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五色台の神隠し
こんなことってよくあるんだろうか.ボクもときどき訪れる五色台で大西有紀ちゃんという5歳の少女が消え,一ヶ月経っても見つかっていない.閉じ込められてしまうような建物もほとんどないあの小さな山で見つからないというのは,本当に不思議で気になる.

五色台は心霊スポットとしても有名だ.視界数メートルの濃い霧の中をドライブしたことがある.そのままちがう世界に抜けてしまいそうな幻想的な道だった.こんな事件があると神隠しってホントにあるんじゃないかという気がしてくる.少女はどこに隠れているんだろうか.
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【2005/05/29 20:25 】
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かなりアカデミックな (?) 同志社大学文化情報学部
元民主党代表の鳩山由紀夫氏が客員教授をやるというニュースに釣られて,同志社大学文化情報学部というところのサイトに行ってみた.「また,しょうもない文理融合の学部かしらん」という期待を抱いてのサイト訪問だったが,これが意外とハマる内容を持っていた.期待は (いまのところ) 心地よく裏切られた形だ.

どうやら「データサイエンス」という分野 (?) をコアにしているらしく,統計学・情報科学・言語学の手法を言語や文化や社会現象といった対象に押し進めた感じだ.社会科学系の学生だったら大学院でしかやらないような,極めて玄人的なデータ解析なんかもやるようだ.「Microsoft Excel できるだけで博士号がもらえてしまう」社会科学系大学院修了者 (特に実証研究するひとたち) は真っ青だろう.「学部でそんな専門的なことをやるな!」という批判 (ねたみ) が聞こえて来そうなプログラムだ.既存の経済学部の一部教員が社会工学系のプログラムを批判するときの,例の論理だ.

「統計学」や「言語学」はもとより,使い古された「情報科学」という単語でそんなに心躍るひとはいないだろう.ところが「データサイエンス」としてそれなりの中身も備えた上で提示されると,なんだかワクワクさせられるものがある.さすが私立は宣伝もうまいな.(誤解を避けるため,ゲーム理論を知る自分には統計学の魅力はかなり限定されることを補足しておく.ゲーム理論では,過去のデータはそのままでは未来には当てはまらない---少なくとも理論抜きでは未来は分からない---と考える.)

やや残念なのは,将来活躍できる場所として,「企業,中央官庁,地方公共団体などあらゆる分野」が挙がっていることだ.これはもっとアカデミズムを前面に出したほうがいいんでは.ボクの思うに,この学部は大学院で他分野の研究に進むのにひじょうに適した学部である気がするのだ.

追記.そういえばプログラムの焦点はやや暈けるものの,筑波大学の図書館情報専門学群という先行プログラムがあった.こちらもそうとうマニアックなところで,図書館司書養成のイメージが強すぎて見落としていた.この「図書館」というきつい言葉が,学生集めにプラスにもマイナスにもかなり効いてるんだろうな.
【2005/05/27 20:34 】
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没にする可能性があるなら最初に言え: 学外講演そして平成香川大学年次要覧
わが大学の広報センターが,学外への出前講義や講演の一覧を web に掲載した.地域貢献ということらしい.数ヶ月前に教員に呼びかけてテーマを募集したものだ.案の定,応募が少なくて再募集があったので,親切な私は協力するために3つテーマを提出した.

で,結果はすべて没.規定上没は存在しないはずなのに,私の申し出た講演はいずれも掲載されなかった.単なる事務上のミスか.それともなにか理由があって掲載しないことになったのか.広報センターがなにも連絡してこないので,私には知る由もない.もし後者であれば約束違反だし,わざわざ協力しようとした教員にたいして失礼な話だ.没になることに文句があるのではない.没になる可能性があるならば,はじめからそう言ってもらえればよかったのだ.始めからそう言ってもらえれば,わざわざあんなひどい様式に記入したりする無駄骨を折らずに済んだはずだ.

そういえば広報センターの属する企画情報課は,年次要覧とやらの原稿を提出せよとうるさい.平成香川大学の研究教育活動の一覧のようで,これまた極めて醜い Excel のフォームにくだらない情報を入力することが全教員に求められている.もともと3月末の締め切りだったのが提出者不足で4月末に延ばされ,5月も終わりに近い現在 (企画情報課のしつこさに折れて) かなりの教員が原稿を提出してしまったらしい.わが研究科はさすがに提出者ほぼゼロということだが,学部によっては3分の2以上の教員がすでに提出したという.よほど暇人が多い学部なんだろう.そんな暇があるなら,どこかの大学教員みたいにブログでも作って子離れできない大手建設会社の重役からかかって来た電話の話とか研究室で男子学生にピンクのナース服の女装をさせた話 でも書いていた方が読者もいるし,世のためというものだ.(服の指定はなかったかも.しかしナースのは目的がよく分からん行為だ.ま,単純に純粋に女装が見たかっただけなんだろうな.ボクも女子学生にナースの格好でもさせてみるか.)

ところでどういう講演テーマを提出したのかって? ひとに言うほどのものではございませんよ.応募が少なくて困っていた広報センターを助けるため,あくまでも善意で申し出ただけだから.まあ,もったいぶるのはやめて,記録のために残しておくか:


研究成果の地域への還元活動調査

テーマ及び講演内容
テーマ ますます衰退する平成香川大学経済学部
内容 つぎつぎと人材が流出する経済学部.これでまともな経済学教育はできるのか.もと経済学部教員が客観的に語る.
対象者 高校生,予備校生,高校教員など
講演可能時期 相談可
必要とする条件、その他事項 22:00 から翌日4:00 の間.講演料は一時間あたり100万円以上を条件.

