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中村ナンバーの話になぜか権利論が

シンプルゲーム (simple games) の中村ナンバー (Nakamura number) にかんするペーパーを投稿した.

レフェリーからお返事が返ってきた.いや,エディタからのお返事にレフェリーのリポートが添えられていた:「なんで単調性を満たさないシンプルゲームまで考える?」

そりゃ,包括的研究だからさ!

詳細.《シンプルゲーム》ってのは,個人のあつまりである提携 (個人全体の集合 N の部分集合) ひとつひとつに 0 か 1 を与えた関数で,1 をとる提携を勝利提携 (winning coalitions),0 をとるのを負け提携 (?) とよぶ.たとえば N が 5 人からなる集合のとき,3人以上からなる提携を勝利とすることで通常の意味の「多数」を表現できる.任意の勝利提携に個人を加えたものも勝利提携になるとき (つまり勝利提携をふくむ任意の提携が勝利提携になるとき),そのシンプルゲームは《単調である》(monotonic) という.

シンプルゲームについては「社会選択における極大要素」が詳しい.いまの記事には直接は関係ないけど,中村ナンバーについては 「コアにかんする中村の定理」や 「中村の定理の謎」 であつかった.必要な概念は Kumabe and Mihara (2007) に定義されている.

問題は,いくら「包括的」と言っても,どうしてそこまで包括的にするのかってことだろう.それはボクが極端な人間だから---というのは冗談で,私は平凡助教授です.とりあえずレフェリーは「戦略的基礎付け」を求めているらしい.単調性を満たさないようなシンプルゲームを考えるなら,それを戦略的ゲームフォームから導いてもらいたいようだ.ヒントとして effectivity function という言葉が入っていた.図式的にはこんな感じか:

ゲームフォーム (状況を記述) → effectivity (結果にかんする提携のパワーを記述) → シンプルゲーム (提携のパワーをえらく簡略に記述)

そりゃ,できないことはないだろうけど面倒くさいんじゃないか…….

《ゲームフォーム》 (game form) とは,各プレーヤーがどういう戦略を持つか,その戦略の組合せがどういう結果をもたらすかを記述した概念だ.簡単に言えば,戦略ゲームの表で利得の組合せのかわりに選択肢を入れたものになる.たとえば次の行列からなる2人ゲームフォームで,プレーヤー1が第2行を,プレーヤー2が第3列を選ぶと,選択肢 c がアウトカムとして実現する:

行列 1:
a b c a a b a
a b c b c c b
a b c b c c c

いま,プレーヤー 0 を追加して3人にしよう.プレーヤー 0 は上の行列 1 と次の行列 2 のいずれかを選ぶ.

行列 2:
a b c a a b a
a b c b c c c
a b c b c c b

つまり,プレーヤー 0, 1, 2 の戦略はそれぞれ行列,行,列の選択となる.ここでプレーヤー2に注目してほしい.このひとが最初の列を選べば結果は必ず a になり,次の列を選べば b になり,3列目を選べば c になる.ほかのプレーヤーの戦略に左右されず,結果を確定できる.このとき {2} は集合 {a}, {b}, {c} のそれぞれにたいして effective という.一般的に言ってみよう.選択肢の集合 X からなにかを選ぶ決定問題があるとする.提携 (プレーヤーのあつまり) S が選択肢のあつまり (X の部分集合) B にたいして effective であるとは,決定プロセスの最終結果が B に属するように S はできるということである.これは解釈であって定義じゃないけど,この「S が B にたいして effective」という概念は,べつにゲームフォームを考えなくてもなりたつことに注意してほしい.提携のパワーを表現するこの概念は,《権利の理論 》(theory of rights) では重要なものとされている.

では,ゲームフォームから「S が B にたいして effective」という概念を導こう.どうしてゲームフォームを考えるかといえば,そのほうが各人にどういうオプションがあるのかとかいった意思決定の状況がはっきりするからだ.提携 S が選択肢集合 B にたいして (alpha)-effective とは,「S のひとびとがうまく戦略を選べば,S 以外のひとびとがどんな戦略を選んでいても結果が集合 B に属するようにできる」ということだ.ここでふたつ問題が生じる.

