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北海道千嶋国紗那郡紗那村にいた先祖

「この北海道の地名って千鳥岡って読むのか? その次のは沙那か? どのあたりなんだ?」

判読するのがむずかしそうに思えたが,その文字が千島国紗那郡紗那村 (しゃな) を表していることはすぐ分かった.ボクの祖母キヨの出生地らしい.少なくとも確実に言えるのは,その祖母の母親 (池田) スシが北海道千嶋国紗那郡紗那村74番地を本籍地としていた池田甚吾とテイの長女であるということだ.どういうところか知らないひとは,ウィキペディアで,「千島国」「紗那郡」「紗那村」を調べるといい.(わざわざ調べるひとがいるだろうか? ぜったいにいると確信している.) 北海道庁のサイトにも以下の記述がある:

  • 1880年(明治13年)には、新しい行政組織のもと、色丹、国後、択捉の3島に村役場が置かれました。
  • 明治20年代には、中心産業が狩猟から漁業へと移り、サケ、マス、かになどの北洋漁業へと、発展していきました。
  • また、国後、択捉両島にも道路網が整備され、郵便局、駅逓も置かれました。さらに、島と北海道を結ぶ定期航路が開設され、電信も開通するなど、島民生活の安定が図られました。

さらに別の記述では,四島では明治 8 年頃から私塾ができ,同 13 年には国後島泊村と択捉島紗那に小学校が設けられ,択捉島には1897年 (明治30年) に「紗那支庁」が設けられたそうだ.支庁ができた3年後の 1900 年に紗那で生まれたのが祖母キヨだ.祖母は国後島 (クナシリ) ではなくて択捉島 (エトロフ) 出身だったようだ.いったい択捉島で何人目の赤ちゃんだったんだろう?

この話は今週,三豊市役所で取って来た先祖の除籍謄本のことだ.道路も狭くて「市」だなんてとうてい思えない牧歌的なその町は,明治以来たいして風景も変わっていないはずだ.だが,最初に請求した謄本は「もう80年以上経っていますから,廃棄されたようです」とのこと.「この土地も明治時代は済んだのだな」と感じた瞬間だ.しかし,いくら廃棄していいという法律があるからといって,普通はそう簡単には廃棄していないはずだ.とりあえず他の二人分の除籍謄本を取った.ちゃんと明治初期のも出て来るじゃないか.(明治時代のデータまで電子化 [画像だけど] が済んでいるのは,仕事の少ない田舎の強みか?) もう一度最初のを請求したら,本籍地変更で番地が見にくい状態だった謄本を発見してくれた.択捉生まれと思われる祖母キヨの出生時の本籍は香川県三豊郡詫間村大字詫間の安藤家 (詫間は安藤さんだらけの感じがする) で,曾祖母スシもその直前にそこに入籍していた.

そう,ボクの先祖はまぎれもなく北方領土にいたのだ.そういえば祖父は満州国の奉天 (いまの瀋陽) のヤマトホテルで働いていたことがある.むかしのひとは新領土 (新天地?) が好きだったのだろうか.ボクも北方領土とたいして冬の厳しさの変わらないかもしれないミネソタにいたことがある.ボクの家系は新領土が好きということかも.ただ,祖先が行ったところは事実上日本ではなくなってしまったが,ボクが行ったところはもともと日本ではなかった.

覚え書きとして,戸籍から分かることやいくつかの疑問を列挙しておく.詳しい方のコメントを歓迎する.

  • 1900年当時,択捉に住む日本人はまだ少なかった.なんで祖母の父安藤清太郎は長男なのに択捉に行ったのか (もし行ったとしたら).(択捉に行くようなひとは農業よりも水産業を考えていたのだろうから,長男であっても行ったのかな.) 択捉に移住者が多いなど,詫間と択捉は関係があったのか.
  • 安藤清太郎と (池田) スシの婚姻と祖母キヨの出生は同じ日.ただし,出生届けは数日後.これらはどこの役所に届けたのか? スシの婚姻については,香川の安藤家の戸籍に「婚姻届出同日受附入籍」とあって「発送」とはないから香川で届けたのだろうか? それとも婚姻のときは「発送」とは書かないのか? 一方で,数日後の出生届では同じ戸籍謄本に「明治参拾参年六月拾壱日出生届出同日北海道千嶋国紗那郡紗那村外二ヶ村戸籍吏岩波常量 (岩波常素?) 受附同日届書発送同年七月拾?日受附」とある.択捉で届け出たのだろう.
  • 婚姻と子供の出生が同じ日であることに特別な理由はあるか.当時,ひとびとが戸籍の変更をいちいち届けるインセンティブはあったのか.本当の居住地を届けていたのか.
  • 清太郎は婚姻後一年半後の 1902 年に死亡.キヨは安藤家以外の家の養子になった.その後スシは安藤家から除籍になって択捉に籍を戻している.だとするとやはりキヨは清太郎の実の娘ではなかったのかもしれない.

追加キーワード: 家系図,先祖調査,ルーツ.

関連記事「択捉の前,日本橋の前はどこ?」も参照.

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【2006/03/16 10:38 】
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