スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】
| スポンサー広告 | コメント(-) | トラックバック(-) |
構造と意味: 公理とそのコンテクスト

最近,公平配分にかんする担当科目の単位数を2単位から4単位 (2単位×2科目) にすることを希望として出した.研究科開設当初から 4単位を主張していたのだが,「一科目あたりの単位数は2単位」というよくわからない理由でこれまでは認められなかった.来年度以降,2単位科目を複数担当する教員が増える.今度は認められるのではないか.

もし4単位になれば,もう少し新しい話題を取り入れたりして内容を充実させることができるかもしれない.たとえば Moulin (2000 Econometrica) Priority rules and rationing methods の Section 5 にある Theorem 1 を内容にふくめようかどうしようかなどと考えている.非分割財のケースで,優先順位による配分方法を特徴づけた定理である.その話を書いてもいいんだが,費用配分の公理的分析について次の少し妙な問題があるので,そちらを書こう.

3人でみかんを3個,5個,7個ずつ買うことになった.単なる客寄せか利益の地元還元か何なのかは知らないが,3人のグループで買えば10個まではタダで,11個目からは1個につき100円であるという.各自は何円ずつ払えばいいか? Moulin と Shenker の提案した serial cost sharing にしたがえば,それぞれ 0円,150円,350円となる.3個しか要求しないひとは何も払わないことになっている.

3人でメロンを作ることになった.仕事の投入量は,3, 5, 7 単位である.投入した仕事の最初の 10 単位はペーパーワークなどに浪費されてメロン生産にはつながらず,それ以降の1単位につき100個づつ生産できるという.各自は生産された 500個 (メロン現物でなくて換金したものでも同じこと) を何個づつにわければいいか? 特に,3単位しか仕事を投入しなかったひとには何個のメロンを与えればいいだろうか?

1つ目の問題は費用関数が C(z)=100 max{0, z-10} (z はみかんの個数)で,
2つ目の問題は生産関数が F(z)=100 max{0, z-10} (z は仕事の投入量) で表される.構造的にはまったく同じ問題である.前者では 3 個しかみかんを要求しなかったひとは支払いを要求されないのが自然で,後者では3単位しか仕事をしなかったひとがメロンをもらえないのは不自然ということになっている.読者も同感だろうか? それとも両方の問題はやはり同じように扱うべきだと考えるだろうか?

最初の問題で,3個しか要求しない人は何も支払わなくていいという条件を詳しく見てみよう.これは各人 i が払うべき額 yi はたかだか (n 人いる) 全員がそのひとと同じ要求 xi をしたときに払う額を人数で割った額に等しいという条件 (Unanimity Upper Bound: yi =< C(nxi)/n) から来る.上記の問題では,全員が3個のみかんを要求すればぜんぶで 9 個になりタダだから,もともと3個しか要求しなかったひとは何も払う必要がないことになる.なお,この条件は限界費用が増加する費用関数を想定している.

Serial cost sharing は,この Unanimity Upper Bound などの条件を満たすように作られたコスト分担方法である.Unanimity Upper Bound という公理を見て,ボクは「こんなのでも公理になるのか」と直感的に思ったが,まあ,「みんなの××が同じであれば」という操作は公理を作るときの常套手段であるからいいだろう.同僚が問題なく受け取れるようなものも,健康などの理由であまり求めもせずに生きて来た自分である (たとえばいまの大学に就職してからの海外渡航回数は2回のみ).もしかしたら,自分のかかわるなんらかの交渉に使える日が来るかもしれない.それより注目すべきは,それによってできた公理が,コンテクストによって自然なものになったり,そうでなくなったりする例になっていることだ.

世界は構造だけでなくて意味も持っているということかも?

スポンサーサイト
【2005/11/26 06:38 】
| 社会科学 | コメント(0) | トラックバック(0) |
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。