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大学入試センター試験の監督をやれって?

おどろいた.教育担当理事がいまだに大学入試センター試験の全学実施体制を検討すると言っているのだ.学内各センターの教員および (GSM などの) 専門職大学院教員をふくめた全学実施体制を検討するという.あのね,学部入試のためのセンター試験は学部学生を相手にするところ同士が協力して,自分たちで責任もってやるのが筋でしょう.試験監督人員が不足しているわけでもないのに,なに妄言を吐いているのやら.学部生を相手にするような学内センターはふくめてもいいかもしれないが,大学院生しかいない GSM をふくめるのはまちがいというものだ.

学部生の存在しない GSM には学部試験実施にかかわる義務はおろか,権利もないというのは当たり前.だからこそボクは学生が来なくて定員割れで潰れるリスクを知りつつも GSM に移ったのだ.(その点,「専門職大学院」といってもロースクールは潰れる可能性が低くて気楽なものだろうが.) リスクを冒そうともしない連中に都合いいこと言われてもなあ.でも GSM は悲しいかな少数派だ.筋の通らないことをほかの学部が多数決の論理で押し付けようとしてくるならば,ひじょうに問題である.

念のため大学院のみの大学をいくつか調べてみた.今年のセンター試験会場一覧を見るに,以下の大学院大学のいずれも会場にはなっていない.あたりまえだ.センター試験 (ロースクールのやつを除けば) は学部入試なのだから:

  • 総合研究大学院大学 神奈川県ほか
  • 政策研究大学院大学 東京
  • 北陸先端科学技術大学院大学 石川県
  • 奈良先端科学技術大学院大学 奈良県

そもそも教育担当理事の出身母体である学部は,

  • 土地や教室や助手をすべてキープした上で「助手分」と言って予算を奪ったり,
  • GSM 教員がその学部の授業を担当しても助手を使わせなかったり,
  • よそへ移った教員にたいする慣例を無視して試験監督を要求して来たり (これは GSM も受け入れたけど),
  • GSM の充実のためについた予算を全額パクろうとしたり (これは学長の仲裁で半々になった),
  • GSM 教員の留学を邪魔したり,

などなど,とにかく (少なくともわれわれから見れば) やりたい放題の不良学部だ.(その一方で GSM は授業を担当してくれるその学部教員にまともな待遇を与えることができない問題もあった.) たぶん今回も理事にすごく圧力をかけているんじゃないかな.(ちなみに理事自身はひじょうに尊敬する人物だが,それはここでは脇に置こう.感情に惑わされたら正義が見えなくなるから.) たしかに自分自身がふつうの学部にいたら,GSM の連中を見て「あいつらはなぜ監督しなくていいのだ」と思わないこともないかもしれない.だが,そういう羨みが正統なものではないことくらい自分にも分かる.みんなも分かった方がいいと思うよ.

追記 (2/28/2007). 似たことは GSM 発足当時,教養科目の担当について問題になった.平成香川大学は原則として全教員が教養科目を (数年に一度は) 担当することになっている.(センター試験とちがい純粋に学内問題であるため) 大学院所属教員にもそれが当てはまるのかどうかはっきりしないのだが,GSM の大部分の教員は教養科目を担当することに反対だった.一方,ボク自身は反対ではなかった.(せっかくある人的リソースを教養科目に提供するのは学生のためにもなるからだ.教員はなかなか代替がきかないリソースというところがミソだ.もちろん学生アルバイトでもできる試験監督にはこの議論は当てはまらない.ほかにもわれわれ自身にもメリットがないこともないと思うが,実証的には確認できていない.) つまりボクは「全学に協力しよう」と主張した,GSM には数少ない理解者である.GSM側にそういう少数の理解者がいたためか,単に全学が数で押し切ったためかは分からないが,われわれ GSM 教員も教養科目を教えることになった.しかし今回の件では,当時理解者であったそのボクさえも,他学部の裏切りに愛想がつきてしまった.教養科目を (報酬ゼロで) 担当しつづけるべきだとは,もはや GSM 内で主張できなくなってしまった.

追記 (3/15/07). そしてついに来年度 GSM の講義を担当してくれる本大学学部教員はゼロになってしまった! 経営系の教員にとって GSM の学生を教えるほうが経済学部生を教えるより面白いはずだから,これは学生の責任ではないだろう.(……と書いて,そういえば学生の遅刻がかなり酷かったことを思い出した.学生にも多少は問題があったかもしれない.) ひとえにわれわれ GSM 教員の至らなさの問題である.謝金ももらえず,時間割の希望も完全に無視され,しかも自分の所属学部にもなんの評価もされない状況では,いくら続けてくれと言っても無理というものだろう.(じっさいは「続けてくれ」なんて頼めばマシなほうで,「やらせてやってる」的態度と言ったほうが現状に近いかもしれない.そういう殿様商売じゃ,いずれそっぽ向かれるってのは,マネジメントをやっているひとたちにとって常識ではないらしい.) こうなってしまったのは残念だが,これまで協力してくれた教員たちには感謝したい.

