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オペレーションズ・リサーチ講義資料

そろそろ来年度の授業内容を考えなくては.準備が早いって?

いや,単にほかの仕事に気乗りがしないというだけのこと.ホントは一週間後にある後期前半科目の試験問題を作らねばならない.準備が遅れると紅葉を見に行く暇もなくなるし.

ここ十日くらい何度か試しているのだが,Economic Theory という Springer ジャーナルの Volume 30 の全文ダウンロードができない.Volume 30 は 2007 年度発行分である.もしかするとわが大学はそのジャーナルの 2007 年度分を購読していないのか.ほかのジャーナルはだいじょうぶか.ET だけでなく,同出版社の SCW とか IJGT とか REDesign とか PubChoi とかはだいじょうぶだろうか.研究か教育かそれともそれらとは無関係な要素かは知らないが,なにかのパフォーマンスに合わせて予算カットしたということか.困るなあ.年によって入手できたりできなかったりでは,「来年こそは入手できるようになるかもしれない」と考えて,たいせつな論文の入手を先延ばしにしてしまうのは目に見えている.(なんせ論文一本あたりの値段がとても高いし,他機関からのインターライブラリーローンでは,電子形式で入手できることはまずないだろうから.)「ジャーナルが年によって入手できたりできなかったりというぶつ切り状態では格好がつかない」といった次元の話ではない.研究の前提となるこういう基盤的なリソースが不安定では,とても研究をたいせつにしている大学とはいいがたい.外部予算が獲得できたとかできなかったで左右されるべき用途はほかにあるはずだ.[追記.その後ダウンロードできるようになった.問題は将来どうなるかということ.]

まあ,そんなこともあって,気分が晴れないこのごろだ.そんなわけで,試験問題作成は先送り.

来年度は OR (オペレーションズ・リサーチ) をはじめて教えることになるはずだ.わがビジネススクール (GSM, マネジメント研究科) では不人気科目だ.再来年度以降,教えるチャンスがあるかどうかも分からない.もちろん自分は OR のシステマティックな教育を受けたことはない.その手の授業を受けたことはないし,その分野のテキストを最初から最後まで通読したことも多分ない.でも,まあ,いいだろう.数理計画法,経営科学,経営工学などいろいろな名前で呼ばれているその科目のテキストといえそうな本を10冊近くは所持している.(ゲーム理論やミクロ経済学分野の所持テキストに比べればたいした冊数ではないけど.) また,(さいきん止めたけど) かなり長いあいだ目次アラートを購読して European Journal of Operational Research や Mathematical Methods of Operations Research はチェックしてたし,今後しばらくは Mathematics of Operations Research を同様にチェックする予定だ.さらに付け加えれば,自分の論文を OR のジャーナルに投稿して載ったとしても,奇跡が起きたとは思わない.つまり OR に一定の関心がないわけではないのだ (ひじょうに実務的な部分は遠慮したいけど).ボクのような経済理論家が教えたというだけで「無資格」とか「不正」として科学省に指導されることはないであろう.(もしそれをやられたら,数学ジャーナル名を 3 つも挙げられないような非数学教員が「線形代数」や「微分積分」の授業をやっている実態を指摘するつもりだ.)

ちなみにボクの専門の社会選択ではじめてシステマティックな科目を受講したのも,じつはその分野で論文を発表するようになった時期よりだいぶあとの話であり,カリフォルニアに在外研究で行っていたときのことだった.それ以前は社会選択の本を通読したことさえない……と断言しようと思ったら,おおっ! そうだ,思い出した! 大学院生時代,Suzumura (1983) の Rational choice, collective decisions, and social welfare というカッコいいタイトルの本を図書館で見つけて読んだことがあった.そのころは面白そうな本を見つけたら,読むのは先延ばしにしてとりあえず購入することにしていた.ところがこのときはちがった.購入するよりも前に,ぜんぶ読んでしまったのだ! (ただし証明はすべてとばした.「証明とばしたら意味ないじゃん」と言われそうだが,その当時は社会選択を勉強するのが目的ではなく,社会選択が研究に価するかどうかを判断するのが目的だったので,証明を読む必要はなかった.)「どうせ社会選択なんて古い話は自分は将来やらないだろう」と思って購入を渋ったためか,それとも面白くて読むのを中断するタイミングを見つけられなかったためかは忘れた.