テーマ及び講演内容
テーマ 平成香川大学地域マネジメント研究科は存続すべきか?
内容 答はノーだ.そもそも必要ではなかったこの研究科がどうしてできたのか,隠された真実を暴き,本当のビジネススクールの教育にとって必要な条件を探る.
対象者 企業人と公共団体職員
講演可能時期 相談可
必要とする条件、その他事項 22:00 から翌日4:00 の間.講演料は一時間あたり100万円以上を条件.

テーマ及び講演内容
テーマ 曰月 (いわくつき) 教育学部教授問題と学問の自由
内容 [独自の人間行動学学説に基づいた「療法」を施した女性への] 準強制猥褻で逮捕された曰月教授の処分問題は,研究者の関心の的である.このような事例があるたびに安易に教員を大学から追放すれば,社会的に「危険な」領域にかかわろうとする勇気ある研究の進展は阻害され,学問は常識を打ち破る役目を果たせなくなる.
対象者 高校生,予備校生,高校教員,一般人
講演可能時期 相談可
必要とする条件、その他事項 22:00 から翌日4:00 の間.講演料は一時間あたり100万円以上を条件.


【2005/05/26 20:14 】
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夜の授業での学生たちとの平凡な会話
5月24日火曜日は夜の授業だった.物品請求システムを使って図書5冊の注文を35分 (書籍を選ぶ時間はふくまない) もかけて入力した後だった.遅すぎて使い物にならない.頭に来る.遅刻も多かった.やりにくい.だが,学生が二人,三人,四人と増えるにつれ,沈んだ気持ちも消えて行った.四人目に来た子がたまたまタイプだったからというわけではない.

休み時間.

授業も終わりに近づき (前期前半の授業) やや余裕があったので,休み時間を少し長く取った.学生たちは久しぶりに猥談などをやっている.デパート勤めの女子学生は知り合いの代わりに明日はラウンジに稼ぎに行くと.そういえば昼間歯医者で働いてるというスナックのお姉さんが高松にはいたなあ.デパート勤めが飲み屋でバイトしていいのか.時給6千円? いや,一晩数時間働いてその額だったか? パチンコ屋勤めの男性学生は「いいなあ,女は.かんたんに稼げて.」「ゲイバーでも就職したら」とボク.「行けるんじゃない?」とデパート接客.パチンコ屋「せんせい,客になって来てくれますか? 吸ってあげますよ.」「いや,やめとく」とボク.そういえば今日の授業で男女の (2部グラフの) マッチングではなくて,ホモとかレズがいるばあいのマッチングが出ていたなあ.

パチンコ屋「[デパート接客ガール]のところに行ってやらないんですか?」デパート接客「お酒,飲めないんですか?」ボク「いくらでも飲めるんだが.たいしたことできないでしょ,ラウンジって.」「フーゾクがいいんですか.」「何飲みますか?」「カシス.あんまりないんだよね,このへんのスナックなんか.だから行かないなあ,飲み屋もフーゾクも.」「えーっ! カシスはガキですよ.」学生たちは風俗店の固有名詞を次々と出してくる.接客もにやにや笑っている.なんでお前はそんなに知ってるんだ.それらの固有名詞はボクには分からない.街中の店はフーゾクに限らずほとんど知らないからなあ.

「せんせい,休みとか何してるんですか? 趣味はなんですか?」趣味ねえ.昔は詩を書いたりパイプオルガンを聴いたりしたものだが.いまは忙しくてねえ.そもそも学者って研究が趣味だろ.「趣味はない.いや,インタネットやったりするか.強いて言えばそれが趣味かな.」「ほとんど 2 ちゃんねらーですね.」「休日は普段とあんまり変わらない.仕事してるよ.学期中は大学の雑用と授業の準備がほとんど.」最近だったら,シラバスに挙げた離散数学やアルゴリズムの参考書とか読んだり.ほんとは研究しなきゃいけないんだけどね.ボクのばあい,研究 (アウトプット) のほとんどは長期休暇中にやって来たのだ.

「勉強することがないんじゃないですか?」ばかな.学者の仕事わかってないなあ.自分の専門分野だけでもつぎから次へと論文が生産されて,読みたい論文のごく一部を読むだけでもやっとなんだぞ.だいたい研究が趣味という (だけでなく他のものを犠牲にしてもその趣味を追求する) 仕事中毒がうようよいる世界だ.同じ研究科の同僚にも平日も休日も毎日15時間仕事して論文ぼんぼん書いている人もいるし.日本の平凡な大学に勤務する学者が国際学会で忘れられないていどに仕事を続けるだけでも並大抵のことではない.(ボクのばあい忘れられる以前の問題として,あまり覚えられていないという問題もあるが,それはやってることが特殊だという事情も少しある.)

専門外のことでも勉強したいことはいくらでもある.韓国語 (十年以上前からやりたいと思っていて手を付けられないでいる),プログラミング (去年修士論文指導でちょっとだけやった),コンピュータ・サイエンス (たんなる興味),フェミニスト理論 (新たな展開を助けてやりたい) あたりに関心はあるんだが,仕事をクビになって十年くらい無職にでもならないかぎり本格的には勉強できそうもない.

休み時間おわり.

五人目に現れた学生は就職活動をしに遠方に行って来た足でそのまま授業に出て来た.その子が,スカートを少しめくりあげてパンストの上から太ももを掻いたのをボクは見逃さなかった.パンストが蒸れてるんだろうか,痒そうだ.思わず「おい」と言うと,少女のような笑みを浮かべてスカートの裾を戻した.そういうこと平気でできるようだとおばさんへの道をつきすすむぞ.まあ,平気でやるというのはボクが男 (恋愛対象になるような相手) と思われていないのだろう.残念だ.もっとムードあるときにやってくれたら,うれしかったかもしれないが.

さて,遅れた女子学生にはもう帰りたいというのを引き留めて授業後大急ぎで前半の補講を個人教授した.普通の授業よりもよく分かったとか.

