去年は年に3回くらいやるものと誤って予想していた.1回で済むならやってみようというわけだ.やってみて,どれだけ大変か体験しようと思ったのだ.
  • 今年から教員評価が処遇に反映されるようになった.提出しなければ昇給ゼロ (リマーク参照),提出して標準の B 評価を受ければ4号俸 (月1万円弱?)から6号俸昇給,A 評価で 6号俸から8号俸昇給するという.昇給だから効果は年々累積していく.さらにボーナスも影響を受ける.なんでボーナスだけでなくて昇給に影響するのか,つまり,なんで若い教員に効果が大きくなっているのかは知らない.とにかくこれだけ大きなインセンティブがあると,一教員が反対したところでほかの教員が評価書類を提出するのを止めることはできない.(昇給とのつながりが未定だった去年でも,非提出者は全学で高々3人だった.A, B, C のうち C 評価を受けたのがたった3人だったのだ.) 効果がない反対表明ばかりして自分だけが損するのも癪なので,ボクも提出することにした.「おカネのインセンティブは強いですからね.わざわざ損することをするわけないですよ」と労務担当理事に言うと,理事は満足そうだった.それによって教育や研究は改悪されるかもしれないのに! 少なくとも全教員がより苦労するのは目に見えている.まさに囚人のジレンマなのだ.(理事に会ったのは,処遇への反映方法にあったテクニカルな問題を説明するためだ.)

リマーク.y-1 年度のデータを y 年度に提出しなければ y 年度の昇給がゼロになるだけでなくy+1 年度の昇給にも影響する.y-1 年度のデータを y 年度に提出しさえすれば y 年度の昇給にのみ影響する.提出しないことを過度に罰しており,無用に提出を助長するようになっている.生産性を高めることよりも,書類を提出させることを目的とした制度と言える.

じつは去年はたしかにやる気はあまりなかったが,データ入力法などを書いた紙を10時間くらいは熟読したのだ.しかし分からないことだらけだったので,質問をメールして,十分な答が得られないまま時間切れになったという経緯がある.

今年は 4月30日の締め切りに向けて,4月16日以来,全学の担当部署や学部の事務や研究科長などに手順を尋ねていた.事務は「先生がたの総合評価につきましては、事務はまったくタッチできず、詳しい説明ができませんこと、申し訳ございません」などと答えていた.そんなわけないだろう.ちゃんと部下を動かせよ.こちらが知りたいのは,おおまかな手順なのだ.大学の準備する文書によくあることだが,マニュアルに詳細は載っていても全体像が載ってないのだ! 「店に来てくれ」と言ってカタログを示しつつも,店の場所を教えようとしないような姿勢だ.(自ら調べたくなるような人気店とはちがうのは,説明するまでもないだろう.) 基本的な情報が抜けているのだ.それで客に来てもらおうと考えるのは甘い.

その後,事務の末端のひとが自発的に動いてくれて,先週金曜日にやっと全体像がつかめた.「大学内のネットワークにつながったパソコンにアクセス→入力システムにこの url で入る→入力結果をこうやって MS ワードファイルに出力→ワードでファイルを印刷→このひとに提出」ということだ.言われるまでは,手書きで提出するのかとか,エクセルファイル用意してシステムに読み込ませればいいのかとか,まったくの見当違いをしていた.

この週末,データを入力してみた.去年の「試行」の経験を生かして,大学側は今回はシステムを改善しているはずだと思った.スムーズにデータ入力くらいはできるはずだと.しかし現実は甘くなかった.たしかに入力はできた.しかしシステムの不具合だらけで,帳票出力がうまくできなかったのだ! 教育活動評価の様式2というやつの科目欄が出なかったり,同様式4というのが出なかったり,研究活動実績書 (様式5) が重要な情報を落としたりした.(大学院科目を学部科目として申告するといった,システム不具合に対応するための裏技もダメだった.)

事務処理の苦手なボクは入力前に9時間,入力をはじめて13時間費やした.それなのに,まだ一部の様式は出力できていない.

じつはジャーナルに投稿中の論文の revise before review の締め切りが今週なのだ.(それにしても "revise before review" という言い方ははじめてのような気がする.いつもはもう少しポジティブな言い回しだと思う.Accept with revision とか,Revise and resubmit とか.あれだけ詳しいレフェリーリポートがあったのに,まだリビューしたことになってないの??) もともとフルタイムで改訂して 2 週間はかかりそうなところ,4週間しかくれてないのだ."We are looking forward to receiving your revised manuscript within 4 weeks time." という弱い言い方なので多少は延長できるとしても,まだ着手できてない.下手すると間に合わないかもしれない.教育や研究を促すための教員評価であるはずなのに,これじゃ本末転倒だ.いい加減にしてくれという感じだ.