将来 OR を教えることがあるかどうかは分からない.来年度担当する OR に過剰な努力を投資しないように気をつけたい.講義ノートの準備なんかはできるだけ手短に済ませたい.そんなことを思いつつ Google で「オペレーションズ リサーチ シラバス」を検索したらいいものがひっかかった.「オペレーションズ・リサーチ(OR)・経営工学のポータルサイト」のなかの,「関連講義資料」というやつだ.ここには講義用のスライドなんかへのリンクがある.しばらく検討して,久保幹雄と根本俊男のサイトに注目することに決めた.シラバスの提出まではまだだいぶ時間がある.次回講義内容を考えるときは,それらのサイトを重点的に見て行くこととしよう.

ところで,来年度の授業とは関係ないが,武藤滋夫の『ゲーム理論入門』で使える教材を上記のポータルサイトで見つけた.東工大 Open Course Ware のゲーム理論ページだ.[追記.「協力ゲーム理論と規範」のページも参照.] PowerPoint ふうの「講義ノート」が揃っている.講義に使うかどうかはべつとして,こういう資源があるというのは貴重な情報だ.自分は過去何度かこのテキストでゲーム理論を教えたことがあった.こういう教材を作ろうと思わないこともなかった.今回これを見て,「あのとき作らなくて正解だった」と思った.

東工大 OCW にはユーザーアンケートがあるので,ボクは (記名欄もないのに) わざわざ記名したうえでアンケートに答えた.みなさんも答えて,ゲーム理論ページの外部からのアンケート返答数をトップにしようじゃないか! といってもランキング情報が出るわけじゃないけどね.[追記.アクセスランキングは出る. 10~15 位くらいだった「ゲーム理論」のランキングがここ1週間で 2, 3 位に上がったようだ.今見たら,上位10位中4科目が武藤の科目だった.]

じつは「次回ゲーム理論を教えるチャンスが回って来たら,渡辺隆裕の『図解雑学 ゲーム理論』でも使おうかな.図も豊富だし」なんて思っていたが,今回武藤テキスト用にこういう素晴らしい講義ノートが入手できることを知って,図解雑学の優先度がやや下がってしまった.渡辺さんにはカウンターアタックというか,対抗措置を期待したい. [追記.おっと失礼! 最後の一文は余計だった.NABENAVI.net にあるこちらの講義資料 (ビジネススクール向けなど,オーディアンスごとにいくつかのバージョンあり) がそのカウンターアタックということになる.いや,「カウンター」の修飾語は武藤教材のほうにつけるべきか.]

追記 (11/26/06). 文中にいくつか補足した.

追記 (12/2/06). 渡辺隆裕の講義資料へリンク追加.

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【2006/11/20 00:48 】
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中村の定理の謎

前回の記事「コアにかんする中村の定理」から続く.

徳島駅から関西空港駅までの経路をJR おでかけネットで今調べると,
所要時間 4時間04分,金額 12,660円,乗車距離 387.4 km,乗り換え 3回
という経路が出て来る.一方 Yahoo! 路線情報を調べると,
所要時間 3時間11分,金額 4,000円,乗車距離 181.0 km,乗り換え 0 回
という経路が出て来る.大部分のひとは Yahoo! のほうが出した経路の方を選ぶだろう.JR おでかけネットのパフォーマンスが悪いのは,Yahoo! とちがってバス路線の情報を出さないからだ.(設定によっては出してくれるかもしれない.ここに載せたのは,あくまでボク個人が一度だけトライしたときの結果だ.) JR おでかけネットは,ひじょうに遠回りになる高松・岡山経由の鉄道路線を出すのだ.(Yahoo! のほうもベストではないかもしれない.海上交通もあるだろうから.)