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【2007/02/27 05:34 】
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プロジェクト研究秘密扱い決定ルール

前回記事「プロジェクト研究発表会は原則オープンに」の続きだ.「今年度は守秘義務が必要な研究発表はないので誓約書は必要ない」というのが GSM の結論だ.これにより今年度については,市民的不服従を実行する機会がなくなった.ただ,これですべて解決ということにはならない.新たな問題点が出てきた.

■問題点 1. 過去にかんすること

去年の発表内容を秘密にしなければならないというのがいまだ解除されていない.

  • あの時点で秘密にすべきものは限られていたのに全部を守秘することになっている.また,
  • あの時点で秘密にすべきもので,いまだに秘密にしなければならないものはもはや存在しないはず.

早く解除してもらいたい.

■問題点 2. 将来にかんすること

  • 今後は秘密にするときは発表者にそれを明言してもらいたいし,いつまで (どういう条件が満たされるまで) 秘密なのかをはっきりさせてもらいたい.乱用を防ぐため,秘密にしていいことを限定したガイドラインを定めるといいだろう.
  • 去年とルール自体が変わったのか変わっていないのかはっきりさせてもたらいたい.発表内容を秘密にしたいかどうか明言しない学生のあつかいが去年と今年でちがうのだから,ルールが「原則オープン」に変わったことはほぼ確実である(「リマーク」参照).変わったのならばそのことをはっきりと周知してもらいたい (あるいは関係者にそのことを自覚してもらいたい).変わっていないのならば,なぜ変えずに問題点を放置するのかを GSM は明確にすべき.

リマーク

「公理的方法」で分析することにする.この方法についてはたとえば「資源配分の公平」(三原麗珠) であつかわれている.公理的方法は,考えようとしているルールがどういう性質を満たしているのか,あるいは満たすべきかを明らかにして,議論を深めるのに役立つだろう.(もっとも,上で指摘した問題点だけなら,わざわざこのような分析をしなくてもすぐ分かる.その意味では以下の分析は公理的方法の威力をほとんど伝えていないことに注意.) 実務でやるときは (このていどの複雑さなら) べつに記号化せずに頭の中でやればいいが,その際の思考様式としては記号化に近いことをするはずだ.

記述を簡単にするため,3人の発表者がいると仮定.これにより一般性は失われない.

ルールは
発表者の希望表明リスト p=(p1, p2, p3)

扱いリスト F(p)=(F1(p), F2(p), F3(p))
に移す関数 F と表現できる.
ただし p1 は 1, 0, -1 のいずれかの値をとる (二文字だがひとつの) 変数で,
・p1=1 は発表者 1が発表内容を秘密にすることを希望表明している状態
・p1=0 は発表者 1が発表内容を秘密にすることもオープンにすることも希望表明していない状態
・p1=-1 は発表者 1が発表内容をオープンにすること (秘密扱いしないこと) を希望表明している状態
をあらわす.p2, p3 も同様.また,F1(p) は 1 または 0 の値をとる (二文字だがひとつの) 関数で,
・F1(p)=1 は発表者1の発表を秘密あつかいする
・F1(p)=0 は発表者1の発表を秘密あつかいしない
をあらわす.F2, F3 も同様.

つまり,発表を秘密扱いすべきかどうかは,発表者たちの希望表明によってきまるようなルールを考えている.もちろん,各人の希望だけでなく発表する論文のなかみ,あるいはそれについての指導教授の意見などの要因を考慮するルールを考えることもできる.ここでは,そのようなほかの要因は発表者たちの希望表明にすでに織り込まれていると考えることにする.(たとえば秘密にすべき理由を見いだせない論文については,秘密希望の表明をすることを指導教授が禁じるなど.) 発表内容のうち特定部分のみを秘密にしたい発表者については,その発表者を便宜上ふたり以上の発表者 (その特定部分にたいしてひとり,その他の部分にたいしてひとり以上) としてあつかえばよい.

ルール F について,いくつかの公理 (要請,条件) を考えることができる.

公理 1 (個人主義). 各人の発表を秘密扱いすべきかどうかは, (ほかのひとが自身の発表をどうあつかわれたいかには関係なく) 当人の希望だけで決まる.

発表者1についてこれを定式化すれば,公理 1 は
すべての p1, p2, p3, p2', p3' について,F1(p1, p2, p3)=F1(p1, p2', p3') となる
ことを要請している.べつの言い方をすれば,p1 を 1 または 0 のいずれかに移す
関数 f1 が存在して,F1(p)=f1(p1)となる
ことを要請している.

例.GSM プロジェクト研究秘密あつかいを決定するのに使われたルールが2006年と2007年で同一だと解釈する一つの自然な方法は,以下のルール G を考えることである (発表者 1 について記述):
G1(1, p2, p3)=1;
G1(0, p2, p3)=1 if p2=1or p3=1(すなわち pj=1 なる発表者j が存在するとき);
G1(0, p2, p3)=0, if neither p2=1 nor p3=1 (すなわち pj=1 なる発表者j が存在しないとき);
G1(-1)=0.
残念ながらこの G は公理 1 を満たさない.