ひとつめの問題になるのは,「選択肢についての単調性」で,なんで問題なのかはあとで書くけど,ボクらにとって致命的な問題ではない.これは,提携 S がある集合 B にたいして effective であるなら,B をふくむような任意の集合 B' についても effective となることだ.たとえば上の3人ゲームで,ひとりの集合 {2} が {a} にたいして effective であることから,{2} は {a, b} にたいしても,{a, c} にたいしても,{a, b, c} にたいしても effective であることが言えてしまう.たとえプレーヤ 2 の戦略が 1 列目しかなくても自動的に言えてしまう.同様に,プレーヤ 2 の戦略が最初の 3 列分しかなかったとしても,このプレーヤは集合 {a, b, c} の任意の空でない部分集合にたいして effective となる.

ふたつめの問題は,「個人についての単調性」で,ボクらにとって深刻なものだ.これは,提携 S がある集合 B にたいして effective であるなら,S をふくむような任意の提携 S' も B について effective となることだ.たとえば提携 {2} が第 1 列目という戦略によって {a} を確実に実現できるならば,提携 {1, 2} は「プレーヤー1 がいずれかの行,プレーヤー2が第1列目」という戦略によって,やはり {a} を確実に実現できる.これでは「非単調なシンプルゲームを導け」というレフェリーの要求に応えられない! というのは,ボクたちは「(空でない) 任意の選択肢部分集合にたいして effective である提携」を「勝利提携」の定義としたうえで,ゲームフォームからシンプルゲームを導こうとしていたからだ.それによって得られるシンプルゲームはかならず単調になる.

レフェリーの説明不足を確信したボクは,リポートを受け取った直後に,「意味分からん.レフェリーは勘違いしてないか.関連文献あげろ」とエディタにせまった.さいわいレフェリーからは「すまないなあ,舌足らずだったよ.あまり有名な話じゃないけど,Kolpin の論文に載ってるよ♪」と,エディタ経由で速攻で返事が届いた.

けっきょくは effectivity の概念を修正すれば,選択肢についての単調性も個人についての単調性もなりたたないものにできる.この修正された概念を "exact effectivity" と呼ぼう.どう修正したか,その定義をボクがここで読者に与える代わりに,例を与えて帰納的に考えてもらおう.「発見的学習」とでもいうのかな.

たとえば上の3人ゲームフォームで,プレーヤー集合 {1, 2} は {a}, {b}, {c}, {b, c} にたいしては exactly effective であるが,{a, b}, {a, c}, {a, b, c} にたいしては exactly effective とはならない.{b, c} にたいして exactly effective であるのは,プレーヤー 1 が2行目,プレーヤー2が 7 列目を選ぶという戦略があるからだ.プレーヤー 0 の出方次第で,b あるいは c が実現するわけだ.あるいは 1 が 3 行目で 2 が 7 列目という組合せも同様だ.ところが,そらら以外の (プレーヤー 1, 2 の戦略の) どの組合せを考えても,実現する結果は確定している---プレーヤー 1, 2 はプレーヤー0に結果をゆだねることができないのだ.もっと言えば,提携 {0, 1, 2} は {a}, {b}, {c} だけにたいして exactly effective であり,ふたつ以上の要素を持つ集合にたいしては exactly effective でない.賢い読者は以上の議論で exact effectivity の定義を再構築できるだろう.正確なところは Kumabe and Mihara (2007) の Remark 4 に載っている.

けっきょく,「提携 S が選択肢集合 B にたいして exactly effective」というのは,「S は最終結果を B のなかに収めるパワーを持つ一方で,B のどの要素も S 以外のメンバーの戦略次第で実現可能」と理解できる.つまりこの概念は,最終結果を他人に委ねるパワーを表現したものになっている.しかし結果を他人に委ねるパワーなんてものを真に受ける必要があるだろうか? そんなものはパワーとして考慮するに値しないのでは?

そこで思いついたのが,ずっと前に読んだ,ある哲学者の権利論にかんするペーパー (Van Hees, 1999) だ.いやあ,雑学というか教養がこういうところで役立つとは思っていなかった.(「そのペーパーも社会選択理論だから,お前にとって雑学ということはないだろ」と言われればそうなんだけど,Effectivity 自体は権利論と密接な関係がある一方,中村ナンバーは effectivity と関連づけられることがあまりなくて,権利論とはほとんど関連づけられていない.そういう背景を理解してほしい.)