すぐ手に入る道具を使わない.手許にある道具に備わっている機能を利用しない.そのことによって簡単にできるはずの仕事をひじょうにめんどうなやり方でやっているひとは少なくないだろう.複数ファイルの一括検索ができることを忘れて,何十というファイルをひとつひとつ検索したことがあるひともいるかもしれない.ボクの知り合いのある東大生は,テキストエディタ (ワードプロセッサだったかも) のワードラップ機能を知らず,とても長い行のある文書を読むために画面を何度も右左にスクロールしていたことがあった.複雑なことは理解できるのに教え方が下手な教員がときどきいるのは,彼らが遠回りな論理で物事を理解できるため,簡単な論理を追求する努力をしないためかもしれない.そういうのは頭がいいというべきか悪いというべきか分からないが,ある種の美意識が欠けているとは言えるだろう.

じつは「中村の定理」のオリジナル論文 (Nakamura, 1979) にも,この類いの遠回りが見られるという.中村の定理がどう記述されているか,細かい点は省略して代表的な形を 3 つ挙げてみよう.(定理の意味は分からなくても,3 つの形の構造に注目してくれれば,この記事のポイントは把握できるはず.) 以下で X は選択肢集合であり,「X の要素数が中村ナンバー未満」は「#X <ν(ω)」と前の記事では書いた条件.いうまでもなく,→ は only if のことであり,←→ は if and only if のこと.後述する Figures も参照.

  1. Kumabe and Mihara (2006, Theorem 16). 任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である ←→ X が有限である & X の要素数が中村ナンバー未満である.
  2. Nakamura (1979, Theorem 2.3). 任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である → X の要素数が中村ナンバー未満である.
  3. Nakamura (1979, Theorem 2.5). X が有限であるとすると,以下がなりたつ:
    • 任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である ←→ X の要素数が中村ナンバー未満である.

たとえば岡田 (1996; 定理 10.17) は 3 番目の形式になっている.なお,「代表的」とはいったが,最初の形はほかの文献では見たことがない.

リマーク.Nakamura (1979) では,不等式条件「X の要素数が中村ナンバー未満」のところはじっさいは「ω が weak であるか X の要素数が中村ナンバー未満」となっている.シンプルゲームが weak というのはすべての勝利提携のインターセクションが非空であることだから,われわれの中村ナンバーの定義により不等式条件はみたされる.よって「ω が weak である」という条件は省略した.

中村の定理を紹介したたいていのテキストやサーベイでは,個人の数も選択肢の数も有限であることを仮定している.そのため,これら 3 つのちがい---したがって前述した遠回り---が表面化することはない.

上の 2番目と3番目の形はどちらがより一般的ということはない.一般性からは比較不能である.一方,1番目の形は2番目と3番目を特殊な場合としてふくんでいる.つまり,1 は 2 と 3 のいずれよりも一般的なのだ.さらにいえば,より一般的である 1 は 2 と 3 からすぐしめせる

詳細.「任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である → X が有限である」をしめすのは簡単なので (無限上昇する選好を考えればいい; 詳しくは Kumabe and Mihara (2006) 参照),2 がしめせれば 1 の →方向はすぐしめせる.一方,3 がしめせれば 1 の ←方向は自動的に導かれる.

なお,Kumabe and Mihara (2006) の主要な貢献は中村の定理の一般化ではないことは指摘しておく.それはシンプルゲームの「計算可能性」がメインのペーパーであり,中村の定理にかんするセクションはあくまでもおまけ的な位置づけだ.しかも,そのセクションで彼らが意図したとおもわれる貢献は 2 と 3 を 1 に一般化したことにあるわけではない.「社会選択における極大要素」で述べたように,「提携とは個人集合の任意の部分集集合である」という仮定を「提携はブール代数を形成する」というより一般的な仮定に置き換えたことにある.

ここで上記の定理形 1, 2, 3 に対応する Figures を挿入しておく.ただし 3 は (3a) と (3b) という主張に分けてある.