公理1を破るようなルールは,それなりの説明が必要だろう.発表者 1 の発表を秘密あつかいにすべきかどうかが,発表者2の発表にたいする発表者2自身の希望表明など外部的要因に依存して決まるということだから.以下では公理 1は満たされていると仮定する.

公理 2 (不偏性). どの発表者も同じルールで扱われる.すなわち,f1=f2=f3.

これについては異論はないだろう.2006 年ルールも 2007年ルールもこれを満たしていると考えられる.以下では公理2を仮定して, f1=f2=f3 となる関数を f と記述する,すなわち f= f1=f2=f3.

公理3 (オープン希望表明尊重). 特定発表者が自分の発表をオープンにすることを希望表明しているばあい,その発表は秘密扱いしない.

発表者 1 に関して公理3を表現すれば,f1(-1)=0 となる.これについても問題ないだろう.2006 年ルールも 2007年ルールもこれを満たしていると考えられる.

公理4 (秘密希望表明尊重). 特定発表者が自分の発表を秘密にすることを希望表明しているばあい,その発表は秘密扱いする.

発表者 1 に関して公理4を表現すれば,f1(1)=1 となる.これをそのまま認めるのは問題があるかもしれない.しかし「秘密希望の表明は,指導教授の許可のもとでやる」など,ガイドラインをはっきりさせておけば,これも望ましい性質となる.2006 年ルールも 2007年ルールもこれを満たしていると考えられる.

まず,公理 1 のもとで 2006年ルールを検討してみる.公理2, 3, 4 は満たし,かつ
f(0)=1 (*)
というのがこのルール F である.つまり,希望表明がない発表は秘密扱いとなった.

つぎに,公理1 のもとで 2007 年ルールを検討してみる.公理2, 3, 4 は満たす.かりに2007年ルール F' は2006年ルール F と同じだとする.

問題は f'(0)=f(0) の値だが,これはふたつの可能性がある.「今年度は守秘義務が必要な研究発表はない」ということなので, p1, p2, p3 は 1 とはならないことは明らかである.

  • ケース (i): 全員がオープン希望表明をしたばあい.
    このばあい,p1=0 でも,p2=0 でも p3=0 でもない (pj=0 となる発表者 j は存在しない).したがって f(0) にたいする情報はないので,なんともいえない.だが,全員の希望を聞いたとは考えにくい.事実はこのケースではないと思われる.
  • ケース (ii): 希望表明しなかった発表者がひとりでもいるばあい.
    このばあい,pj=0 となる発表者 j が存在し,「今年度は守秘義務が必要な研究発表はないので誓約書は必要ない」 ことから,
    f(0)=fj(0)=0
    というのが 2007 年ルールである.希望表明がない発表はオープン扱いになっている.あきらかに 2006年ルールの (*) と矛盾する.

以上から,
(a) 公理 1 が破られている
あるいは
(b) 希望表明しなかった発表者がひとりもいなかった
という特別のケースを除けば,ルール自体が変わったと考えざるを得ない.もし (a) が該当するならば,どうして公理1 を破るようなルールを採用するのかについて説明が必要だろう.そうでなければ,((b) のばあいを除いて) ルールが「原則オープン」に変わったのだから,その事実を GSM メンバーが認識して将来のルールを考えて行くことが大切である.

[リマークおわり]

「リマーク」では公理的方法の実務への適用例を挙げた.ここではあくまで素人が自分でできるていどの簡単な公理的分析ふう思考例をとりあげた.素人でもできる,公理的方法のちがった利用法としては,すでに専門家が行った公理的分析の結果を利用するやり方がある (「シャープレー値」の特徴を知りつつ,費用分担にそれを採用するなど).結果を利用するというのは直接的でいい面もあるが,せっかく公理的方法を学ぶなら,自らの思考でそれを使えるような学び方をした方が実務で役立つ場面も増えるだろう.

ここでの分析は,経済学というよりむしろ法的思考と親和性が高いと感じた読者もいるだろう.法解釈論でも立法論でも役立つ思考様式だと思う.(シカゴ流あるいは J. マーク・ラムザイヤー流の「法と経済学」で法学者が味わったようなショックはないだろう.だが,ちがう意味のショックはあるかもしれない.)

「リマーク」内の「例」では,ある公理を満たさないルールを挙げた.このように,あるいくつかの公理を思いついたとき,現実の典型的ルールはそのなかの特定の一部をみたしほかをみたさないものだ.逆にそのように特定の一部の公理だけをみたすルールの存在を探ることは,公理間の関係を知るためにも重要なことである.この考え方を (ほとんど病的といえるほど) もっとも徹底的に押し進めた極端な例が「退屈な穴埋め作業ぼちぼち進行中」で紹介した以下のペーパーである:

Masahiro Kumabe and H. Reiju Mihara. Computability of simple games: A complete investigation of the sixty-four possibilities. MPRA Paper 440, Munich University Library, October 2006.