授業おわり.

ひさしぶりに街中に行って,そば屋でジンギスカンを食べた.高松ではほかにジンギスカン料理を出すところを知らない.ラムはまずくはなかったけど,鍋が小さいし,ろうそくみたいな固形燃料の火力も弱くてやや期待はずれだった.

【2005/05/25 23:09 】
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大学としてふさわしくない削除対象ページの一覧を作ったら?
教員の個人ホームページに載せるべき内容を大学が指定するようになった日」の続き.

新規定ではホームページの削除にかんする項目も以前より充実してきた.「本学としてふさわしくない内容であると認めた場合には、広報委員会は該当管理運営者に削除を指示する」んだって.猶予期間の規程や,異議申し立ての項目まで出来てるぞ.

どうせそこまでやるなら,削除対象の記述と削除理由を一覧にして大学公式ホームページに掲載してはどうだ? わたしもどういう内容が平成香川大学にふさわしくないのか興味があるし.おっと,そういう自分も削除対象になるかもなあ.そのときはわたしもささやかながら,「平凡助教授のこのページのこの記述がこういう理由で問題になったので,平成香川大学の広報委員会の指示に従って削除しました」と人知れず密かに書きまくるなどして,大いに協力してあげようじゃないの.約束はしないけどね.

だいたい,この大学には私の (平成香川大学 Web 上の) 個人ページが大学にふさわしくないなどといちゃもんをつけて大学当局に圧力をかける教員がいる.言論にたいして実力行使で対抗してくるわけだ.そのふさわしくない理由が,「出版予定の書籍のタイトルが女性蔑視で気に喰わない」などという勝手な理由だから困ったものだ.(ひとの表現を「教育的観点から問題」とか言いやがって.ここは大学だぜ.教育的観点から問題なのは,言葉狩りを求めるお前だろうが,ボケ! あんたの嫌がらせのせいで自分は精神的苦痛をどれだけ受けたことか!)

すごく初歩的なことから言えば,「文献を引用するときは,そのタイトルが気に喰わないからといって勝手に変えることは許されない」という学術の基本ルールもわきまえないアホ教員だよな,まったく.

さらに言えば,自分はその表現は女性蔑視とは関係ないと思うし,仮に女性蔑視の表現だとしてなにが悪いのだ.女性蔑視の表現をいっさい大学ホームページから排除して,そういうものは社会に存在しない振りをするのがいいのか.そんなことをしたら,女性学やってるフェミニストおばさんたちやお姉さんたちは困るんじゃないか.「女性はこのような言葉で蔑視されて来ました」って例が挙げられなくなるからね.

もしかして,大学教員が作品中で「自分自身がほれほれこういう具合に女性蔑視をしていますよ」というスタンスを取るのがいけないのか.たとえばセクハラ委員に当たった私が「セクハラの相談に乗るのイヤだなあ.相談して来た女子学生に乗るのならいいけどなあ.おっぱいもみもみできたらいいなあ」と書いたら,あんたは私が書いた通りのことを私個人が本気で思っていると決めつけるのか.だとしたら,あんたはそうとう想像力が弱い.文章の解釈はひとつとは限らない.私がそう書く目的は,セクハラ委員という制度の持つひとつの弱さを指摘するためであり,私個人の思いを伝えることにあるのではない. セクハラ委員の問題点はフェミニスト女性学者も指摘するところであり,同じ主張にフレッシュな表現を与えただけだ.少なくともそういう解釈は可能だ.一般論として,作品のなかの登場人物と作者とは同一人物ではないので,そこを混同してはいけない.フィクション以外でも,自分の反対する立場に立ってある主張を徹底的に行い,そのおかしさを際立たせるレトリックはひじょうによく使われている.

広報委員会が,レトリックも分からないで安易に言葉狩りを求めるような,非文化的な困った連中に引きずり回されなければいいのだが.
【2005/05/25 22:49 】
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教員の個人ページに載せる内容を大学が指示するようになった日
さて,わが大学の web サーバー利用規程が変更になった.(そういえば大学名を決めていなかったな.大学法人 平成香川大学ということにしておこう.平成女学園も香川大学も高松市内に実在するから,それらを適当に混ぜた名前にでも.と思って調べたら平成女学園ってのは高松にはなさそうだ.まあいいか.) 新規定は市内にある香川大学の 16 年度の規程 (これ自体,変わるという話だが) を少し変えた感じになる.たとえば以下のような新規程がある:


第4(掲載情報) 公式ホームページ及び個人ホームページに掲載できる情報は、本学における教育研究、地域貢献及び大学法人平成香川大学の運営等活動状況を公開するにふさわしいもので、適切性、正確性及び最新性に配慮し、例えば以下の各号に掲げるものとする。
 (1) 大学法人の運営に関する情報
 (2) 本学及び部局の概要に関する情報
 (3) 本学の教育研究活動に関する情報
 (4) 本学学生の学習研究活動、課外活動に関する情報
 (5) 入学者選抜に関する情報
 (6) 本学が主催する行事に関する情報
 (7) その他委員会が必要と認める情報



以前の規程では「公式ホームページに掲載できる情報は、本学における……」と始まっていた.今回,個人ホームページがこの条項に追加されたところが新しい.旧規程を制定したときの初期の案では,(大学や学部による) 公式ページと(教員や学生による) 個人ページとを区別せずに,公式ページが扱うような内容を大学すべての web ページが提供することになっていた.これは組織の提供する情報と個人の提供する情報をごっちゃにした妙な話であり,学問の自由にも反するので個人ページを区別したのだ.新規程はその教訓を忘れて制定されてしまったようだ.

