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区切り

今週やったこと:

  • 論文の改訂・投稿終了.去年の7月に投稿したペーパーは査読者に褒めちぎられて3月に戻って来ていた.「主要定理だけでもこのジャーナルに載せるに十分である.その定理の興味深い応用まで徹底的に提供していることを考えると,掲載を支持する理由はさらに強まる.」少し損した気分.求められたマイナーな改訂を3週間くらいかけて行い,連休前に共著者に送った.

    今週,「数学基礎論」といえば今日わが国で三本指に入るという共著者からファイルの開き方を尋ねてくる電話.「ダブルクリックしてだめなら,Adobe Reader っていうアプリケーションから開いて」「それってどうするの?」といったやり取りの数時間後,共著者側から例によって「改定箇所見タ/マッタク問題ナシ/アリガトウ」のメール.その日のうちに改訂版を投稿した.

  • とてもトテモとっても気になっていたレフェリーの仕事を完了.上記のペーパーの改訂を求めるメール (accept after minor revision) の15分後に,"Given your expertise in this area, I would appreciate your comments on the above paper." と Reviewer Invitation (レフェリーのお誘い) が届いていた.ほとんど知らないトピックの,ほぼ40頁のむずかしそうな論文で,このところボクの気分が晴れない原因のひとつになっていた.今週一週間くらいはかける覚悟で臨んでみたところ,その論文が予想以上につまらないことが分かったため,結局三日でリポートを送ることができた.(論文を蹴るときは細かく証明をチェックする必要がなくなるので作業が楽になる.これでも普通のひとに比べると長いだろうけど.)

    リマーク.ひとことで言えばほかの論文の Appendix のような論文だった.比喩で述べるとこういう感じ (下の二点をうまく統一した比喩は思いつかなかった):

    • ある目的 A (たとえば大学の研究アウトプットを高める) を実現するための装置は,副作用としてほかの目的 B (たとえばダメ研究者を特定する) を実現するかもしれない.しかし目的 B を追求することは,目的 A の実現に無関係かあるいはマイナスである.それなのにさして重要とも思えない目的 B を一生懸命追求している.
    • 一歩譲って,目的 B の追求は意味あるものと認めよう.その論文は目的 B (たとえば最短時間で町同士を結ぶ) を放棄せずに既存の装置 (たとえば高松と岡山を結ぶ鉄道路線; 途中駅なし) を拡張しよう (たとえば坂出に途中駅を作る) とするとき問題が発生することを指摘する.ところがその論文が提案している拡張は (高松と坂出を結ぶ路線,坂出と岡山を結ぶ路線,という具合に) 装置の拡張の仕方が中途半端で (「ふたつの駅を結ぶのが路線である」という部分が拡張されていない.高松と岡山の途中で坂出に乗り降りできるようにすれば済む話なのに),うまく目的 B を達成しないのはあたりまえ.概念の一般化の仕方が,不自然で中間産物的だったわけだ.著者も論文の最後でそれらの中間産物を「統合」してもっと自然な一般化概念を提示していたが,その研究はべつの論文でやると書いていた.
  • 大学のメールアドレス変更にともない,雑誌・学術誌・ワーキングペーパーのアーカイブといった各種のインタネットサービスの登録内容を更新.なかには Asahi.com など,記録はあるもののなんのために登録したのか分からないものもあった.分かったこと:

