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この記事は,ある問題にかんするある研究者との理解の不一致に端を発した覚え書きである.目的はボクの理解するところを伝達すること.用語の説明はかなり省略する.対象読者はメカニズム・デザインに触れたことがあるひと.まずは簡単に用語を復習しておく:
顕示原理とは「ある均衡概念のもとで,あるメカニズムがある社会選択対応を遂行するとき, (その社会選択対応の selection である) ある直接メカニズムがその社会選択対応を正直遂行する」という命題である.この原理は均衡概念が支配戦略均衡あるいはベイジアン・ナッシュ均衡のもとで成り立つことが知られている. ではナッシュ均衡のもとでは顕示原理は成り立つか? テキストなどではなぜかあまり触れられない疑問だが,ボクは成り立たないと思っている.しかし成り立つと信じているひとは意外に多いかもしれない.ここではどうしてそういう誤解が生じたのか (ベイジアン・ナッシュ均衡は完備情報化ではナッシュ均衡になるから?) は気にせずに,成り立たない理由を説明してみる.間違っていたら教えて. ボク自身が成り立たないと思ったきっかけは,自分が証明に行き詰まったからだ (笑).たとえばベイジアン・ナッシュ均衡による遂行にかんする顕示原理の証明 (e.g., MWG, Prop 23.D.1) を辿ってナッシュ均衡による遂行の場合を証明しようとすると行き詰まる.その原因は以下の違いに起因する:
より具体的に言えば,証明の最後近くで詰まるはず.g(si(θ'), s-i(θ)) のような形が出て来てきれいに分離できない.(もとの証明では g(si(θ'i), s-i(θ-i)) となるところ.) つまり "Tell me your type" の部分で自分以外のタイプも申告してしまうわけだ. もちろんボクが証明できないというだけではある命題が偽であることにはならない (←当然だよなあ).したがって反例を挙げることにする.(じつは反例を考えた記憶がない.指摘してくれた方に感謝.) これで「成り立つ派」も納得では?: 間接メカニズムである Walker メカニズムは Lindahl ルールをナッシュ遂行する.しかし Lindahl ルールにおいては正直に選好を申告することはナッシュ均衡にならない.したがってナッシュ遂行では顕示原理は成り立たない.納得してもらえたかな? おまけ 1. 「正直遂行」が「遂行」の特殊ケースになっていないことに注意すれば,一般には顕示原理の逆は成立しないことが分かる.つまり「ある直接メカニズムがある社会選択対応を正直遂行するとき,あるメカニズムがその社会選択対応を遂行する」という (字面からは当然そうな) 主張は成り立たない.ところがこれが成り立つという誤解は少なくないようで,しばしば不適切な場面で「分析を直接メカニズムに限定してよい」という記述が見られる.(MWGや契約理論のテキストではメカニズムの均衡アウトカムのなかに社会選択対応で選ばれるものが入っていることをもって「遂行」としていることが多い.この場合,顕示原理の逆は当然成り立つので,分析を直接メカニズムに限定するのは問題はない.問題なのは「遂行」の意味が本文でしめしたものと同じであるにもかかわらず顕示原理の逆が成立すると想定してしまう場合である.) おまけ 2. 実はまだゆっくり見てないのだが,Behavioral Mechanism Design Bibliography Database というサイトが便利らしい. おまけ 3. メカニズムデザインにかんする入門記事としては,「ソロモン王のジレンマはセカンドプライス・オークションで解決できるじゃないか!」をすすめるが,専門用語を避けているためこの記事の理解のためには不十分である.この記事の理解のためには,三原麗珠の「メカニズム・デザイン: レクチャー・ノート」レベルの知識は欲しいところ. 追記 (10/24/2009). Osborne and Rubinstein (1994) によればナッシュ遂行では顕示原理は成り立つという! 「平凡助教授まちがってるじゃん!」って?---そうではなさそうだ.どうしてこういう違いが起きたかと言えば,彼らの正直遂行の定義 (Definition 179.2) では,ここでいう直接メカニズムに当たるゲームフォームで人々は (自分のタイプに代わって) 全員のタイプを申告することになっているためである.どうやら顕示原理も定義の微妙な違いによって成立したりしなかったりするようだ! (HRM からの寄稿) |
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「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」 イヤな言葉だ.こういう言葉は言われたくない.孔子様の「己の欲せざるところ,人に施す勿れ」の由来にしたがえば,他人には言ってみたい言葉ということになるだろう.だがボクの周囲には,本当に問題であることにたいして「問題だ!」と激しく指摘してくれる人がボク以外にいないので,使う機会はあまりなさそうだ.(おもしろいことに「そんなの自由でしょう.ちっとも問題ではない!」とボクより激しく主張する人はもっと少ない.) 残念だ.けっきょくはボクが言われる方になるのだろう.そのときは,
と言い返すことにしておこう. ところでさいきんその言葉を口にした人がいる.いや,文字にした人が.武蔵野 (三鷹・小金井) の杜で学んだと思われるもと隣人で (思いちがいなら失礼!) ,いまは海を挟んだ隣人であるショウゴさんこと三野牧師である.そのブログ記事のタイトルは「その正論は間違っている」.勇ましいタイトルのわりに本文はソフトだ.(とりあえず「敵対的」トラックバックは送った.悪意はないけど,理解されない可能性はあるかも.そのときは仕方ない.というか,もともとトラックバックは受け付けてないぽいな.) で,物好きなボクがそれにちょっかい出したら,ショウゴさんはさらにソフト度を増幅させ,「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と応えてくださった.「牧師さんに謝らせるような偉〜いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.