Figures: Variants of Nakamura's theorem. The following assertions about Fin (finite N), Nak (the Nakamura-number cap), C (nonempty core) are indicated:

  • (1) C ←→ (Fin & Nak)
  • (2) C→Nak
  • (3a, 3b) Fin→(C←→Nak)

Observe the following:

  • (2) extends (3b); its proof by Nakamura (without using "C→Fin") is hard;
  • (1) extends (2) and (3a) (as well as (3b)); the only missing implication "C→Fin" is easy to prove;
  • The proof of (3b) is easier than that of (2) by Nakamura; it actually proves (2) by way of "C→Fin";
  • The proof of (3b) is easily extendable to a more general framework.

わざわざ一般性の低い 2, 3 の形でふたつの定理を提示するよりは,より一般性の高い 1 の形でひとつの定理を提示する方がエレガントであるはずだ.ところが不思議なことに,Nakamura (1979) は 2, 3 の形で提示する方を選んでいる.もちろん,「2, 3 から 1 を導出するのは簡単なので,中村自身はやる必要を感じなかっただけだろう」と憶測することは可能だ.だが,その憶測が正しいとは思えない.2 の証明があまりにも高度なためである.「任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である → X が有限である」という,すぐに使える「道具」があるのに利用していないため,簡単にできるはずの証明が (めんどうとはいわないまでも) 不必要に高度になっているのだ.1 の形を思いつくことができたならば,その「道具」はたちまち利用できたはずだから,そのような証明が遠回りであることにはすぐ気づいたはずだ.

詳細.2 をしめすには,その対偶である「X の要素数が中村ナンバー以上 (すなわち中村ナンバーが X の要素数以下) → ある選好プロファイルにたいしてコアが空である」をしめせばよい.このとき「中村ナンバーが X の要素数以下」という前提部分については,(「任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である → X が有限である」という簡単にしめせる含意を使えば) 一般性を失わずに X の要素数も中村ナンバーも有限であることを仮定できる.ところが Nakamura はこの有限の仮定をもちいずに証明しているため,無限のユニオンやインターセクションを考えるなど,証明がかなりむずかしくなっている.

ちなにみに前述の「詳細」で述べた「提携はブール代数を形成する」という仮定への一般化をしようとすると,Nakamura の証明では問題が出て来る.Nakamura のばあいとちがって,その仮定のもとでは無限個の提携のユニオンやインターセクションが提携になるとは限らないからだ.有限個のユニオンあるいはインターセクションだけを考えれば済むことを利用できればその問題は回避できる.そしてもちろん「任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空である → X が有限である」という含意を使えば,有限個のユニオンあるいはインターセクションだけを考えればよいことがしめせる.

以前の記事「ソロモン王のジレンマはセカンドプライス・オークションで解決できるじゃないか!」で紹介した Mihara (2006) のメカニズムは,本人によれば「言われてみればたしかに自明だが,思いつくのはかならずしも自明ではない」例かもしれないとのことだった.「中村の定理」を上の 2, 3 の形の代わりに 1 の形で提示するという単純なアイディアも,この種の思いつきにくい例のひとつなのかもしれない.

もしかするとなにか深いわけ,隠された意図があったのかもしれないが,いまのボクには謎である.だれか分かるひとがいたらコメントして欲しい.

ボク自身は,筑波の Professor Goldchild から授かった中村健二郎遺稿集に収められたオリジナル論文を見たとき,その一般性の高さに感心した記憶がある.(個人の集合も選択肢の集合も無限になることを許している.選好は非循環性だけ仮定している.シンプルゲームに単調性などの条件をつけていない.) そのエレガントな定理の証明が,このように不必要な遠回り (あるいは高度な証明による過剰なエレガントさの追求) によって成り立っていたことは意外だった.

参考文献

Masahiro Kumabe and H. Reiju Mihara. Computability of simple games: A characterization and application to the core. MPRA Paper 437, Munich University Library, July 2006.

H. Reiju Mihara. The second-price auction solves King Solomon's dilemma. Available at SSRN, August 2006.

K. Nakamura. The vetoers in a simple game with ordinal preferences. International Journal of Game Theory, Vol. 8, pp. 55-61, 1979.