【2007/02/24 16:15 】
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プロジェクト研究発表会は原則オープンに

GSM では終了要件として「プロジェクト研究」を課している.そしてその発表会 (審査会) が近いうちにある.昨年 2006 年は会場で守秘義務誓約書に署名させられた.(ボクは忘れていてやらなかったのだが.) ビジネススクールなので,プロジェクト研究が企業秘密や特許申請中の (あるいは申請を予定している) 情報にかかわることがある.そのような情報については,一定期間秘密にする利益を認めてよいだろう.

問題は「この発表のこの部分はオープンにしても構わない」と特に発表者から断りがあったもの以外は秘密扱いとされたことだ.つまりすべての発表が原則秘密扱いになっていたことだ.この「原則秘密の」やり方は自由学術の伝統に反する.(一定の用件にしたがったうえでの) 自由な引用や批判を認めることは自由学術の基本だ.その自由を制限するのは最小限にする工夫をすべきだろう.去年のやり方は怪しい商売方法のセミナーでの誓約書みたいで,大学のやりかたとしてはふさわしくない.自分はいくつか意見を述べ,その後もその主張を繰り返した.さいわいそれについては賛成意見しかなかったのだが,今年度改善するとも聞いていない.あまりプライオリティの高い問題と考えられず,後回しにされてきたのだろう.

こうなったら市民的不服従 (civil disobedience) に訴えたほうがいいだろう.(先人たちは自由を拡張するために頑張ってくれたが,いまやろうとしているのは後退した自由を取り戻すための不服従であり,拡張にならないのが少々情けないが.) 大学教授のほとんどが利用している (ウソだろう?) と言われる高速道路の「無料通行宣言書」の精神に倣い,「宣言書」を提出することにした.言い換えれば誓約への限定的同意をしめす文書を提示することにしたのだ.そして,機密あつかいすべきでない発言に言及する権利を放棄したくない関係者に,以下のような文書の提出を呼びかけた.

誓約書への限定条件

以下の条件付きで誓約書に同意します.

[条件] 発言者が秘密にすることを明示的に求めず,かつ秘密にする利益が薄いと判断される発言については,公然と言及する権利を留保します.

署名,年月日

(あまりぴったりしない言葉だが,「公然と」とは openly あるいは publicly のことで,「関係者に限定せず」といった意味.) このような限定条件をつけた場合,そもそも会場に入れてもらえない可能性もある.それは GSM 執行部側の判断であり,ボクはその可能性を否定できない.しかし,GSM 側も大学人から構成されているので,学問の自由を危機に陥れる誤った判断を繰り返さないと思いたいものだ.できればこのような文書を使用しなくても済むように,GSM 側が手を打ってくれればベストだ.さて,GSM の執行部はどう出て来るか.

つづく


リマーク

本気で誓約書を書かせるなら,以下のような点に注意してもらいたかった.(2006 年はいずれも実現せず.)

  • こういう誓約をしてもらうということを事前に文書でしめす.
  • 会場の入り口でサインをしてもらったうえで入場してもらう.
  • 該当発表者をプログラムに明示する.
  • 秘密扱いを認める情報を極力絞る.該当者は秘密あつかいしてほしい部分と秘密解除の条件 (期限など) を明示する.

たとえば秘密扱いを認めるのは,原則「企業秘密や特許申請中の (あるいは申請を予定している) 情報」とするのが簡単だろう.「特許あるいは私企業による新規事業や起業にかかわる情報で,プレスリリースされていないもの」なども考えられるが,上記くらいに緩めても問題はないだろう.

【2007/02/23 19:59 】
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大学関係者かつ保守としての宮崎県新知事

建国記念日ということで,一日遅れだが神話のふるさと宮崎の写真でも載せよう (クリックすれば拡大):


高千穂鉄橋のあちら側に天の岩戸を望む (2006 年春撮影)

谷底から見ればたしかに「天」である.ただ,天孫降臨の「高千穂」は,高千穂河原から臨める高千穂の峰のほうかもしれない.(鳥居と祭台だけの霧島神宮古宮跡がある.)

まったく関係ないのだが,どうせ高千穂鉄道のことを書くなら書いておきたいものがある.槙峰ちかくの綱ノ瀬川橋梁は目立たないながらなかなかのものだ.

経済学徒にとっては,「高千穂」といえば宮崎出身の社会科学者 J. Mark Ramseyer (ハーバード・ロースクール; 法と経済学,日本法) の印象が強いだろう. ラムザイヤー, ローゼンブルース (1995, 123頁) にある利益誘導型地方政治にかんする記述で,Robert L Ramseyer というひとの "Takachiho" という作品がさりげなく引用されている.まあ,ふつうに考えれば親にあたるかな.Measuring Judicial Independence という本のなかでも,"To many Americans in Japan, Tokyo is the last place they want to be. An over-priced Manhattan, it seems the least interesting place in the country. Far better, they reason, to live in exotic shrine cities like Izumo or luscious mountain villages like Takachiho." とあるのも目を引く.このひとは高千穂に住んでいたんじゃないかな

宮崎と言えばさいきんは東国原英夫知事 (そのまんま東) で盛り上がっているようだ.ボクはこのひとが知事選に立候補すると知ったとき,いくつかの思い込みをしていたものだ.しかしマスコミの思い込みも相当なもので,それゆえボクの感覚に合わない報道が続いたし,一部ではいまも続いているようだ.