いやあ,ショウゴさんゴメンなさい.べつにショウゴさんが上記の言葉を他人に向けて発したとは思ってませんよ.仮に発するとしても,かなり頑固な反戦主義者のようだから,相手とか状況を選んで,それなりに納得できるようなやり方で発することと推測します.ボクの方も冒頭で「こういう言葉は言われたくない」とは言ったものの,べつに利害関係ないひとに言われるだけなら,「あ,そう」という感じで,特に気にしません. 少し建設的な方向に話を進めよう.牧師さん曰く:
これもあまり嬉しくはないけど,じゅうぶん理解できる.ビジネススクールにいたことのあるゲーム理論家らしく言い換えれば,
とでもなるだろうか.ありがたみもへったくれもない世俗的な言い方だが,こういう言い方の方が大学教員にはふさわしいだろう.(牧師とちがって,大学教員とか経営者は「なにを精神論なんか言っている!」とバカにされる立場だから.) でも言い換え前の言葉にふくまれている精神はそんなには失ってないと思う.そのわけは面倒なのでここでは議論しないけど,ビジネスあるいは市場こそが道徳的だという理解は倫理学者にも広まって来ているからいいだろう.そもそも戦略的な行動を取ること自体は善悪とは関係ない. 「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」という言葉を (好意的かつゲーム理論的に) 再解釈すれば,後ろの方の「問題なのだ」というのは,「悪い」という倫理的判断ではなく「戦略が下手」という,技巧にたいする評価だと理解できる.言われて嬉しい言葉とはいわないが,かなり客観的な命題に聞こえなくもない. そういうボクはじつは戦略的に行動するのがとても苦手だ.問題を見つけしだい,犯人を探し出して罵倒して潰そうとするのが常だ.(いや,通常は問題というのは複雑なインセンティブから生じており犯人を特定できるものではないので,とりあえずだれでもいいから同じ問題で苦しんでいそうな「仲間」の前で怒りを表現してみる.笑) じっさい (あらゆる場面でとは言わないけど) いろいろと損をしていると思う. それじゃ「ゲーム理論家として問題じゃないか?」と言われたら何と答えたらいいだろうか.「戦略的に行動できているからといって,それを認めることが戦略的に有利だとは限らないだろ.ふつうは不利になると思うよ.ボクがコンサルタントやってたり一般向けのゲーム理論の本を書く予定があったりしたらべつだけど,そうじゃないから,べつに戦略的行動が下手と思われてもぜんぜん困らない.能ある鷹は爪を隠すと言うじゃない.いや,いや,それは一般論で,ボクは単にバカなんだよ.いや,バカって言っちゃ創造主に怒られるからそれは撤回して,なんというか,日常的に戦略的思考とかしてたら疲れるので一切しないことにしてるんだ」とでも答えて煙にまけばいいかな.アハハ. 信じてもらわなくて結構だが,ボクは善悪にかかわるような問題については愚直に行動することにしている.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.ホントだよ.ホントだってば. うまく説明できないが,あるシチュエーションを戦略的にうまく乗り越えたとしても,似たようなシチュエーションは繰り返し起こりうる.短期的に見ればうまく問題を解決できるような戦略でも,長い目で見れば大きな失敗になっていることがある.(考えてみよ.たとえば市場がすばらしいのはそれが人知を越えているからだ.将来的に持続して正しく予想できるわけがない.)「ヤクザの脅しに乗ってカネを払ってしまったら,そのヤクザやほかの連中に将来つけ込まれることになるかもしれない」ということだ.もちろん「ヤクザの方もビジネスは続けたいはずなので,特定地域で長期的に活動しているようなヤクザなら信じて従うのが賢い」という反論も理解できなくはない.それでもボクは「問題だ!」と指摘することも行動することも止めたくないのだ. なんかいつのまにかヤクザの話になってしまった.ボクの置かれた環境を表現するには泣きそうなくらい適格な比喩なので,笑ってしまいそうだ. |