そもそも,大学が学術や教養や芸術の場である限りその対象は限定できないはずなのに,教員や学生が載せるべき内容を大学が指示するという事態はおかしい.個人ホームページに掲載する内容が旧規程に言及されていなかったのは,同規程の趣旨にもある「あらゆる見解や表現の自由を保障する」ためだ.そのことも認識せずにこのような変更を行うとは,無責任もはなはだしい.

仮に新規程が有効性を持つとすると,今度は大学や学部の提供する公式ホームページ自体が新規程からいろいろ逸脱しているように思えて来る.(まあ,上記の条項に掲載情報として挙がっている7項目はそこにも書かれているように「例示」に過ぎないということだろう.しかし,公式ページが「例示」を逸脱している以上,個人ページが「例示」を逸脱するのを責めるのは恣意的というものだろう.) たとえば,以下のような項目はさっさと (委員会で決めて新規定により7日以内に) 公式ページから削除しないとまずくないか.

●本学とはかかわりのない経歴
たとえば研究者総覧に載っている経歴は平成香川大学とは無関係で,研究者個人にしか属さないものがある.過去の履歴であっても,将来または現在の平成香川大学における研究教育活動と密接に関係するものもあるだろうが,規程に厳密に従えばそれらも掲載すべき対象にはならないだろう.

●本学以外における教育研究活動
まずは規程にしたがって,教員の学外の学術ジャーナルや学会での論文発表,過去(あるいは現在) の職場や非常勤講師をした大学での教育研究活動,学会その他教員が自らかかわった団体における講演活動などの情報を公式ページから削除すべきだ.(7日プラスちょっとで.) ただし例外がある.同条項に「本学における教育研究、地域貢献及び国立大学法人平成香川大学の運営等活動状況」を掲載できるとあるからだ.大学以外での活動でも,「地域貢献」ならば掲載していいのだ.(しかしねえ,あんた,世界で見れる Web への掲載を問題にしてるときになんでわざわざ地域限定するの…….しかも県立でも市立でもない大学じゃなかったっけ.) 地域貢献にならない人類への貢献の類いは掲載対象ではないので,公式ページから削除した方がいいだろう.「われわれは過去と分断されて存在しているわけでも平成香川大学のためだけに活動しているわけでもない」とか「講演など学外での活動について知りたいホームページ訪問者に,同時に平成香川大学での活動についても知る機会を与え,いい宣伝にもなるはずだ」といった意見は,新規定ではばっさりと切り捨てられることになる.

●啓蒙・論評活動
公式ページではたいしたことはやっていないが,掲載されているメールマガジンなんかで少しはやっている.それらのうち平成香川大学にかんする部分以外は,公式ページから姿が消えなければ新規程に反するだろう.公式ページはそれでも構わない.啓蒙も論評もしないのは大学として無責任かもしれないが,大学が統一見解を持つことはあまりない.意見の類いは個人ページでやればよい……だが,それが想定されていないのが新規定だ.

いろいろな形で積極的に情報を公開することは大学の社会的責任を果たす上でも欠かせない.ごくわずかな研究者しか読まないジャーナルへの論文発表だけでは,この責任をじゅうぶんに果たせないのだ.書籍や月刊誌エッセイやwebページなど,いろいろな媒体を使ってこそ,幅広い人々に啓蒙できる.ところが新規定によれば,平成香川大学の web に掲載出来る内容はきわめて限定されているのだ.啓蒙や論評での対象は平成香川大学とそこでの教育研究活動に限定されている.これでは社会的責任をじゅうぶん果たせない.

新規程によれば,平成香川大学の問題点についての論評は (平成香川大学にかんするものだから) 載せるのはよくて,国立大学法人一般や教育機関一般 (さらには官僚組織一般,政府の存在の害悪など) についての問題点の論評は載せられるのかどうか不明になっている.社会科学者としてひとこといえば,自分は平成香川大学という一機関にだけ関心があるわけではないし,仮に平成香川大学について書くにしても,より大きな対象をひとくくりに書いた方が客観的にも書けるというものだ.

掲載出来る材料を現在取り組んでいる研究・教育テーマ,あるいは過去に平成香川大学で取り組んだテーマに限定しないで欲しい.教員が現在考えていることは将来,平成香川大学での研究教育活動に取り込まれる可能性がある.(私のばあい,毎年のように自分にとって未知の分野の授業を担当してきた.) たとえば私の長期的なテーマにエロとの共生を考えたものがある.表現の自由とのかかわりでエロを扱う伝統的視点にたいし,認知ギャップ・情報の非対称性からエロの発生とその暴力化の条件を探り,非暴力的なエロに対する差別を取り除いてエロとの真の共生社会を実現する……一部のフェミニストによる社会選択理論も視野に入れた社会理論ともかかわるテーマだ.これなんかは材料を少しずつ集めている段階であり (正直言って買って損したと思う文献が多い),まだ集中的な研究はできていない.しかし,だからといって書くなと言われれば,研究はますます停滞する.少しずつでもいいから,一般向けに発表することで思考を深めて行くという蓄積が大切なのだ.

このままでは内容のあるホームページが次々と大学から消えて行くことになる.知の最前線の学外「アダルト可」サーバーへの大移動は,良くも悪くも加速せざるをえない.