    • 二年以上利用していない預金口座があった.ネットでのログインも二年以上していなかった.まだ半年くらいだと思っていた.給与や各種公共料金の明細も二年分くらい溜まっている可能性が高い.(ものによっては手遅れだけど) そろそろ記帳せねば.
    • 所有していることを忘れていたクレジットカードがあった.
    • The Quarterly Journal of Economics の目次アラートを 2006 年2月分 (vol. 121 no. 1) 以来受け取っていないことが判明.IngentaConnect が扱わなくなったということか.MIT Press からのアラートに変更しようとするがうまくいかない.RSS という方法もあるが,メールの方が処理しやすい気がする.
  • 同業者から「さいきん大学改革で精神的に落ち込んでいる.鬱状態」とのメール.ボクも似たようなものだからなあ.大学法人化への多くの大学の反応は教員の締め付けをきびしくすることだった.こんな時代だから,ちょっと自由な大学作るといい研究者が集まるだろうな.とりあえず David Allen の Getting Things Done でも試してみて効果があったら教えてと返事.自分はやってないけど,考え方としては的を得ていると思う.やるべきことを細かく書き出して優先順位をつけておくくらいなら自分もやってるけど,それだけじゃダメなのだろう.(Getting Thigs Done は仕事だけでなく遊びも書き出すそうだ.大学教員だったら「女子学生と混浴温泉に行く」なんかも書き出すのだろう.観光学科とか地域活性化を目指す GSM のばあいは,これも仕事か.) 十分余裕をもって計画しているのだが,いつも3ヶ月につき1ヶ月分くらいは予定が遅れるのはなぜだろう.
  • yyasuda のブログに林貴志『ミクロ経済学』を「人文系の読者も購入を検討するといいでしょう」とコメント.効用や社会厚生は倫理学・哲学の古典的なテーマのひとつだからだ.(経済学の修士課程で規範経済学や公理的方法をかじって他大学の博士課程に進学し,倫理学をやっているもと学生も,ボクのブログを見て林貴志『ミクロ経済学』を注文した.) ところが,その後の同ブログのコメントはやや予想外の方向に展開.著者らしき人物が「本書は「へたれ人文系中流インテリ」に向けてかかれております」と書き込んだりした.どうやら「人文系ヘタレ中流インテリ」というちょっとした流行語 (?) があるらしい.以下は稲葉振一郎の『経済学という教養』の紹介記事でみつけた:

    SAPIO:どんな読者像を対象に?
    稲葉:人文系ヘタレ中流インテリですね。ヘタレ中流とは、昔のマルクス経済学でいうプチブルジョアといった感じで、私の造語ですが、実際に大勢いると考えています。例えば、経済学をもともと勉強していない経済記者であったり、金融マンやビジネスマンだったりする。そういう人たちも、やっぱり "教養" 程度の経済学を勉強してほしい。」

    そんな言葉知らんよ~.なんで yyasuda ブログの人たちは知っているんだ? いずれにせよボクとしては人文系をバカにする意図はなかった.そこのところはよろしく.

    ところで純粋に文系的な研究者ってほとんどみないかも.もと同僚でも歴史やるひとが東大を理科から始めていたり,制度やるひとが Unix とか TeX とかおそらく (ボクが使えそうにもないエディタ) Emacs とか使いこなしてたりするし.

「区切り」をつけるために,今後やりたいこと:

  • Web サイトにリンクしてくれていたひとにアドレスが変わったことを伝えるべきだろうか.気づいたら変更してもらえるとありがたいです!
  • 4月に中断していたペーパーを完成させる.中断したのは去年投稿分の改訂とレフェリーの仕事をするためだった.
  • まったく新しく勉強したい分野がある.学者を止めるつもりかと言われるが…….
  • 研究室の引っ越しの準備をせねば.ボクの研究室のある建物の一部は崩壊寸前らしく,補修では済まないため (その部分だけ) 建て替えることになりそうだ.だからいまの場所に戻れる時期が遅れそう.どれだけ遅れるかはっきりしてもらいたいものだ.
  • 2002年頃までにコピーした論文が大量にある.電子版にしたい.しかし作業の面倒さを考えると,死ぬまで所有してあとはひとに捨ててもらったほうがいいかもしれない.たまたまデジタル化の時代に遭遇してしまった者の悩みである.学者になるのが十年遅かったら,だいぶ「身軽」になれていただろうに.
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【2007/05/13 07:54 】
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