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評価額と支払い能力にかんする基礎論: ハーヴィッツの呪い?

ソロモン王のジレンマにかんする前回のエントリーで採り上げた三原論文について,「ECONO斬り!!」で若干の議論があった.「商品にたいする評価額 (価値付け) と資金制約 (支払い能力) は分離できるんじゃないか」という,(論文の価値に致命的にかかわるというよりは) 発展的な議論だ.そこで出てきたのが Yeon-Koo Che and Ian Gale, Standard Auctions with Financially Constrained Bidders (Review of Economic Studies, Vol. 65, No. 1 (Jan., 1998), pp. 1-21) という論文だ.(大学院生とちがって最新の事情に疎いので,ちがっているかも.) 評価額と資金制約とを分ける考え方をはじめて本格的にオークション理論に導入したペーパーのようだ.Introduction では資金制約を考えることの重要性がいくつか説かれている.

Che and Gale のペーパーは評価額と資金制約を分離できることを出発点としてオークションを考察したものであって,分離できること自体を説明したものではない.分離して考えてだいじょうぶなのかどうかはそのペーパーではよく分からない.一方では三原のように (分離できないとは言わないものの) 分離しないで考えるひと (あるいは資金制約自体を無視するひと) もいる.三原は「支払い能力を超える評価額というのは解釈上ありえない.よって資金制約は問題にならない」という極端な立場のようだ.どちらもじゅうぶんな説明があったとは言いがたいので,ここで両者の立場の「基礎論」を考えてみたい.「基礎論」とはいうものの,ここで展開するのは消費者理論の導入部に過ぎない簡単なものだ.

ふたつの「商品」を考える: 子供と「お金」だ.二次元空間を考え,横軸に子供の量 c を取る.いま考えているのは特定の子供なので,可能な量は 0 か 1 しかない.(子供に価格がついたりするのが分かりにくい読者は,ネコの子供でも考えてくれ.) いいかえれば c は集合 {0, 1} に属する.その消費者にとって,その子供は持たないより持つほうが望ましいとする.縦軸には「お金」m を取る.これは経済学で「ニューメレール」と呼ばれる合成財であり,ここでは「来期以降」(将来) の消費に回すため今日残すお金と考えよう.「お金」の残高が高いほど将来消費がたくさんできるので効用が高まる.借り (マイナスの残高) が大きいほど将来の消費が減るので効用が下がる.点 (c, m) の集まりは,二次元空間の一部を形成する.

消費者の選好は「消費集合」上で定義される.では,「消費集合」をどう考えるべきだろうか? いくつか考え方がある:

  1. 消費集合を {0, 1}×(-∞, +∞) とする.つまり m を任意の実数とする.これは特に準線形 (quasilinear) 効用関数を考えるときには標準的な仮定だ.(ここではそうしないが,じつは m を「ニューメレール」と呼ぶ場合,準線形の効用関数を前提にしているのがふつう.)
  2. 消費集合を {0, 1}×[-B, +∞) とする.つまり m を少なくとも -B 以上の実数とする.ただし B は借り入れられる資金の限界よりも大きな非負の実数である.
  3. 消費集合を {0, 1}×[-b, +∞) とする.つまり m を少なくとも -b 以上の実数とする.ただし b は借り入れられる資金の限界を表す非負の実数である.

初期保有 (現在持っている財の量の組合せ) は点 (0, w) とする.つまり,子供は持たないが「お金」を w だけ保有している状態だ.この点は「現状」であり,可能な消費量の組合せなので,とうぜん消費集合上にある.

「この子供にたいするこの消費者の評価額は v である」,つまり「この消費者がこの子供を v だけ評価する」とは,初期保有 (0, w) と (1, w-v) とが無差別 (同じ効用) ということと理解できる.その子供を獲得するために,お金を v までなら取り崩しても構わないというわけだ.ひとつの問題は,点 (1, w-v) が消費集合上にあるかどうかだ.異論も多少あるかもしれないが,「選好は消費集合上で定義される」ということを受け入れれば,とうぜん (1, w-v) も消費集合上にあると考えられる.初期保有との比較ができている以上,その点は消費集合上にあると考えられるわけだ. (1, w-v) が消費集合上にあるとなれば,上記 3 の消費集合を考えたばあい,w-v ≧ -b つまり v ≦ w+b となり,評価額 v は得られる資金 w+ b に自動的に収まることになる.この消費集合は三原の解釈をサポートする一方,Che and Gale 流の評価額と資金制約の分離はサポートしない.