つづく
【2005/05/24 17:59 】
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ぼくらはその夜 おとなの 補講をした
その日 世間はこどもの日だった
世間は こどもの日だから ぼくらはその夜
おとなの 補講をした

女性の集合を考える
「若くてうまい」の否定は
「若くないまたはうまくない」
悩ましそうに「せんせぃっ」って呼ぶ姿が
飲み屋のお姉さんみたいな
飲み屋の お姉さんが
「なにがうまいんですか」

しまった 若くてできる 女性のつもりだった
「たとえば料理がうまい」
ニヤニヤ にやにや おとなの研究室

屋根より低い こいのぼりしか見なかった夜
遠くで 相合い傘を描いているパチンコ屋の お兄さん
白いボードに 「せんせーも告白したらどうですか」
「エッチしたいよ~」
と言ってもらいたいのか
ガキの日々が なつかしい

おかずとか 主食とか
飛び交う 夜の研究室
かかってきた電話は某学部の
数学の入試問題の採点を 7 万円で
替わってもらった予備校講師から だった
「彼女から ですか」
胸のブローチに 手を出した
「借金取りだよ」

「お前 Cカップってウソだろ」
「私けっこうあるんですよ 触ったら見た目よりあるって 言われますよ」
腕にタトゥーをした接客の お姉さん

大学の すべての研究室には セクハラの
防止ポスターが 大きく貼られている
《こういう行為がセクハラに当たります》
おいおい きみたち そのポスターが
「そのポスターがあるから こんなこと したくなるんです」
そう言って オナニーをはじめる女子学生
「私は主食にはなりませんよね」

あとは今日やったことの繰り返しだ
ほかの学生は 帰ってしまった

残されたボクは 黙って ゆっくりと 彼女の
ちまきの皮をむきながら 壁の掲示を指さす
《研究室でセックスやオナニーをしないこと》
すべての研究室に 貼ることが義務づけられた標語だ

個人教授を続けよう

「商品に手を出してはいけませんよ~ うふふ」
人的資本 シグナリング 消費としての教育
それは 人的資本の理論かな
商品価値がどう下がるのか 説明して欲しいのだが
黙って 壁の掲示を ふたたび指さす

すべての 研究室に
貼ることが義務づけられた 標語

きみのちまきは 柔らかくて おいしかった
きょうは こどもの 日だから ぼくらは
個人教授を 続け よう
続きを読む
【2005/05/21 14:54 】
| 女子学生とつづる純愛アルバム | コメント(1) | トラックバック(0) |
「それはセクハラをやる委員じゃないよな」が当たった
さて,面倒な仕事が入って来た.セクシャル・ハラスメント委員というやつだ.「セクハラをやる委員なんかあったっけ.それにしてもなんで自分に回すんだ.同僚もふざけた連中だ」と思ったが,セクハラの相談に乗る委員だそうだ.

「そりゃいい,短期的にはブログのエロ記事のネタになるし,長期的には研究テーマのひとつである,エロと表現と権利と差別と共生となんたらにかんする社会選択の研究にも資するだろう.エロとの共生を通じて人類の未来を選択……」
などと考えるわけはない.セクハラ相談の女子学生に乗るならまだしも,セクハラの相談に乗るのだ.そんなのイヤだ.女子学生に乗った方がいいに決まっている.言葉よりも行動と言うじゃないか.大学教員は言葉だらけで行動が伴わないと非難される昨今だ.「○○先生はどういうふうに乗って来たの?」「どういう体位でやったの? 私にしてみなさい.」ここは一発やるべきだ.

「しかしブログに載せるためには,ネタにすることを最初の相談のときに了解してもらわなければならないなあ.誓約書の書式でも用意するか.《セクハラにかんする相談内容は,その一部始終をweb 上に一般公開されること,その他学術的目的に利用されることに異議を唱えません》とか」
などと考えていないが,書式はとりあえず用意できた.同意出来ない奴の相談には乗らんぞ.いや,冗談じゃない.こんな仕事をまじめにやったらどれだけ時間がかかることだろう.この種の仕事を押し付けられることが多い女性教員が相談に訪れる女子学生のことを愚痴るのを聞いたのは,一度ではない.

それにしても,同僚たちはなぜ自分を選んだんだろう.おそらく私が真剣に親身にセクハラの相談に乗るからと思ったわけではないだろう.(見ず知らずのひとのメールに時間をかけて詳細な返事をしてしまう性格から言えば,自分としては真剣に親身に相談に乗る気もしないことはないが.)

同僚たちは,「どうやら平凡助教授は女子学生とのエッチな語らいが好きなようだ.好きこそモノの上手なれというではないか」という単純な理由で選んだのか.その程度のことでこういう微妙な仕事を回すのは危ないというものだ.なにか企みがあるはずだ.

同僚たちは,私にその仕事を任せておけば「セクハラでないものはセクハラでないときちんとストップをかけ,その結果セクハラ実績の統計を少なくできる」とでも思ったのか.まあ,確かに他大学には恋愛さえもセクハラ扱いにすることにより,無責任を助長している大学教員もいるからねえ.(その笹沼朋子という教員によると,セクハラとはたとえば《「セックスしなければ、勉強教えてもらえない、単位をくれないなんてひどい」という学生の気持ち》を引き起こすようなものらしい.そういう夢想に近い思い込みをした女子学生がホントに教員とセックスしても,そりゃそんな夢想を信じる方が悪いってもんだ.だいたい,そういうことで単位を取ろうとする根性が腐ってるよ.) 自分だったら,ホンモノのセクハラとニセモノのセクハラとはきちんと区別して,後者を持って来た相談者には「この淫乱な尻軽のあばずれ売女! お前が悪いんだ!」と罵声をかけられるからなあ.いや,そういう言い方は売春女性たちへの差別になるから少し修正して,相談者にはやさしくおっぱいもみもみでもしてあげようか.

同僚たちは,私にその仕事を任せておけばまずい対応をして,クビにする口実ができると思ったのだろうか.そうだよなあ,まずい対応しそうだよなあ.妙なエッチ心もないという極端な人為的仮定を置いても,まずい対応しそうだよなあ.だって,正しい対応がまずい対応とされる世界だから.正しい対応して,相談した女子学生が自殺とかしたら,クビにされるかもな.記者会見とか出来たら,「あの女は淫乱で尻軽のあばずれ売女だった.死んで当然! わっはっはっはっは!」とか言ってテレビカメラに向かって V サインでもやってみたいよな.まあ面白そうだけど,記者会見なんてチャンスはないだろうなあ.だから困ったものだ.いずれにせよ同僚たちの陰謀は当たってるなあ.いやなやつらだ.