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前回の記事からもうひと月か.10月終わり頃まではたぶん更新できない.この機会に盟友 theorist2 のはてなハイクを講読することをお薦めしよう. |
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iPod touch あるいは iPhone 用のダウンロード販売アプリケーションを研究費で購入する方法を紹介しよう.結論から言えば「iTunes Card を利用せよ」ということになる.教員に割り当てられた個人研究費でダウンロード製品を買うことはできないわけではないらしいが,個々の iTunes touch アプリの値段は少額のことが多い.そのたびに総務の契約課の事務職員の (そしてそれ以上に自分の) 手を煩わせるのは効率が悪い.そこで思いついたのが iTunes Card だ.これなら一度の申請で一定額分の購入枠を手に入れることが出来る.あとは必要なアプリケーションを見つけしだいその枠から支払って行けばよい. ということで iTunes Card の購入申請をしてみたところ,数週間経って (遅い!) 契約課から文句が来た:
いや,べつに音楽が欲しいわけじゃない.CD は聴ききれないほど持ってるし.「研究費で買った iPod touch 用にアプリケーションを入手したいだけなんだ」と契約課に返事した.先方は事情は分かったようだが,それでも理由書が要るという.限られた研究費のもっとも価値のある使い方を知っているのは研究者本人だから,つべこべ言わないで研究者本人にまかせてもらいたいんだけどな.しかしそれでは埒があかないので正直に理由書を書いた:
数週間後,図書館内の注文品を受け取るボックスを確認したところ,ヤマダ電機の袋に入った iTunes カード1万円分が届いていた.ということで,ボクにかんするかぎりは上の理由書でよかったようだ.この結果,以前から導入していた無料の ITJ 六法やピアノ鍵盤アプリに加え,今回購入した iTunes カードで iPhone 3.0 Software Update,大辞林,i英辞郎,そして Dictionary.com (こいつは無料だな) を iPod touch に導入することが出来た.今後は語学ソフトなんかも買うかもしれない. 他大学や同大学他教員については上記のような理由書で行けるかどうかは分からないが,試してみる価値はあるだろう.その際「教育研究内容」が重要なのかどうかは分からない.ボクの場合は学内事務向けには長年「人文・社会・自然科学の包括的研究」というのを使って来た.今回は特に理由もなく,現状の教育研究内容を忠実に記述するためにやや分野を絞ってみた.自分自身の教育研究内容をそのまま書いても通りそうにないと心配する人は,「人文・社会・情報科学の包括的研究」というのを参考に,アレンジするなりオリジナルなものを考えるなりして欲しい.かぎられた研究費をほかの無駄なことにではなく価値あることに使おうじゃないか. |
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「メール検閲システムは大学にとって自殺行為」というエントリーで指摘したメール検閲と無断削除の問題はいちおう解決した.管理者と情報センター関係者には丁寧に謝意を表明しておいたので,この記事の公開をもってやっと心の平静を取り戻せることになる.これでここ数週間続いていたうつ気分から抜け出せそうだ. ただし個々のユーザーで対処できる問題ではないので,「無断削除は困る」という利用者は,管理者に申し出る必要がある.自由を回復するためにはそれなりの戦いというか,多少のコストは覚悟しなければならない.(そのコストの大部分は先人たちが払ったくれたわけだが.)