それでは消費集合 1 または 2 ならどうか.ここで「消費集合」の解釈を思い出そう.ボクがまず思い出すのは,ハーヴィッツ (Leonid Hurwicz; メカニズム・デザインの創始者) が授業のときに言っていた解釈だ.彼によれば,消費集合に属する点はいずれもその消費者が生きて行けるようなものでなければならないという.上記 1または 2 の消費集合を考えた場合,消費集合上にありながら,-b の水平線より下の点,すなわち借り入れオーバーの点が存在する.これら借り入れオーバーの,ありえない組合せは,(若干論理のギャップはあるかもしれないが)「生きて行けない」と言っていいのでないか.よってこれらの消費集合を考えることは不適切となる.Che and Gale 流の評価額と資金制約の分離はサポートできないことになる.

ハーヴィッツの解釈の「呪い」に取り憑かれた「ハーヴィッツの捕囚」であることを止めなければ,Che and Gale に希望はない.ここでボクが思い出すのがオーディシュック (Peter C. Ordeshook; 実証政治理論の大物) の授業だ.彼はあるゲーム (正確にはゲームフォーム) を黒板に描くときに, 表の中に "death" (死) と書き込んだのだ! 「死」というのは,まさに生きて行けない状況だ.しかしたしかに考えることはできる.消費集合で言えば,生きて行けないような消費点を考えること自体にそれほど問題ないかもしれない.以下ではこの極端な立場をやや弱めた立場を取る.すなわち消費者自身は (1, w-v) で生きて行けると思っているが,それを実現するほどの借り入れはできない状況を考える.そういう状況を考えることはできるという立場を取る.「主観的には生きて行けるが客観的には生きて行けない (ありえない) 状況」と言えるかもしれない.図はこの状況を描いたものだ.

solomon0609.jpg

極端に借り入れが大きい状況は主観的にも死を意味するので消費集合から除かれる.それが借り入れが B を超える部分 (-B の水平線より下の部分) だ.一方で,この消費者は主観的には (1, w-v) で生きて行けるので,w-v ≧ -B,つまりその点が -B の水平線以上の位置にあることになる.他方, (1, w-v) が -b より下にあるのは,借り入れがオーバーしている「客観的に死んだ」状況だ.初期保有点,そして (1, -b) と (1, w) を結ぶ線分が赤くなっているのはオファーカーブ (価格をいろいろ変えていったときの,最適消費点の軌跡) を表している.(以下,ネコの子供であったとしても,特定のネコに価格がつくのは納得がいかない読者もいるだろうが,そこは我慢してもらう.) 子供の価格がなんであれ,価格線 (予算制約線) は初期保有点を通ることに注意して欲しい.価格が 0 ならば (1, w) を消費者は選ぶだろう.価格がゼロから上がるにつれて,(1, w) と (1, -b) を結ぶ線分と価格線の交点で与えられる最適点は下がって行く.価格が w+b に一致したとき最適点は (1, -b) となる.価格がそれを超えれば,借り入れ限度額 b を超えるため c=1 上の点を選ぶことはできない.よってc=0 上かつ予算線上で最も望ましい初期保有 (0, w) を選ぶことになる.図は価格が評価額 v に一致したときの価格線を描いたもので,青緑に塗った部分は c の値が 0 か 1 しかありえないことを無視したときの予算集合である.言い換えれば -b は予算集合の最低ラインを表していると考えられる.

いま,図よりも傾きの絶対値がやや小さな予算線を考えると,それは価格が評価額 v よりもやや小さい状況に対応する.子供は評価額以下なのに,手に入れるためには限度額 b を超える借り入れをしなければならないため,じっさいには手に入れられない状況を表現している.Che and Gale 流の評価額と資金制約の分離が実現したと言えるだろう.

まとめると,消費集合 1 と 2, 特に 2 は Che and Gale の分離をサポートする.その際,消費集合上の点は客観的生存を要求するという解釈は取らない.一方,消費集合 3 は三原の解釈をサポートすることになる.w+b という資金制約に直面する合理的な消費者が,その制約を超えた評価額 v をつけるものかどうか. Che and Gale のように,明確に yes と言えるだろうか? (彼らの挙げた例のひとつである購買担当部署に部外から予算を割り当てるような状況ならほぼ明確に yes と言えるかもしれない.しかし,ソロモンに訴え出たふたりの女のような,生存が問題になりそうな状況はどうだろうなあ.)

追記 (4/14/2007). 「林貴志『ミクロ経済学』」という紹介記事も参照.その本では,準線形選好の議論がすっきりと展開されている.

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【2006/09/15 14:42 】
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