岡田章. ゲーム理論. 有斐閣, 1996. 10.4 節 (323 ページ「次に,譲渡可能な効用を仮定しない投票ゲームについて述べよう」以降), 9.5 節.

後記

11月5日,「退屈な穴埋め作業ぼちぼち進行中」に追記を加えた.

「大学入試過去問活用宣言」(実態は「大学入試過去活用制限」?) を受けて,11月9日,「他県とほぼ同じ問題ばかりを入試に出題してしまった清水東高校」に追記を加えた.

追記 (11/10/06).

図とキャプションを追加し,それにともない若干説明を修正した.(フレームワークを限定したり前提を特殊化することにより) 利用できる条件を増やすことで,もともと高い一般性を持つ定理の証明を簡単化することはよく行われる.テキストブックの前書きに「一般性を犠牲にしたうえで完全な証明を与えた」とよくあるのは周知のとおりだ.Kumabe and Mihara (2006) による中村定理のおもしろいのは,(Nakamura の利用しなかった) ある条件 (有限人数条件) をうまく利用することにより証明を簡素化する一方で,一般性も拡張したことだ.(単に定理形 2, 3 を定理形 1 に一般化しただけでなく,「提携」概念がより柔軟に定義できるフレームワークへ拡張している.) 「特殊化を偽装した一般化」とでもよぶべき意外性をそこに見ることができる.

【2006/11/09 20:02 】
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コアにかんする中村の定理

キーワード: 中村健二郎,中村の定理,中村ナンバー,中村数,コア,シンプルゲーム,単純ゲーム,投票ゲーム,社会選択理論,実証政治理論,投票理論,選挙研究. Kenjiro Nakamura, Nakamura's theorem, Nakamura number, core, simple games, voting games, social choice theory, positive political theory, voting theory, election studies.

「中村の定理」(Nakamura, 1979) といえば,げんざい社会選択を学ぶひとの間ではかなり有名な結果だ (リマーク参照).投票ルールが「合理的に」あつかえる選択肢の数は限定されることを主張したものである.たとえば過半数にもとづく多数決は,選択肢が2 個ならば過半数に支持される選択肢をいつも 1 つだけ選びだすことができるが,選択肢が 3 個以上になるとそうはいかない.ある過半数が選択肢 a を b より,べつの過半数が b を c より,さらにべつの過半数が c を a より支持するといった「サイクル」ができることがあるためだ.社会にとってのベストな選択肢を見つけるという重要問題に独特なアプローチで迫り,エレガントな定理に結実させたのが Nakamura (1979) だ.

リマーク.たとえば実証政治理論の大学院レベル本格的テキストである Austen-Smith and Banks (1999) のかなりの部分は「中村の定理」の発想を軸に展開していると言える.(いい本だが経済学徒向きではない.社会選択を勉強したい経済学徒ならとりあえず MWG の Chapter 21 を読めばじゅうぶんだろう.ただし中村の定理は MWG には載っていない.) 社会選択の文献では,中村の定理が貢献した分野であるシンプル・ゲーム (協力ゲームの一種) のコアに関する理論は以前あまり注目されていなかった.社会選択と協力ゲーム理論との交流は意外と限定されていたのかもしれない.たとえば協力ゲームのペーパーを多く載せていた International Journal of Game Theory が経済学文献データベース EconLit に収録されるようになったのは創刊後ずいぶん経ってからだ.ちまたのつまらない議論で「中村ナンバーだって、あの当時すごい業績ではあっても非常にマイナーですよ」と言い出すひとが現れても不思議ではない.

中村の定理を手っ取り早く知るには岡田 (1996) が手頃だ.証明は Kumabe and Mihara (2006) が分かりやすく,かつ一般性も高い.

なお,この記事は「選好」「極大要素の存在: 美人ホールを求めて」「社会選択における極大要素」からなるシリーズにつづくものだ.