Van Hees は,"the right to be completely passive" (完全に受動的である権利) あるいは "maximal freedom" (極大自由) という概念を仮定して,Sen や Gibbard の有名な「自由主義のパラドック」を解決した.(彼のフレームワークでは提携ではなくて個人のみが権利を持つのだが,そこはいまは無視する.) ある提携が完全に受動的である権利を持つとは,その提携が選択肢の全体集合 X にたいして effective であると言い変えることができる.ところが,すべての提携は X にたいして alpha-effective なので,alpha-effectivity の概念はこの完全受動的という概念をうまく表現できないのだ.もし女性全員が「きれい」であるのならば,「美しさ」という基準で女性を区別したいときに「きれい」という言葉では役に立たないのと同じことだ.一方,maximal freedom は選択肢にかんする単調性を要求するが,alpha-effectivity はこれも自動的に満たす.したがってalpha-effectivity は maximal freedom をうまく表現できない.以上から,採用する effectivity の概念が,(受動的であるとか権利を放棄する権利といった)「結果を他人に委ねるパワー」をきちんと表現できるものでなければ,Van Hees の結果を適用しても意味がないことが分かるだろう.

権利論にかんする議論のような動機づけ抜きで,exact effectivity というほとんど知られていない概念をわざわざ持ち出すのはためらわれた.そこでボクらは中村ナンバーのペーパーに権利論を持ち込むことにした.

レフェリーがどう反応するかは分からない.

[追記] 二度目のレフェリーコメントの全文は,"I think the paper is now suitable for publication" (ピリオドなし) というものだった.ピリオドが抜けていることから,それ以降になにかあったんじゃないかという気もするが,まあ,文句のつけようがないということだろう (笑).

練習問題

10 人の個人からなる集合上のシンプルゲームで,任意の 9 人の個人からなる提携を勝利提携とするものを考える.このシンプルゲームを (alpha effectivity あるいは exact effectivity を経由して) 適当なゲームフォームから導け.ヒント: X={0, 1} とできる.

答は Kumabe and Mihara (2007) の Remark 4 にある.

参考文献

Kumabe, M. and Mihara, H. R. (2007). The Nakamura numbers for computable simple games. MPRA Paper, Munich University Library.

van Hees, M. (1999). Liberalism, efficiency, and stability: Some possibility results. Journal of Economic Theory, 88:294-309.

追記 (2/1/2008). 修正版を再投稿して2ヶ月と10日後の2008年1 月31日,ペーパーは Social Choice and Welfare に無事アクセプトされた.上に引用したたった一行のレフェリーコメントについては,「now suitableって、しゃーないなー、って感じじゃん。何回も修正校送られてくるの嫌だから、もーこのへんにしといたろか??って感じだよ、日本語で言えば。」という見解をしめすひともいた.

(HRM からの寄稿)

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【2007/11/23 17:35 】
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愛宕神社でオール 5 ゲット

総本宮 京都 愛宕神社のサイトで 55555 をゲットした!

【2007/11/23 05:20 】
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択捉の前,日本橋の前はどこ?

もと【2006/07/11 22:17 】記事

戸籍謄本・改製原戸籍謄本・除籍謄本を中心とした家系調査がほぼ完了した.(調査方法はメモを参照.)

自分の先祖 (特に父方) はけっこういろんなところに住んでいたんだなと思った.コンタクトした役所だけでも,釧路地方法務局根室支局,根室市,函館市,東京都中央区日本橋特別出張所,横浜市西区,徳島県海部郡美波町,香川県三豊市,宮崎県延岡市,宮崎県東臼杵郡門川町,宮崎県東臼杵郡美郷町,宮崎市,北九州市小倉北区となる.いや,それだけではなく,「むかしは日本も広かったんだ!」と思った.入手できた戸籍に限っても,択捉島で生まれたあるいは本籍のあった直系尊属もいれば,朝鮮で生まれた傍系もいれば,樺太に婚姻届を出した傍系もいれば,沖縄で死んだ傍系もいた.戸籍には現れないけど,祖父は満州の瀋陽にいたこともある.

家系図作成,本籍地・出生地・死亡地特定はそのうち着手するとして, 先祖の本籍地にはえらく辺鄙なところもあれば,東京のど真ん中の日本橋もあった.辺鄙な方の代表と言えば,やはり千島国紗那郡紗那村 (しゃな) だろう (「北海道千嶋国紗那郡紗那村にいた先祖」参照; 択捉と香川の関係については「庄内半島でラッキーなモーセ体験」で憶測を述べた).現在は北方領土と呼ばれている択捉島では中心的な街だが,択捉島自体はいまだに村と村との間の境界もはっきりしないようなところだ.(たとえば岡山と香川の間にも「境界未定地域」はあるけど,これは例外的.択捉では境界がひかれている場所のほうが例外なのだ.) 日本橋にせよ択捉にせよ,その土地に先祖代々土着だったとは考えにくい.どこからやってきたのかは分からなかった.