そもそも,私自身が相談以前にセクハラをしたばあいはどうなるんだ,と思ったがそれはだいじょうぶらしい.私は自分が教えない学部や大学院の苦情だけを担当するということだ.私がセクハラをしたときは,残念なことに私以外の相談相手がいるそうだ.まあ,少しは工夫はされているわけだ.しかし自分に関係ない学部ならば,ばんばんセクハラ認定をして,その学部を陥れてやるというのもおもしろそうだ.この前教育学部の教授がわいせつか何かで (不当な理由で) 捕まったときも,他学部の教授はなぜか異様に喜んでいたしなあ.いや,そういうことをすると,こちらも同様の攻撃をされる可能性がある.そうなる前に徹底的に先制攻撃しないといけないなあ.そんな都合のいいタイミングで都合のいい事例が出て来るわけもないし.

ということで鬱状態のこのごろである.セクハラするな.されたら大学に相談持って来るな.

研究への覚え書き.認識と現実のギャップのある場での規範の適用問題.新たな概念の導入で力関係が変わる.それなのに以前の力関係を前提としたルールを適用してしまう.
-それを恋愛と信じた男性教員は処分の対象
-それを恋愛と信じた女子学生は支援の対象
最適レベルを越える過剰な支援と過大な処分.ニセモノの申告へのインセンィブ増大.
【2005/05/19 19:17 】
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議案を絶対に通す方法: McKelvey のカオス定理
ルールの戦略的マニピュレーション (操作) の話をしたついでに多数決ルールの恐るべきマニピュレーションについて書こう.「多数決においては,投票対象とその順序さえコントロール出来れば,自分の思い通りの結果を実現出来る」という定理だ.ある議案 t が現状 s よりも多数にとって悪いものであっても,何段階かの投票を経れば t を多数決で勝たせることが出来るのだ.つまり,過半数が現状 s よりも好むような何らかの議案 b1 を提示して投票させ,その議案 b1 を s に勝たせる.つぎに過半数が議案 b1 よりも好むような何らかの議案 b2 を提示して投票させ,その議案 b2 を b1 に勝たせる……と言う具合に続けて行って議案 bk が bk-1 勝つようにする.そして最後の投票で実現させたかった議案 t が議案 bk を多数決で破るようにできるというわけだ.途中の議案 b1 から bkをうまく選べばこれができるのだ.

問題の定理は Richard D. McKelvey による Chaos Theorem と呼ばれるもので,ひとつひとつの議案が (イデオロギー的に左寄りか右寄りかとか,若者を優遇するか年寄りを優遇するかといった争点を軸とした) 二次元以上の空間の点として表せるようなばあいを扱っている.議案というのは通常複数次元の性質の組み合わせなので,これは自然な仮定だ.上記の結果は,ひとびとの選好 (好み) がある対称性をみたしつつ分布する極めて例外的なばあい以外にはかならずなりたつ.多数者の選好さえ知っていれば,投票のアジェンダ (投票対象とその順序) をコントロールする人は自分のもっとも好む議案を絶対に通すことができるのだ.恐ろしい結果だ.

ただしアジェンダをコントロールする人以外は無力かといえばそういうわけではない.じつは上の定理では,投票者が先読みをしないで「バカ正直に」投票することが暗黙のうちに仮定されている.投票者がある段階の投票をするときに,その先のことまで考えて戦略的に (洗練されたやり方で) 投票すればアジェンダをコントロールする人に対抗出来るのだ.マニピュレーションにはマニピュレーションで対抗というわけだ.

Games and Economic Behavior の最新号 (Volume 51, Issue 2) は 2002年に亡くなった McKelvey の記念号になっている.政治理論のジャーナルでないためもあって,ほとんどのペーパーはこの定理以外の彼の関心にかかわる問題を扱っている.だが McKelvey 教授自身はこの定理を自分で気に入っていると言っていた.ゲーム理論や社会選択を基礎とした理論である実証政治理論のなかでももっとも重要な定理のひとつである.
【2005/05/15 09:20 】
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サーチエンジンの戦略的操作マル秘裏技と社会選択理論
このサイトの Google のサーチにかんする記事「私は変態女子高生のトップか」の続きだ.同じシリーズとは思えない専門的なタイトルだ.(これにともない前記事のカテゴリを「社会科学」に移動した.)

このブログが「西山廣喜」といった右翼の黒幕の固有名詞で上位 (3位) に来るのは分かる. 自分にかかわる黒幕の名前を出すのは誰だってためらうだろうから,特に黒幕が生きているあいだは.しかしこのサイトは「最後のフィクサー」という抽象的な用語でトップ,「財界系右翼」でも3位に来るのだ.ほとんど内容もない「変態プレイ」では 7 位だし,そしてブログでは触れていない「事務員 口説き方」でもトップに来るようになった (ある記事で言及した本の題名のなかの「口説き方」と,べつ記事の「事務員」がひっかかった).

じつはこれには仕掛けがあって,社会選択理論とコンピューター・サイエンスを極めれば,こんなランキングで上位に来るのは朝飯前なのである.コンピュータサイエンスについてはイメージを持つのは難しくないだろうから,わが専門である社会選択について簡単にイメージを与えておく.社会選択もいろいろな問題を扱っているため,ひとくちに言うのは簡単ではないが,「複数の人々の意思決定ルールを公理的な方法であつかう分野」と言えるだろう.公理とは「ルールはこうあるのが望ましい」といった直感的な基準に,厳格な数理的表現を与えたものだ.ちまたでは倫理学を数理的にやり直しただけの役に立たない学問の代表と思われていたりするが,そんなことはない.私のところには,事実 (海外からではあるが),水資源の環境マネジメントのなんたらにかんする意思決定のコンサルティングの依頼があったりする.(地域マネジメント研究科の教員にふさわしいプロジェクトであったが,環境意思決定について勉強する暇がないので断った.)