まず,選挙は大学関係者と官僚出身者の戦いとボクは思い込んでいた.もちろん官僚出身のほうが大学時代にちゃんと勉強した可能性は高いが,にもかかわらずそのまんま東といえば早稲田の公共関係の専門職大学院あたりで一生懸命勉強したイメージがあった.(じっさいは大学院ではなくて,第二文学部を出て (?),政治経済学部を中退したということだが.) 「大学で勉強する地方自治とじっさいの地方行政はちがう」といった,予想される批判を思うにつけ,大学人としては東氏を応援したい気がした.

次に,東氏は保守だとボクは思い込んでいた.マスコミだけでなく宮崎県民も東氏を,自民に代表される旧保守と対比される新たな破壊者,長野のもと県知事・田中康夫と同列にとらえた感じだった.しかし「早稲田の大学院 (実際は学部だけど) を出て革新のわけないだろ! たしかに早稲田の教授には革新も多いだろうが,地方自治を学んで県知事に立候補しようという発想の学生が保守でないわけはない」と思い込んでいた.

じつのところ,東氏は自民党から出るのかなとさえ思っていた.で,そうではなく,しかも自民自体が候補者推薦で割れていると聞いて,それじゃあこの選挙は東氏の勝ちかと勝手に思った.東氏が保守で,しかも保守が割れてるならば,東氏は両者の票を軽く奪えるはずだと考えた.対立候補の出身大学は知らないが,どうせ東大あたりだろう.早稲田と東大だと出身者の数もだいぶちがうし,人気もちがう.じっさいのところはあまり関係ないだろうが,とにかく宮崎における東大の人気の悪さを思えば,少しは有利かなという感じはした.今回の選挙だけでなく次回もじゅうぶん勝てるんじゃないか.今回は自民から出るとマイナスになる要因が大きかったが (知事選で対立候補だった自民推薦のひとを副知事にしようとする作戦も「しがらみを断ち切れない」とのことでダメになったし),次回は自民推薦で出るのは戦略的にまちがっていないと思う.

さらに,東氏は宮崎県北部で苦戦するとボクは思い込んでいた.いまは列車の走らなくなった,写真の高千穂鉄道も北部にある.このサンクコストを諦めきれない住民がどのくらい多くいるか分からないが,この地区の住民に訴えかける政策を打ち出すのは困難だろう.しかも選挙中の報道によれば,東氏は宮崎弁を駆使しているということだった.東氏の地元の都城弁は,北部である高千穂や延岡の住民にはもちろん,県央の宮崎市あたりの住民にも通じないはずだ.微妙な差があるというていどの違いではないので,「宮崎弁を駆使」といったばあい,最低でもふたつ,できれば三つ以上の宮崎弁を使いこなす必要がある.東氏はそれができるんだろうか.

宮崎弁(みやざきべん)は、宮崎県で話されている方言である。宮崎弁は大別して2種あり、広く宮崎県で使われている豊日方言に分類されているものと、県南西部の都城市、えびの市、小林市付近(諸県郡)一帯で使われている薩隅方言に分類されるものがある。都城市付近はかつて薩摩藩島津氏の統治下にあったことに起因する。しかし、鹿児島地方の方言とはまた異なるため諸県弁という呼称も存在する。豊日方言に分類される宮崎弁の中でも、県北(延岡市周辺)、県央(宮崎市付近)、県南(日南市付近)で使われている方言には語彙・イントネーションの点で若干の違いが存在する。かつて、大分の宇佐神宮の影響下にあった土持氏が宮崎県県北から県央までを支配していたことから大分の日田弁に近接している面が多々あり、大分県により近い県北地域の言葉が若干異なるのはそのためだとされる。(ウィキペディア「宮崎弁」より)

以上,宮崎県新知事についての思い込みをいくつか書いてみた.それが正しいかまちがっているか検証はしない.しかし,この思い込みと同様の視点を持てば,明日の宮崎を読むのはそれほど困難ではないかもしれない.

参考文献

M・ラムザイヤー, F・ローゼンブルース. 日本政治の経済学: 政権政党の合理的選択. 弘文堂, 1995. 原著1993年刊行.

追記 (2/13/2007). 「保守」という言葉は多義的すぎるので言い換えておく.このばあい特に「プラグマティック」な側面を指していると言えば分かるだろうか.

J. Mark Ramseyer の記述を追加.

そのまんま東氏はマニュフェストで「重要な観光資源である高千穂地域の交通基盤整備の支援(DMV等を視野)」とたしかに高千穂鉄道の再建に取り組むともとれる言い方はしている.しかし断定的な言い方ではない.知事選で川村秀三郎氏に負けた7町3村は東諸県郡国富町,綾町,児湯郡西米良村,東臼杵郡北川町.諸塚村,椎葉村,美郷町,西臼杵郡高千穂町,日之影町,五ヶ瀬町ということだ.日向市以北では市部と門川町を除けば全滅であり,やはり県北で苦戦したようだ.