追記 (5/2/08)

問い合わせてみたところ,うまく出力するための方法は以下のような感じだった: (i) 各科目のラベルを事実とは異なるものに変更する.「大学院」というラベルを「学部」に,かつ「その他」というラベルを「専門教育科目」に (その後システムが更新されて一部の不具合は解消した).妙なことだ.(ii) 著者や研究発表など研究業績のおのおのについて,「個人調書出力選択」をチェックする.今回のは「個人調書」とはちがうのに!

「やり方は分かったが,もう締め切りには間に合わない.これってこちらの責任か? 異議申し立ての準備でもしたほうがいいかな」と半ばあきらめかけた締め切り当日の午後,締め切りが5月7日に延期されたと連絡あり.どうせ担当者なり研究科長自身が間に合わなかったとかだろう.それにしても,もっと早く言えないのか?

残った作業は5月1日にやった.各科目のラベルを「大学院」から「学部」に,あるいは「その他」から「専門教育科目」に変更するとき,全科目一括で変更できないのは辛かった.

修正を施したあと「修正」ボタン(?) を押す→確認ページが現れる→「確定」ボタンで(?)変更を確定

の操作に時間がかかるし,最後を忘れやすい.一括変更できないのは,科目に限らず研究業績でも同様だった.ひとつひとつの業績ごとに変更していかなければならないのだ.コンピュータを相手にしているのに出来る操作は紙の文書と変わらない.かえって手間がかかるようになっている.

けっきょく,追加の入出力作業に2時間,そのために必要だったメール作成や解読に3時間,合計27時間かけて書類を出力することはできた.ブログに関係記事を載せる時間を入れるとさらに4時間は追加の合計31時間になる.標準的な労働時間でいけば4日分に相当する.それで効果はほとんどないのがこの評価システム.なんたる浪費!

(店の場所を教えようとしない姿勢の比喩を追加.)

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【2008/04/28 08:33 】
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Mystify するな

渡辺隆裕『ゼミナール ゲーム理論入門』(2008) が出た.(献本 Thanks, 渡辺さん!) あの,『図解雑学 ゲーム理論』の著者による標準的な入門テキストである.なんてたって日本経済新聞出版社の「ゼミナール」シリーズの一冊だ.「米国大学学部テキスト」にかなり近い,図表や文字の多い分厚い本になってる.(個人的には米国にも武藤本や図解雑学のようなコンパクトなテキストがあっていいじゃないかと,逆に「文化輸出」してもらいたい気はあるけど.)

「まえがき」で印象に残った言葉 (声に出して10回は繰り返そう!):

本書は,多くのことをできる限り分かりやすく説明したつもりだが,彼女 [最愛の妻] からの愛情と彼女への感謝の気持ちだけは,大きすぎて上手に説明することができない.

[経済学・経営学,そして社会学・政策科学・政治学・法学・情報科学などあらゆる分野に携わる者にとって] ゲーム理論は「新しい理論として学んでみたい」というレベルではなく,「基礎として学ばなければならない」というところまで来ているように思える.

「この本を読んでゲーム理論は分かったが,本に含蓄はないな」と言っていただければ,それは私の本望である.

特に最後の文は,ボクが社会選択理論の博士論文を書いていたころを思い出させる.ポパーとかクーンとかファイヤアーベントを引き合いに出したりしてだんだんと「哲学的」(社会学的?) でデリケートな (壊れやすい) 議論に入り込んでいったボクに,教授 MK Richter がストップをかけた:

「Cheap な哲学で mystify するな (神秘化するな; 煙にまくな).」

もともとファイヤアーベントなんかの反哲学的なところに魅かれていたボクは,すんなりと教授の進言を受け入れた.「たしかにそうだな.学問を神秘化することって,まさにボクの破壊したいところじゃん.神秘化しちゃだめだ.ついでに日本の社会学者も反省した方がいいかも」って感じで.

このエピソードを転機として,ボクは "iconoclast" (聖像破壊者) を理想として学問に向かうようになった.平凡助教授のブログにもその傾向が現れているかもしれない.

【2008/04/20 18:49 】
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