当初情報センターは「努力はするが,フィルタで拒否された一部のメールが届けられない事態を完全には解消できない」と説明していた.その後,関係者の試行錯誤や関連文書の検討の結果,以下の対応ができることが判明した. 対応 メールアドレスを「受取人ホワイトリスト」に追加する (「受取人ホワイトリスト」というのはボクが勝手にそう呼んでいるだけで,じっさいはもっとちがう名前の可能性がある).これですべての Barracuda システムのフィルタを完全に無効化できたことになる (システムに送られて来たメールがすべてメールサーバーまで通過する) かどうかは不明らしい.しかし情報センター側のログから判断する限り,たぶんそうなっているということだ. 受取人としての自分の調査でも,無断削除されるメールはゼロになったかどうかは分からないものの,許容できるレベルにまで減少したものと推測される.今年5月はじめ 200通ていどだった一日あたりの受け取り「スパム」数は,その後減少し,Barracuda 導入直前は30通ていどになっていた.そして Barracuda 導入直後は10通未満で,その後センター側の対応もあってやや増えて,20通前後になっていた.明確な増加がみられたのは,センターの担当者に電話した日以降で,当日センターは上記のホワイトリスト追加を実行した.一昨日は75通,昨日は75通となっている.Barracuda システム導入以前よりだいぶ増えているのは謎だが,とりあえず届いているメールは増えた. 残された問題
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前回記事「メール検閲システムにかんするメモ」に書いたメール検閲 (スパム対策) 問題について改めて考察する.「そりゃ検閲だから悪いの当たり前よ」と言えばその通りなんだが,そういう単純な理由では分からない人もいるようなので,まじめに書いてみる. 前述の記事を読まなくても分かるように,検閲システムに反対する理由を書く.簡単に言えば,大学人としてそして図書館教員として,利用者の知る権利を侵害するこのシステムの導入を許すわけにはいかないということだ.
ボクとしては大学丸ごと Gmail と Google ドキュメントでも使い始めてくれたほうがマシだった.学生へアクセス制限した形でのファイル配布も楽になるし.だが,図書館情報機構の下部組織である総合情報センターが選んだのは,それより劣るように見える解決策だった.コストについては知らないが,場合によってはこれから乗り換えることも選択肢として考えられるはずだ.どうするにせよ,決してこれまでの投資分が無駄になってしまうという思考に捕われてはならない.サンクコストはサンクコストである.これは意見の問題ではなく合理的選択の問題だ. ■導入されたメール検閲システムの概要まず,今回大学が導入したメール検閲システムの (ボクが把握している) 特徴を列挙する:
総合情報センターに言わせれば,
ということになる.ボクに言わせれば,
となる. ■メール検閲システムの問題点総合情報センターの語法では,検閲システムは「サービス」だそうだが,メール受信システムの基本は「届いたメールをすべて届ける」ことである.いろんな付加機能がついたところで,この基本機能が欠けるようでは,ボクをふくむ利用者にとって意味のあるサービスではない.今回導入された検閲システムはこの基本機能を備えていない「欠陥品」である. この基本機能が欠けたときの問題点:
■代替手段と権利からの議論最後の項について補足しよう.「一部の利用者が犠牲になり精神障害になって自殺したり痴漢したりしたところで,ほかの一部の利用者の要求に応えられれば問題ない」という反論もあるだろう.両方のタイプの利用者の要求に応えられるようなシステムなら問題なかったのだが,今回のシステムはそうではない.だからどちらの要求をより基本的なものとして認めるかという話になる.これには代替手段の問題と権利の問題がかかわる. 代替手段にかんする考察代替手段の存在から考えると,迷惑メールにたいして大学側が取るべき対応は消去法により,
となる.
権利にかんする考察どちらのタイプの利用者の要求も,情報のコントロールにたいする要求とみなせる.それぞれ「自らの望む情報を受け取る権利」および「自らの望まない情報を受け取らない権利」への要求といえる.そのうち大学が伝統的に守ろうとして来た「表現の自由」や「知る権利」から導けるのは,「自らの望む情報を受け取る権利」の方であるはずだ.