【2007/02/12 08:04 】
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研究費購入物品一覧

今年度の物品請求の締め切りが今週だ.教員は個人「研究費」として割り当てられた予算を使い切らなければならない.(「研究費」といっても用途は「研究」に限定されていない.たとえば研究室のエアコン掃除代,そして教育用のコピー代やマークカード代などはそこから払う.) 自分のばあい,年度途中はもっぱら図書を購入し,請求締め切りぎりぎりになってモノを注文するというのが毎年度のパタンだ.ほかのひとはどうか知らないが,それほど特殊なパタンではないだろう.(自分のばあい出張旅費がゼロというのが典型で,これは平凡ではないかも.)

今年度もクリスマスまでは図書しか購入していなかった.12月19日現在の残高は170,642円.あとは MacBook 148,612 円を購入し,残りは2万円ていどで小物か図書でも買うつもりだった.ところが 12月28日になって,突如研究費30万円が追加配分された! 30万といえばそれまでの配分額と同じ額だ.(4月中旬に10万が暫定的に配分され,6月下旬に20万が追加されて,合計30万でほぼ確定のはずだった.) 6年前ならたいしたことのない額だと思ったかもしれないが,いまではたいしたことのある額になっている.急に追加されても困る.

とにかく合計は 60万だ.一部他学部の教員にはうらやましがられてもおかしくない額だが,その分 GSM はべつの重要な部分で損をしている.研究費追加はその埋め合わせだ.いや,個人的には組織が損をしている事実よりも,締め切りギリギリになって突如予算が増えたことで仕事の予定が狂ったのが気分良くなかった.(下手したら 30 万追加の直前に無駄な買い物をしていたかもしれないし.) オペレーションズリサーチでいう「ナップサック問題」という整数計画問題を解かなければならないはめになった.それにしても,GSM というところは締め切りギリギリになって予算がどさっと追加されるところのようだ.たしか二年前もそうだった.

170,642円だった残高は一気に 470,642円になった.そこで年が明けた1月9日,せっせと図書ばかり購入した (電子辞書もふくむが,あくまでも印刷版のオマケだから図書として注文).この時点で残高は413,725円に減った.図書は1月末までに納品できるように注文せよとのことだから,これ以上図書を注文するわけにもいかない.二年ぶりに Mac を一台買うのはいいとして,ほかに必要なものもあまりないのだが…….しかも来年度は研究室の入っている建物が補修されるため半年以上よそに移動しなければならないかもしれない.モノが増えるとたいへんだ.ということでいろいろ考えた末,2月5日に一気に物品を請求した.

おもえば,研究費による購入品を一気公開というサイトを見かけない気がする.じゃあボクがやってみよう:

  • MacBookPro 2.16, Apple, Ma609J/A を2Gメモリへカスタマイズ.244,665円 (エジュケーションプライス). →MacBook から製品ランクを上げて購入.メモリーをよそで買うよりアップルにカスタマイズを頼んだ方が安かった.
  • iPod nano 4GB, Apple, MA487J/A グリーン. 23,300円. →いまや研究費で買うのはジョーシキとなった iPod.何本も買って持て余している同僚もいる.ボクがいま持っている iPod の電池が劣化して持続時間が短くなって来たので買い替え.持っているやつはもっぱらクルマのなかで podcast を聴くのに活用しているので,べつに電池の消耗が激しくても (充電しながら聴くため) 問題はなかったんだが.(ちなみに iPod 用のFM トランスミッター,プリンストン PCK-FMIP は自費購入.研究費で行けただろうか.) (いまのところ音声ファイルとスキャンした手書きメモに留まるが) 授業のために視聴覚教材を開発している関係上,動画を見れるのでもよかった.今回は持続時間と軽さを重視して,ハードディスク型でなくフラッシュメモリ型の nano の選択となった.
  • 22インチ大型ワイドディスプレイ FP222W, BenQ. 45,800円. →MacBook を買ったとしたら,13インチというその小さめのモニタを補う意味でいずれ買おうと思っていた.しかし今回買った MacBookPro は 15 インチ.べつに外付モニタは欲しくない.それに置き場所にも困るかも.でも,ほかに買いたいものが見当たらないので買うことにした.消費電力は 49Wらしい.20インチ以上でこの値段 (消費電力も?) は珍しい.TeX をやるときなんか,インプット画面とアウトプット画面と辞書と関連ペーパーが同時に見えるとやりやすいかも.
  • Parallels Desktop for Mac, プロトン. 16,500円. →Macで Windows なんかを動かせるソフト.ちょっと物珍しかったから.
  • Microsoft Windows Vista Home Premium. 29,000円. →Yahoo! 動画やいちぶの特殊なソフトウエアなど,Windows でないとあつかえないものがある.それなしでなんの問題もないのも事実だが,予算消化のためと Vista を利用する学生に (視聴覚教材利用などで) 適切な指示ができるように買った.ホントの理由は Parallels Desktop for Mac だけ買ってもしょうがないから.
  • A4レーザープリンタ LP-1400, Epson. 24,980円. →プリンタが古くなっていて (まだぜんぜん使ってないトナーがあるんだが…),一部ソフトからの印刷がうまくいかない.でも PDF にして Acrobat から印刷すれば回避できていたので,新しいものは必ずしも必要ではなかった.カネが余っているので,カラーとか両面とかはては15万くらいのほとんどコピーマシンも買えるなとか迷いつつ,けっきょくはいちばん安いレーザープリンタを購入.いまさらプリンタなんてほとんど使わない時代だからねえ
  • 無線LANルーター WN-WAPG/R, I-O データ. 17,800円. →複数のパソコンをネットにつなぐため.
  • National コードレスハンドクリーナー MC-B10P-R ルビーレッド. 7000円. →シュレッダーの紙くずを掃除するため.(それにしても,いまのシュレッダはクズが多くて使う気になれない.)
  • オーディオケーブル,サンワサプライ,KM-A2-10.735円. →これを混ぜることで残高 65 円を達成.数本捨てられずに残っているカセットテープをこれでデジタル化して,テープ撲滅も達成しようか.