なんらかのランキングを扱うのは社会選択でも古典の古典の話題であり,この分野の出発点となったアローの定理もひとびとの選好 (選択肢にたいするランキング) をうまくひとつのランキングに集計することの困難さを説いたものだった.その後,自分にかんする情報を (誤摩化したり隠したり手の込んだ言い方をしたりして) うまく操作することにより,ルールのもたらす結果が自分に有利になるように「戦略的操作」をする方法の研究が現れた.というのはウソで,正しく言えばその逆の立場の研究,つまり,ひとびとが戦略的操作をしようとしても得にはならない「戦略的操作不能」なルールの研究が現れた.正直者が馬鹿を見ないようなルールの開発である.

当然 (でもないのだが) ながら,操作が不可能なルールを作ることに比べれば,特定の現存ルールを操作するのは簡単なことだ.サーチエンジンの結果ランキングで上位に来るなんてのは,初歩も初歩.ちょっと調べればできることだ.自社のサイトのランキングアップを狙っている社長さんや広報担当者は,わが研究科の秘書を通じて連絡してもらいたい.たっぷりとコンサルティング料をいただければ,マル秘裏技をお教えしよう.

問題は,最近コンピュータサイエンティストが社会選択理論や,その分野に密接に関連するメカニズムデザインについて勉強し始めていることだ.詳しくは DIMACS Tutorial on Social Choice and Computer Science でも見てもらおう.社会選択理論などのひじょうに役に立つ分野の知識は,やがては社会科学とか工学といった垣根を越えて盗まれて行く.マイナーな分野としていつまでも密かに隠れていることはできない運命なのだ. コンピュータ業界に社会選択理論の成果が広まって行けば,確実にサーチエンジンのランキングを操作することも難しくなる.いままでは社会選択理論家をやっていれば気軽に儲けられるサイドビジネスとしてできたサーチエンジンのマニュピュレーションも,専門的・本格的に頭脳を投資しなければ対応できない時代になるのかもしれない.
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【2005/05/13 01:35 】
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「女子学生とつづる純愛アルバム」丸投げ第二弾(?)
ホーミーの「研究室でまたまたウッフン」という新着記事,なかなかリアリティー出て来たみたいだ.「よ、よしたまへ!」なんて僕は言わないし,そういう言い回しを使うひとはさすがにいないと思うが,書いてある中身はほとんど事実としてありそうだ.なんか描かれている教授も平凡助教授に似て来たような.だれが入れ知恵したんだろう? 僕はしらないなあ~.
【2005/05/07 21:14 】
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脱線事故: 国土交通省はヤクザか
北側一雄国土交通相は,兵庫県尼崎市の脱線事故当日にJR西日本の社員がボウリング大会を開いていた問題などについて,「甘さや,そういう空気があったことを猛省し,社全体の問題ととらえて見直してもらいたい」とJR西日本を脅している (産經新聞).尾辻秀久厚生労働相も,事故当日にボウリング大会を行ったJR社員について「なにをか言わんやだ.理解を超えている」といちゃもんをつけている.どうやら自分の会社で大事故が起きたときにボウリングをするのは「人間として常識外れ」ということらしい.庶民の感情としては分からないでもないが,そんなことを政府が言って民間会社をそんな恣意的なやり方で懲らしめていいのか.まあ,この国ではいいことになっているようだが.

そもそもその社員たちは,ボウリング大会をしなかったら代わりに救護活動に参加していた連中か? 足手まといにならずに救護活動できたのか? そんなことはないだろう.せいぜい亡くなった方々や救助を待つ方々のために祈るくらいができただけだろう.で,神のためなら人殺しも辞さない信仰者だから言うが,祈るのに場所はそんなに関係ない.(祈りやすい雰囲気というのはあるが.) 心の片隅で祈り,自分ができることは何もないと悟り,気分を入れ替えて親睦会で盛り上がる.人間としてそれで正常じゃないのか.そんなことがうまくできなくなったら,それこそ精神病院送りだ.

北側一雄国土交通相はまた,「新型の列車自動停止装置(ATS)の導入が運転再開の大前提だと思う」などと勝手なことをほざいている.現在の旧型ATSのままでは再開を認めないらしい.そんなことは会社が決めればいいことだろ.なんで政府が決めるんだ.そんな装置が導入されなくても乗りたい客は十分いるはずだ.そういう客のことも考えろ.乗りたくない奴は政府が黙っていても乗らないだけの話だ.政府は黙っていろということだ.

もし客が少ないというなら,「乗ってくださった方にはもれなく一万円プレゼント」でもすればいい.恐怖もののアトラクションには遠くおよばないが,一万円もらえるならそういう退屈な電車に乗ってもいいと思う客は多いだろう.もうけだけが目当てというくだらん非難もかわせる名案だ.ははははははは.

もちろん JR 側は新型の列車自動停止装置(ATS)の導入なしに運転再開するつもりはないはずだ.事故がなくても 6月には導入する予定だったというし.だいたい,安全対策なんて,本質的なものであればあるほど政府より民間が先を行く.脱線を物理的に防ぐ「脱線防止ガード」の設置基準にしても,JR西日本と在阪大手私鉄いずれも国土交通省の通達による基準よりも厳しいわけだし.国土交通省という不要なモノがなかったら,もっと安全な基準を設ける民間団体が作られ,鉄道会社が競って加盟するだけの話だ.再開されないあいだ何人かの客は迷惑を被るが,それは仕方ない.民間会社が乗せたくないと言うのを強制的に乗せろというわけにはいかないから.