「社会選択における極大要素」の記事で,「社会選好 P が非循環的であることが社会としての『ベスト』な選択肢の存在のための必要十分条件であることがわかる」「では,社会選好 P は非循環的になるのだろうか? それはばあいによる.選好プロファイル次第だ」と説明した.選好プロファイル,つまりひとびとの選好によって極大要素が存在したりしなかったりということでは「安定性」の面から不満が残る.では,つねに極大要素が存在するような条件はあるのか? それに答えたのが「中村の定理」である.

定義.個人の集合 N 上で定義されるシンプルゲーム ω を考える.(つまり ω は任意の提携のあつまり.ω に属する提携を《勝利提携》と呼び,そのような提携は「多数派」とみなされることになる.) ω の《中村ナンバー》ν(ω) とはインターセクションが空集合になるような勝利提携の最小個数である.つまり勝利提携を ν個うまくあつめればそれらの交わりを空集合にできるが,それ未満の数 (ν-1 個など) あつめても交わりが決して空集合にはならないような数νのことだ.もし勝利提携をすべてあつめても交わりが空集合にならないばあいは,選択肢集合 X の要素数 #X より大きい任意の数 (たとえば 2 の #X 乗,つまり 2#X とか) をもって中村ナンバーとする.

例.個人が 3 人いる,つまり N={1, 2, 3} とする.過半数とは 2 人以上であり,過半数の提携のあつまりは ω={{1, 2}, {1, 3}, {2, 3}, {1, 2, 3}} である.この4つの勝利提携から2個だけ取って来てもそれらのインターセクションは空にはならない.たとえば {1, 2} と {1, 3} のインターセクションは {1} であり空集合ではない.一方,最初の3つの勝利提携を取りだせばそれらのインターセクションは空集合になる.したがってこのシンプルゲーム ω の中村ナンバーは 3 である.

例.個人が n 人いるとする.サイズが n-1 以上の提携を勝利提携とする.つまり勝利提携は以下の n+1 個である: 全員からなる提携,個人 1 だけが除かれた提携,個人 2 だけが除かれた提携,……,個人 n だけが除かれた提携.全員からなる提携以外の任意の提携を2個取ってくればそれらのインターセクションからは2人の個人が除外される.3個取ってくればそれらのインターセクションからは3人の個人が除外される,……という具合であることから,すべての個人が除外されるためには全員からなる提携以外の n 個の提携を取って来る必要があることが分かる.したがってこのシンプルゲームの中村ナンバーは n である.

例.個人が n 人いるとする.勝利提携とは個人 1 と 2 を含む提携のことだとする.(個人 1, 2 は「拒否権プレーヤー」とも呼ばれる.) すると勝利提携をいくらあつめても必ず個人 1, 2 はふくまれるのでインターセクションが空集合になることはない.したがってこのシンプルゲームの中村ナンバーは 2#X とみなす.

いうまでもなく,中村ナンバーはシンプルゲーム ω だけで決まる数であり,選択肢の数や選好プロファイルとは無関係である

選択肢集合 X 上の (非循環的) 選好プロファイル (Pi)i∈N とそれから導かれる支配関係あるいは社会選好 P (リマーク参照) を考える.社会選好 P についての X の極大要素の集合 {x∈X: yPx となるような選択肢 y∈X は存在しない} を《コア》と呼んだ.つまりコアとは,社会にとっての「ベスト」な選択肢の集合と考えられる.コアは,シンプルゲーム ω,選択肢集合 X,そして選好プロファイル,の 3 つに依存した概念である.(これら 3 つの部品をまとめて《投票ゲーム》あるいは《選好つきシンプルゲーム (simple game with preferences)》と呼ぶこともある.)

リマーク.ある勝利提携 S∈ω が存在して,すべての i∈S について xPiy となる (つまり x を y より好むひとびとの全員あるいは一部が「多数派」となっている) ときに xPy と書いた.この P を《支配関係》あるいは《社会選好》と呼んだ.(この P は選好プロファイル (Pi)i∈N だけでなく ω にも依存するので,より正確には Pω と書くべき.)