以上プラスたしか以下のセキュリティキットで予算残高 65 円を達成できた.めでたしめでたし.しかし,ある品物が購入できないとか思ったより安かったということもある.そこで予備として以下も物品請求システムに入力しておいた:

  • ノートパソコンセキュリティキット SL-31, サンワサプライ.3880円. →現在研究室の入っている建物が補修されるためしばらくよそに移ることになるかもしれない.そのときに慌てないで済むように.
  • デスクヒーター DC-PD1-C, ナショナル. 7980円. →机の下に立てて置くと足元が暖まるらしい.消費電力も少ない.けっこう人気商品で,どこのネットショッピングサイトでも売り切れ続出みたいだから,入手困難かも.
  • コピー用紙 5箱 (A4 コピー用紙 500枚入5冊で一箱を5箱だから計 12,500枚).1138×5=5690円. →GSM 自習室にコピーマシンは寄贈してもらったが,紙は自前で用意しろといわれている哀れな GSM 学生のため.(じっさいこれまでは各自が用意していたそうだ.) あくまでも優先順序が最後なところが,教員のケチ根性が出ている.まあ,ずっと気にかけていたことだけでも偉いか.

ついでに今回は買わなかったものからいくつか挙げてみる:

  • Mac OS X Leopard の販売は 2007 年春か? Windows ユーザーは新 OS が出ても買わないひとが多いが,Mac ユーザーは買うひとが多いのでは.あらたな OS を導入することで既存ソフトが使えなくなるといったマイナス面はほとんどないから.今回はまだ発売されていないので注文できなかった.
  • 新版 Microsoft Office 2008 for Mac は PowerPCプロセッサ搭載 Mac と Intel プロセッサ搭載 Mac の両方に対応する初のユニバーサルバージョンになるという.2007年後半にリリースされる予定とか.Office 2004 for Mac はパスしたけど,Windows 版の新製品発表で互換性のないファイルも増えそうだし,そろそろ買うべきか.
  • Mathematica upgrade 117,180円.GNU Maxima という Mathematica 代わりになるフリーソフトもあるしなあ.
  • ドキュメントスキャナー.書類を高速で pdf にするやつ.ただしコピーマシンとちがって,本は扱えないと思う.中途半端といえば中途半端.当分は印刷室のコピーマシンでスキャンして,それをメールで研究室に送ることを続けよう.
  • レターサイズのルースリーフ.数年前調べたときは,けっこう入手がむずかしそうだった.

以上,きわめてジョーシキ的なモノばかりである.読者はそのことがかえってショックかも.「こんなものも研究費で買えるのか?」というのを期待した大学教員には,参考にならず申しわけない.

追記 (2/27/07).

「コピー機用の用紙.1500枚を上限」とあったのはミスだった.じっさいは当初7500枚を上限とするつもりで,最終的には12,500枚の注文となった.

その後 Handbook of Computational Economics (Vol 1) が年度内に入手困難ということでキャンセルとなり,追加注文をすることになった.インクジェットプリンタ用のインクを注文した.

  • ヒューレットパッカード,hp 56 プリントカートリッジ 黒(ラージサイズ)C6656AA. 2,730円.
  • ヒューレットパッカード,hp 57 プリントカートリッジ カラー (ラージサイズ)CD 付き SA421AA. 4,326円.
【2007/02/07 02:07 】
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由緒ある神社がゴミ屋敷化する理由

Social Welfare and Choice (『社会福祉と選択』ジャーナル) の最新号は驚きの連続だった.あるペーパーの謝辞にこの分野とはまったく無関係の同僚が登場したかと思えば (印刷所で謝辞の部分だけ別のジャーナルのペーパーと取り違えたのではないか?),べつのペーパーには---まったく身に覚えがないのだが---ボクがヒントを与え,データを提供し,そして激励してくれただのと丁重な謝辞が掲載されていた.極めつけは冒頭に記念写真の載った,ある若手中国人研究者による論文だ.