土着の可能性が高いと思われるのは以下の先祖である.遡れる本籍でいちばん古く,安定しているものをリストする (F は父親,M は母親,f は養父,m は養母を表す):

  • FMF (父の母の父) 以前 (FMF 安藤清太郎,その弟安藤庄治郎,FMFF 安藤嘉四郎の家系).ただし FMF とされる安藤清太郎が FM キヨの実の父であるかどうかはあやしい.香川県三豊郡詫間村.
  • FMf (父の母の養父) 以前および FMm 以前.香川県三豊郡詫間村および下高瀬村.
  • FFFM 以前 (FFFM 菊池ミネ,FFFMF 菊池勝美の家系).山形県飽海郡勝俣関村.
  • MFF 以前.徳島県海部郡.
  • MFM 以前 (MFM 柏田サカ,MFMF 柏田福治の家系).宮崎県東臼杵郡北郷村.
  • MM 以前 (MMF 小野大蔵,MMFF 小野瀧蔵の家系).宮崎県東臼杵郡門川村および冨高村.

一方,土着の可能性が低いのはいうまでもなく日本橋あるいは択捉に本籍を置いていた父方の祖先である:

  • FFF 以前 (FF の伯父遠藤三春,FFFF 遠藤自彊の家系).FF の伯父遠藤三春の本籍が,横浜市戸部町以前に東京市日本橋区蛎殻町にあった記録あり.除籍謄本自体は,横浜までしかさかのぼれず.FFF の供雄は大正2年に横浜に本籍が移った時点あるいは大正12年の関東大震災後に戸籍を再生した時点で亡くなっていたようで記載なし.日本橋の戸籍が除籍になったのは大正2年であり,中央区から「大正3年以前の除籍簿は,再製の資料がなかったため,再製していない」と告知があったとおり,除籍謄本は入手できず. 日本橋の蛎殻町は明治になって先物取り引きなんかの金融の街になったそうである (関係ないが,先物ってのは意外と古い金融商品なんだよね).祖先が証券会社かなにかをやってたという話とは矛盾しない.蛎殻町は江戸時代は大名屋敷だったからそこにいたわけはない (ただし [秋田城の?]殿様につかえる医者だったとも聞くから,可能性は皆無ではないかもしれない).遠藤家がどこから日本橋にやって来たのかは謎である.
  • FMM 以前 (池田重久,池田重太郎,FMMF 池田甚吾の家系).明治 33 年 (1900 年) 生まれの FM キヨは択捉島の生まれであるようだ (紗那村外二ヶ村に出生届がある).キヨの出生日に香川籍 FMF 安藤清太郎との婚姻届を出した FMM 池田スシは千嶋国紗那郡紗那村74番地の FMMF 池田甚吾の長女で,明治14年生まれである.入手できた二通の択捉の戸籍は残念ながらいずれも FMMF 池田甚吾を戸主とするものやそれ以前のものではなく,その長男池田久次郎を戸主とする紗那村45番地のものと,甚吾の次男の長男池田重久を戸主とする紗那村72番地のものであり,スシの名はなかった.ただ,甚吾の妻で慶応 3 年 (1867 年) 生まれの (FMMMF 池田甚兵衛の長女) FMMM 池田テイは,久次郎を戸主とする紗那村45番地に本籍を置いた後は,重久にともなって紗那村72番地,北海道根室郡根室町,北海道函館市蓬莱町と本籍を移し,昭和 7 年 (1932 年) に函館で亡くなっている.(なお,池田重久はその後東京都世田谷区大蔵町に転籍.) いずれにせよ,池田家がどこから択捉にやって来たのかは謎である.

メモランダム

  • 大正北海道元標」によれば,「紗那村外二箇村元標」という道路元標が紗那郡紗那村字紗那七十二番地先に置かれていたようだ.この 72番地ってのは本籍のと同じなのだろうか.
  • 紗那郡紗那村45番地の除籍副本に「紗那外貳村戸長役場」「北海道紗那郡紗那有萌別飛戸長之印」の印鑑がある.マニアなら泣いて喜ぶ印鑑らしく,コレクターの間では高値で取引されているらしい.というのは冗談だが,レアものであるにはちがいない.枠外にある印鑑がここまで読める戸籍もめずらしい.あるいは謄本にはそもそもこういう印鑑がないのかも.これは副本だからだろうか?