いまJR は記者会見でひたすら平謝りを繰り返すことによって国民の共感を得つつあるようだ.ゲーム理論家的な冷めた目で見るとき,戦略としてはそんなに悪くないかもしれないとも思ってしまう.ひよっとすると,記者もそれを分かっていて JR を助けてやるために悪役を演じているとか.休日続きでたいした事件もなくてヒマなのかも.世間ではJR が悪い,いやマスコミが悪いといったどうでもよさそうな議論も盛り上がっているようだが,本当に怖いのは政府の恣意的な介入であることを忘れないでいたい.

トラックバックの送り先:
http://frankenstain.blog6.fc2.com/blog-entry-264.html
http://tanukur.blog8.fc2.com/blog-entry-151.html


追加.「本当は、もう書きたくないのですが…」という記事からトラックバックをくれた「新津田沼駅」というブログに,鉄道関係の玄人あるいはマニアくさいが記事がたくさん載っていて勉強になった.私の記事の背景をよく説明している記事にリンクする.同じことを書くにしても,こういう上品な言い方をすれば「あなたは馬鹿ですか」というコメントも来なかったかもな:
新型ATSだの、側面強化だの…?
【2005/05/06 23:37 】
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フィクサーとのコネクションのメリット
ところで,大学教授が政財界のフィクサーと呼ばれる人たちと関係を持つメリットはあるのだろうか.

たとえば研究費の獲得はどうか.国の関係機関による科学研究費は研究実績や能力とはあまり関係なく配分されている印象を持つが,だからといって政財界のフィクサーがどうにかできる類いのものではなかろう.もちろん,審査委員である (男性) 大学教授の女性関係などを調べて脅してもらうという手はあるだろう.しかし,その情報収集にかかるコストを越える支払いを大学教員から受けるのは難しそうだ.政財界のフィクサーはこんな商売にならないものには手を出さないだろう.こういう問題はやはり学界のフィクサーの役割分担だ.多くの研究者は政財界のフィクサーではなく,学界のフィクサーとの関係を求めるのである.フィクサー同士は癒着していて,内部でご褒美を回し合っていたりするから,その内部に取り込まれなければいつまでも場外観戦を脱することはできないのだ.

財団などの民間の機関による研究費はどうか.これも多くのばあい,大学教授が審査委員をするから,状況はあまり変わらないのかもしれない.ただ,民間財団には右翼系なら右翼系といった政治色をはっきり持つものもある.そういうばあいは,右翼の大物とのなんらかの繋がりがあれば多少有利にはなるかもしれない.(私は右翼財団から研究費をもらった記録はないはずなので,私の過去を調べても無駄である.) 医学系や農学系の研究者ならば,たとえば製薬会社と関係を持つと有利かもしれない.この場合,財界のフィクサーが出る幕は少しはあるかもしれない.じっさい,右翼の大御所と呼ばれた西山廣喜氏のヤクルト本社とのつきあいは有名らしい.しかし,通常疑惑をもたれるのは大学内の特定の教授とか助手くらいのもので,せいぜい医学部単位で不正があったとされるていどだ.大学でも製薬会社でもない第三者の黒幕はこんな商売には関わらないのかもしれない.

転職先の確保というのはどうか.ちがう大学への転職ならば,研究費のばあいと同様だろう.あまり関係ないのではないか.もちろん,政財界のフィクサーが大学の理事に名を連ねていることはよくある.私立大学ならば一定の影響力はあるのかもしれない.財団法人を名乗ったりしている右翼系の「研究所」などはどうか.これは大いに関係ある.近親者が「研究員」として働いていたこともあるので知っているが,「研究所」といっても名ばかりのところが少なくないので,フィクサーはじめ個人的なコネクションの影響力は強い.多くの大学教員にとってはあまり魅力のない職場かもしれないが,個人的には (関係法律が改正されるまでは) 関心の持てる転職先だった.

政治家への転職はどうか.これはすごく関係ある.しかも政治家になることに関心をもつ大学教授は少なくない.たとえば私の所属する地域マネジメント研究科は,大学関係者を県知事や国会議員にするために作られた組織と考えれば分かりやすい.立候補したいという表明はまだ聞いたことがないが,十年も経たないうちに何らかの動きがあるのではないか.まあ,「地域マネジメント」という名称を見れば,それは普通のビジネススクールではなく,地元の経済界や地方政界との癒着,いや連携を強めるために作られた組織だということは分かるだろう.地元の有力者とのコネほどではないかもしれないが,全国的な大物フィクサーとコネがあるのは強みになる.

大学学部や大学院の設置はどうか.これは学長あるいは一部の教員が作ろうと思ってすぐできるものではない.文部科学省がうるさいからだ.審査の主要な部分はどこかの大学教授が担当するらしいが,その前後に科学省のお役人がいろいろうるさいことを言って来るらしいのだ.普通の神経の持ち主なら「もういい」と言って投げ出すだろう.だれかに頼んで役人に圧力をかけてもらわなければやれたものではない.科学省内部の重要人物や出身者はもちろん,地元出身の政治家,そして政財界のフィクサーもばあいによっては頼りになるかもしれない.たとえば地域マネジメント研究科の設置を申請するときも,(じっさいやらなかったかどうかは私は知らないが) そういうことをやってもよかったのではないか.だが,この種の「ロビーイング」を癒着とみなして拒絶反応を起こす大学教員は少なくない.気持ちは理解出来なくもないが,それは潔癖すぎるんじゃないだろうか.

以上いくつか見て来たが,暴力が絡むものは避ける形で書いて来た.だが,言論にたいして暴力で反撃して来る人々は存在する.大学教員が自由に発言出来るためには抑止力を持つことも必要悪なのかもしれない.抑止力の再構築に取り組まなければ…….
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【2005/05/01 17:36 】
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