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自分のタイプを知るのにコストがかかる "multi-party computation games"

ある学部が新しい教員を採用しようとしているとする.論文リストなどにもとづく前段階の評価で,候補者はふたりに絞られた.5人からなる採用委員会の過半数3人以上が支持する候補者が選出されるとする.各委員は絞られたふたりの候補者の提出論文を読むように言われた.提出論文を丁寧に読むのは面倒だ! しかし,この学部にふさわしい優秀な候補者を選ぶという目的は委員に共有されているはずだ.そうならば,自分ひとりがいい加減な評価を下したところで影響はないだろう.つまりほかの委員の努力にただ乗りすればいい.みんながそう考えた結果,論文リストはすばらしいが論文の中身はあまりない,見かけ倒しの候補者が選ばれてしまった!

このシチュエーションは,以下のペーパーが "multi-party computation games" (複数関係者計算ゲーム) とよぶ状況の例である.(著者らの要約が,関連分野の研究者も見落としてしまいそうな要約になっているのが少し難点.)

Rann Smorodinsky and Moshe Tennenholtz, Overcoming free riding in multi-party computations--The anonymous case, Games and Economic Behavior, Volume 55, 2006, Pages 385-406.

社会選択やメカニズムデザインのありがちな設定では,各人はタイプ (通常は選好) を持っていて (かつはじめからそれを知っている),自分のタイプから見て望ましい結果を実現しようと躍起になるのが普通だ.ところが multi-party computation game では結果の望ましさにたいする意見の対立が問題ではない.(その意味では「正しい」選択肢を選ぼうとする「コンドルセの陪審定理」の状況に似ている.) それ以前の段階ともいえるかもしれない,自分のタイプを知るためにコストがかかるところがポイントだ.(上の例で委員のタイプは,残りの候補者ふたりのどちらを支持するかという選好をふくむ.) どういうふうにルールをつくれば,各人がそのコストを自発的に支払ってまでも自分のタイプを知ろうとするようにできるか,というのが問題だ.この種の状況は分散型計算 (distributed computing) ではありがちなものらしく,このペーパーはまちがいなくコンピュータサイエンスの影響を強く受けている.

教員採用の例に戻ろう.いま,論文を読むコストの低い3人から意見が集まったとする.どちらの候補者が望ましいかについて,もしこの3人の意見が一致していれば,この段階で決定を下すことができる.ほかの2人の意見は少数というわけで,彼らに論文を読むための努力をしてもらう必要はもはやない.たが,もし最初の3人の意見が一致していなければ,残りの2人の委員の意見が重要になって来る.この段階で意見を求められた委員は,いっせいに5人の委員に意見を聞かれた状況に比べて,自分の意見が結果を大きく左右することが分かる.一歩すすめて,たとえば 4人目の委員の意見を聞いた結果,支持する候補者が2対2に分かれた状況を考えよう.この状況では5人目の委員の意見によって採用者が決まる (その委員が pivotal になっている) ということだから,その委員はきちんと論文を読むインセンティブが高まる.

このように自分のタイプを知るためのコストが低い委員から順に意見を求めて行く方式は,ある望ましい性質を持ってるようだ.この方式のバリエーションとして,たとえば

  • どういう順序で意見を集めるか (たとえば3人の委員からの意見がすでに集まったとして,次に4人目の意見を求めるときに誰に聞くか),
  • どういう情報を伝えるか (たとえば3人の委員からの意見がすでに集まったとして,次に4人目の意見を求めるときに,それまでの集計結果をどのように伝えるべきか)

をいろいろ変えたルールを考えることもできるわけだ.

このペーパーのあつかう状況はいろいろな分野と関係ありそうだ.参照したペーパーの Section 4 にも関連文献がかなり挙げられている.

Multi-party computation games の変種としては,各エージョンが他のエージェントには計算結果を知らせずに自分だけ計算結果を知りたい状況や,自分のタイプをほかのエージェントに漏らすことなく計算結果だけ知りたい状況などがあるようだ.(たとえばテレビスタジオに集まった女子大生のなかの非処女の数を集計して掲示するシステムは,どの子が非処女か本人たちや視聴者には分からないようになっていたなあ.ああいう感じか.ま,全員が非処女ボタンを押せば分かるから,それを期待しつつ見ていた記憶がある.もっとも本人の申告による情報だから過剰な期待はしなかったが.) 情報セキュリティ分野もゲーム理論の進出の余地があるということか.

Section 4 にあるもの以外にも教育市場のシグナリング (教育を受けるという努力を払うことにより,自分の能力をしめすかどうか) なんかにも共通する部分があるかもしれない.おなじみのように見えて,じつは新しい問題設定になっている (ホントか?) ところがいいのだろうな.

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【2006/04/29 21:01 】
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