    マニアが泣いて喜ぶ印鑑?

  • いつごろから日本人が択捉で生まれていたのだろうか? 入手できた戸籍では,紗那村45番地の戸籍に「明治参拾壱 [1898] 年拾月参日出生届出同日受付」とある池田政次郎 (FMMF 池田甚吾とテイの三男) のがいちばん古い.ただ,政次郎の記録は紗那村72番地戸籍では「出生事項基本戸籍ニナキヲ以テ記載省畧」となり,根室郡根室町戸籍では「紗那郡紗那村七十二番地ニ於テ出生」「出生ノ場所及届出人ノ資格氏名届書ニ因り記載ス」とある.記録していなかった出生地を後に追加したということだろう.
  • FMMF 池田甚吾の死亡により,その長男池田久次郎が明治43年6月家督相続で戸主となっている (届出は9月).ところが甚吾の次男重太郎が同年9月に分家し,甚吾の残りの子6名が11月に重太郎方へ入家,甚吾の妻テイが12月に重太郎方へ入家している.つまり久次郎は戸主となって数ヶ月のうちにひとりになっている (ひとり残った久次郎自身が除籍となるのは釧路に転籍した大正 7 年だからだいぶあと).なにかあったんだろうか? たいしたことじゃないかな.
  • FMM 池田スシの弟 (FMMF 池田甚吾の次男) 重太郎の妻サトは,出身地が「紗那郡紗那村字チリシクシナイ」となっているが,この地名はネットで検索しても出てこない.「チリシクシナイ」「チリセクシナイ」いずれもヒットせず.つまりインタネット・バージンな地名かも.この地名の載った戸籍こそコレクターが欲しがるかも (笑).調べ方が悪いせいだろうか,全47巻ある角川日本地名大辞典では見つけられなかった.(CD-ROM 版もあるみたいだが,わが大学にはなさそう.) 一方,吉田東伍というひとの『増補 大日本地名辞書』(冨山房. 明治42年初版, 昭和45年増補版) の「紗那」の項目には,「チリセクシナイ川」というのが載っていた.「チリセクシナイ川は源を三角山に発し,其下流は紗那川に会す」とあるので,少なくとも下流の近くはいまでいう「振別川」に当たるだろう.『増補 大日本地名辞書』にょれば,函館を基点として根室を経由して紗那に来る定期船も月三回あったらしい (冬期を除く).おおっ! 池田一族が移り住んだ場所とおなじではないか.
  • この,重太郎の妻サト (明治31年 [1898年] 生) という女性も謎の人物だ.父が金政吉といって日本人らしからぬ名字を持ち,しかも紗那村字チリシクシナイにいたのも珍しいかもしれない.サトの生まれた時代は,1876 年の日朝修好条規による朝鮮の開国と1910 年日韓併合の間にあたるが,詳しい背景は分からない. サトは大正4年に結婚した夫重太郎が大正9年に亡くなったあと,重太郎の弟政次郎との婚姻を大正13年4月30日届け出るが,数日後の同年5月6日には協議離婚届出をしている.そして昭和7年に長野県北安曇郡の人と結婚したけど届けは樺太の元泊郡知取町に出している.ふたたび北方領土に「帰って」いったのだ! 一方,サトと数日で離婚した (明治31年紗那生の) 政次郎は数年後の昭和2年に再婚するも1ヶ月後に妻を亡くし,次の昭和3年12月に三度目の結婚をして,昭和4年4月に生まれた長男は嫡出子の身分を取得している.政次郎はその直後に分家したので,その後の消息は分からない.

リマーク (経済理論にかんする近日公開予定記事の予告編)

ある有名な問題のすごく単純な解決法を見つけた.ここに書くだけではもったいないので,まずはワーキングパーパーにまとめてどこかに投稿してみようかしらん.いいたいことは数行で済むのだけど,それだけじゃ蹴られるかなあ.

追記 (11/20/2007).