選好 P が非循環的というのは「X の任意のアジェンダ (非空有限部分集合) A が P についての極大要素を持つ」ことと同値だった (「極大要素の存在: 美人ホールを求めて」記事参照).「中村の定理」の一表現によれば,P がつねに (選好プロファイルにかかわらず) 非循環的になることは「X の任意のアジェンダ A にたいして #A< ν(ω) となる」ことと同値だ.つまり「X の任意のアジェンダがつねに極大要素を持つ」ことと「X の任意のアジェンダA にたいして #A< ν(ω) になる」ことは同値になる.このままでは煩雑なので,以下では任意のアジェンダの代わりに X 自体の極大要素の存在を考えよう.

「中村の定理」は任意の選好プロファイルにたいしてコアが非空になるための必要十分条件を与えている.その条件とは選択肢の数 #X が中村ナンバー以上にならないことである.社会にとっての「ベスト」な選択肢がひとびとの選好にかかわらず決まるためには,選択肢の数が限定されていなければならないわけだ.冒頭で述べた過半数多数決はもちろん (中村ナンバーは 3 なので選択肢 2 個まではうまくあつかえる),どんな投票ルールであってもだ.定理の表現の仕方にはさまざまなものが考えられるが,ここでは Kumabe and Mihara (2006) に近い形で提示しよう.

中村の定理.シンプルゲーム ω が勝利提携を少なくともひとつ持つとする.また,空集合は勝利提携ではないとする.このとき選好つきシンプルゲームのコアが任意の選好プロファイルについて (極大) 要素を持つための必要十分条件は以下のとおり:

  1. 選択肢集合 X が有限である;
  2. #X <ν(ω) となる.

たとえば中村ナンバーが 2#X となるケース---つまり拒否権プレーヤーが存在するケース---では条件 2 の不等式 #X <ν(ω) は X の要素数にかかわらず成立する.したがってコアが常に非空になることと,X が有限であることは同値になる.ある個人 i がすべての勝利提携に属するならば,社会選好は非循環的になる (もし社会選好がサイクルを持てば i の選好もサイクルを持つことになり矛盾) ことからあきらかだろう.

中村の定理の謎」につづく.

参考文献

David Austen-Smith and Jeffrey S. Banks. Positive Political Theory I: Collective Preference. University of Michigan Press, Ann Arbor, 1999.

Masahiro Kumabe and H. Reiju Mihara. Computability of simple games: A characterization and application to the core. MPRA Paper 437, Munich University Library, July 2006.

Andreu Mas-Colell, Michael D. Whinston, and Jerry R. Green (MWG). Microeconomic Theory. Oxford University Press, New York, 1995.

K. Nakamura. The vetoers in a simple game with ordinal preferences. International Journal of Game Theory, Vol. 8, pp. 55-61, 1979.

岡田章. ゲーム理論. 有斐閣, 1996. 10.4 節 (323 ページ「次に,譲渡可能な効用を仮定しない投票ゲームについて述べよう」以降), 9.5 節.

追記 (11/13/06; 著者の覚え書き).

「ブログの記事に手を加えるだけでいいから,入門向けの解説記事を書いてくれ」という依頼がいずれ来ないとも限らない (あるいは政治学・選挙研究・数理社会学・数理科学などの学会誌に載せようか?) .(いずれにせよそういう依頼に応じられるのは,ここにあげた Kumabe らのペーパーと今後出ると予想される続編の掲載先が決まったあとの話で,何年も先だろう.) そういう場合に備えて,細かな点についてメモを残しておく.

任意のアジェンダ A の代わりに選択肢集合 X 自体の極大要素の存在を考える (言いかえればコアを考える) ひとつの理由は,後者が X 上の社会選好の非循環性にかかわるためである.(前者は A 上の社会選好の非循環性にかかわる.X 上で選好サイクルが存在しても,A 上で存在するとはかぎらないことに注意.) 個人選好の X 上での非循環性を仮定した現フレームワークでは,前者を考えたほうがストレートというわけだ.

無限の選択肢集合 X を許すひとつの理由は,個人が無限人いるばあい,中村ナンバーが無限になる可能性があるためだ.このとき X が無限でも中村の不等式 2 自体はみたされることがある.

【2006/11/05 12:02 】
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