その記念写真は 2004 年の大阪学会直後の観光旅行で撮ったものだという.神社の本殿らしき建物を背景に撮られたもので,写っている人物の過半数は東洋人だ (知り合いの日本人も何人か含まれていた; さいわい自分は含まれていなかった).驚くべきは建物の立派さとは対照的に,写っているひとびとの足元がゴミだらけであることだ---中身が入ったラーメンの空き袋たち,トースターのような箱,ヒトの下半身が切り捨てられているように見える詰まったジーンズなど,とにかくびっしりとゴミで埋まっている.「社会福祉や正義をプロモートする団体がこんなことではまずいんじゃないか?」とちょっと思った.

"Normatively sustainable garbage in shrines" (「聖地における規範持続可能なゴミ」) と題したその論文は,神聖であるはずの場所に勝手に持ち込まれたゴミが,その場所が神聖であればあるほど排除されないままそこに放置される理由を考察したものだ.(そんな事実があるのか?) なんでも

「神聖な場所にゴミを持ち込むのは冒涜的な行為である.その場所が神聖であるほど,その種の冒涜行為は大きな負のパワーを込められたものと認識される.そのためひとびとは負のパワーによる《たたり》を怖れ,ゴミに手を出せなくなるのである」

という.その論文はこの仮説をモデル化し検証したもののようだ.「あ,そう」と思いつつボクはそこでジャーナルを閉じてしまったので,あとは知らん.

実証に関心の薄いボクは自分でやるつもりはないが,ぜひ実験や実証をやる社会科学者にこれを実験してもらいたいものだ.たとえば直島の護王神社の境内に大量のゴミを持ち込むのである.できれば大きなイベントがある時期に合わせてやるのがいいだろう.この神社は多くの参拝者が訪れよく管理されているので,管理者がすぐさま持ち込まれたゴミを取り除くかもしれない.それ自体を実験するのもいいかもしれないし,(インパクトは弱くなるが) 管理者にはあらかじめ実験であることを伝えて手をつけないように頼んでおくのもいいかもしれない.参拝に訪れたひとびとはどんな反応をするだろうか.ゴミをどうにかしようと思うだろうか.

「ごみアートだなあ!」と思うだろう.たぶんそれだけだ.

いや,挙げた例が特殊すぎた.ひとびとはこの神社を訪れるとき,それが「現代アート」であるとの先入観を持って訪れる.本来の意味の「聖地」とは異なる認識を持つのだ.ここで実験しても対象の意味が多様すぎて有意な結果は得にくいだろう.べつの神社を考えよう.[詳細は省略.]

いずれにせよこういう方法では上の仮説を実証できない.その論文はその仮説をどうやって実証したのだろうか? 夢から醒めたボクは続きを確かめることはできなかった.

神聖であるはずの場所にクズが集まるというのは「神社にゴミ」という意味では事実ではない気がする.しかし比喩としてはなかなか深みのあるものかもしれない.なにも公務員や政治家のことを言っているわけではない. (社会科教科書とマスメディアを除けば) 建前でも神聖だということにはなってないから.じゃあどこが神聖であるというのか?

「大学」だよ! 説明しても通じない輩が多すぎるので説明は止すが,これは冗談ではない.「大学」という神聖な場所に近年クズが集まっている.学問の自由も真理の探究も守る気のない「社会人」の顔をしたクズたちが大学に入り込んで独自の「社会的」アジェンダを展開している.「大学」の神聖さを知る真の大学人たちは彼らの負のパワーによる呪いを怖れ,手を出せないでいる.このようにして大学はゴミ屋敷化しつつある

追記.大学に社会福祉や情報系の学部や学科を作るのが流行したのは何十年前だろうか.まだ増加しているのかもしれない.いつころからか「社会福祉情報学部」の類いも現れるようになった.べつにクズの集まるところというつもりで挙げているのではない.上記ジャーナルのタイトルを翻訳したとき気づいたのだが,ボクの専門にぴったり一致している学部と言えないかと思ったのだ.なにを隠そう,じつはボクは社会福祉と情報の専門家と言っても差し支えないのだ! (平凡助教授のモデル No. 1 は反発するかもしれないが.) なぜならボクがもっとも重点的にやってきた研究が社会厚生関数をアルゴリズム化する可能性にかんするものだからだ.「社会厚生」とは "social welfare" であり,ふつうのひとなら「社会福祉」と訳すところだ.一方,アルゴリズムは情報科学の根底的概念である.自分は時代の最先端を突っ走る「社会福祉情報学部」(ということにしておく,さっきの流行遅れ発言取り消して) の基礎研究を担える極めて希少な人材なのだ.自分にはぜったい縁がないと思っていた科学研究費もこれで取れるかもしれない.また,言論やセクハラで平成香川大学をクビになった暁には,その手の学部に攻勢をかけることにしよう.そしてこれからは場合に応じて「私はランキングの専門家です」だけでなく,「私は社会福祉の専門家なんです」と言おう.いやあ,すごく気持ち悪いな,これ.

【2007/02/02 13:17 】
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