金政吉が択捉に住んでいたのは,フジサンケイ ビジネスアイの記事にあるポーツマス条約よりだいぶ前なんだよな:

「サハリンの人口約53万人のうち4万人が朝鮮人といわれる。1905年のポーツマス条約で北緯50度以南が日本領となった後、多くの朝鮮半島出身者が徴用などでサハリン [樺太] に渡った。」

「しかし、敗戦後は「朝鮮人は日本人ではない」という理由で日本の引き揚げ対象とならず、旧ソ連が資本主義圏の韓国への帰国も認めず「サハリン棄民」と呼ばれる事態が発生した。」

【2007/11/20 07:23 】
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analyzed? ってなんだ?

思いつきというものは (by definition) 不意に湧いて来る.Mac の使用中に湧いた思いつきならばとりあえずスティッキーズ (Post-it というか,付箋紙をデスクトップに貼付けた感じのメモ用ソフト) に入力する.そうでなければ紙のノートパッドにでも書いておく:

  • "max freedom, waive rights, van hees jet?, deb04scw"
  • 「山口 O Juice」
  • 「集合とはなにか 竹内」
  • 「矢沢久雄の情報工学“再”入門:ITpro」
  • 「大和記念館,海軍兵学校,うさぎの島」
  • "g(s)=1 iff #{ i: si=0 } < 2, exact effectivity"
  • 「岩間 アルゴリズム・サイエンス: 出口からの超入門 1, 2, 3, 11, 12 (on PageRank), 13」(「出口からの」っていいよなあ.)
  • 「水,chocolate, Shampoo, キムチ」
  • 「安井,負けたのは not 若い者 but 厳密・徹底思考,最前線把握.theory ごまかす教員多すぎ」
  • 「内包と外延」
  • 「経験から学ぶ経営学入門」
  • game form
    1. a b c a a b a
      a b c b c c b
      a b c b c c c
    2. a b c a a b a
      a b c b c c c
      a b c b c c b

こうして見直すと名詞が多い.買い物リストだったり,論文の行き詰まりを打開するアイディアだったり,読書予定だったり, (幻の) ブログ記事のネタだったりするわけだ.なにを指していたのか分からなくなることはめったにない.会話でもそうだ.ボクは会話中になにか思いつくと口に出してしまうので,会話はいくつものスレッドが同時進行している感じになる.ひとつの文のなかにまったく異なる話題が挿入されるのも日常茶飯事だ.「で,ほかのソートもやる? 止める? 辞めると言ってみて引き止めてもらおうとか思ってるのかもしれないけど,この砂糖の部分が癖あるからねえ,まあ,そういう小沢さんのいつもの癖かもね,やっぱりお茶なしじゃむずかしいかも.クイックソートとかあるけど,ぬるいねこのお茶」って具合だ.ボク自身はまったく混乱していなくても,慣れない相手は混乱する.(←日常会話の話であり,授業には当てはまらない.)

しかし今日,こういうメモがあった:

  • analyzed?

動詞だ.「分析されているか?」ううむ,なんのことだ? 分からん! 思い出せない…….

追記 (11/8/2007).

そういえば学生に「授業はすばらしく分かりやすいんですけど,休み時間なんかに交わす会話が奇妙というか不思議というか……」「間の置き方が独特」などと言われることがあった.ひとつひとつの文は細切れが多いみたいなので,「文の中に挿入」と書いたのは正しくないかも.互いに無関係な短文が,不思議な間をとりつつ連続する感じなんだろうな.(理論を教えこむときの間とちがって,会話での間は非意図的だ.) というわけで,本文にあげた文例の読点の多くは,じつは句点にすべきだった.相手になにか (話題 1) を言われたとき,それに答えようとすると,ちがうなにか (話題 2) を思いつくことはみんなもあるだろう.ボクのばあい,「せっかく思いついたんだから忘れる前にそれ (話題 2) を言ってみよう」ということになるんじゃないか.自分でももとの話題への関連性があるのかは分からない.で,相手が話題 2 に合わせて受け答えをすると,こんどは「そういえば話題 1 への回答がまだだったな」と思って話題 1 に戻る……という感じでマルチスレッド化するわけだ.

さっき高橋伸夫の『コア・テキスト 経営学入門』というのを発見してしまった.「この一冊で,目の前のあらゆることが経営の問題として見えるようになり,自分の頭でその答を導き出す姿勢と作法が身につく」そうだ.なかなか大きく出たものだが,この著者なら期待は持てる.これで『経験から学ぶ経営学入門』の優先度がひとつ下がってしまった.

【2007/11/06 16:49 】
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