もちろん「自らの望まない情報を受け取らない権利」もまったく尊重されないわけではない.しかし,それはたとえばある書籍を提供しないという手段ではなく,「その書籍が存在するからといって読まなくてもよい」という意味で尊重されてきたにすぎない.あくまでも二次的な意味で尊重されるわけで,一次的には「自らの望む情報を受け取る権利」が優先されて来たのが事実であり,かつそれが規範である. メールシステムで言えば,「自らの望まない情報を受け取らない権利」は,利用者が届いたメールを読まないことによって,つまり情報としては受理しないことによって守られることになる.ところが今回導入されたメール検閲システムはこの「自らの望まない情報を受け取らない権利」を優先しようとするがゆえに,より基本的な権利である「自らの望む情報を受け取る権利」を犠牲にしている.大学の理念や伝統的な価値観に反するものである.「届いたメールをすべて届ける」という明白な基本機能さえみたさないシステムを導入することは,素人には手の届かない情報通信技術を隠れ蓑にして大学の基本的価値観を破壊しようとする不道徳きわまりない画策である.じっさい,システム推進者たちは,利用者の委託を受けて行うサービスであるスパム対策と,利用者の委託を受けないで勝手に行うメール検閲をまったく区別しないことで,われわれを欺いて来た.利用者の知る権利を守るべき図書館情報機構の下部組織からこの反大学的な検閲の動きが出て来たことはひじょうに残念だ.すべての大学人よ,目を覚ませ! 追記 (7/12/2009). 「最後の段落の「自らの望む情報を受け取らない権利」は、「自らの望まない情報を受け取らない権利」ではないですか?」との指摘を受け,最後の段落を修正した. 追記 (7/24/2009). その後いちおうの解決は得られた.「メール検閲システムへの対処法」を参照. |
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NEW レオマワールドの動物園に行ってきた.潰れてしまった旧レオマ時代もふくめて,レオマワールドに行ったのははじめてだ. ほとんど人影がないため閉鎖中と間違えそうな意味不明の人工湖のほとりを抜け,だれも乗っていない長い長いエスカレーターで上った丘の上の,そのまた奥にその動物園はあった.「オリエンタルトリップ」と呼ばれていたエキゾチックだった区画の跡地の「廃墟」のなかに動物を集めたもので,タイの古い寺院を移した遺跡 (の遺跡?) の奥にある. というか,この土地ぜんぶがバブルの時代の遺跡と言っていいだろう.手許の古い雑誌に「夢と冒険と感動のレオマワールド」とあるが,たしかにいまは破れてしまったあの時代の夢を感じるにはいい場所だ.経営学を学ぶ学生にはおすすめだ.まだ営業中であり「廃墟」と呼ぶには中途半端だが,廃墟マニアも喜ぶかも.土曜というのに従業員はチケット売り場をふくめて3人しか見かけなかったし,広い場内に客は15名もいなかったと思う.すべてのレストランは潰れていて,建物は荒れ放題だった.運営会社の地図では,わんわんゾーンやふれあいゾーンは入り口付近になっているが,じっさいはそれらも寺院の奥にあった.おそらく従業員を減らすために集中させたのだろう. しかし動物園としてはかならずしも悪くないかも.客がほとんどいないだけあって,順番待ちや時間を気にせずに犬とかウサギとかと触れ合うことができるから.ただし動物と触れ合うための場所に従業員がいるとは限らないから,従業員をみつけるのがたいへんかもしれない.ボクがウサギと触れ合ったあとも,それまでそこにいた飼育係と見られるお姉さんが 100 メートルほど離れた小屋に移動して,今度は飲み物の販売員をしてくれた (ビール2種類と清涼飲料水3種類だけ売っていたと思う).より直接には,エサの準備と次の触れ合いコーナーへのボクのリクエストに備えてその場所に移ったようだが. 「あれでどうやって採算取れるんだろう? ひょっとすると入口までのエスカレーターの維持費さえ稼げないかも?」などと余計な心配をしつつ帰って来た.調べてみるとどうやら動物の輸入販売とかリースとかをやってる会社が運営しているらしい.学生がいるのかどうかはしらないが,動物飼育スクールもやってるらしい.なるほどな.集客はなくてもやっていけるのかもなあ. 追記 (7/12/2009) 客来ねえ〜よ.
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「囚人のジレンマ」については聞いたことがあるだろう.ゲーム理論ではもっとも有名なゲームだ (実際はあまり「ゲーム的状況」になっていないのだが).このブログでも「仲介者による囚人のジレンマ解決法」という記事であつかったことがある. 最近,自分で作った演習問題 (正誤問題) を見ていてふと気づいたことがある.
囚人のジレンマを反例としてあげてくれればその問題の正解にはなる.その問題の場合ほかにももっと簡単な反例はあるが,問題によっては囚人のジレンマくらいしか思いつかないものもあるだろう.そういう問題ではしばしば「囚人のジレンマ」と答えるだけでは不十分で,出題者は利得行列を要求することが多い.すると「囚人のジレンマの利得は暗記しないといけないのか? あの数字はどうやって思いつくんだ? 手品じゃないんだから種明かしくらいして欲しい」という学生が現れるかもしれない.「ゲーム理論家は賢いからそんな数字はすぐ思いつく.ゲーム理論をマスターできるような学生にとってもそんなことは十分簡単なはずだから,その数字をどうやって思いついたかなんてことはどのテキストにも載ってないよ」と突き放せばいいのかもしれない.じっさい,作り方なんて載せてるテキストを見た記憶がない.だが,そうすると本気で囚人のジレンマの利得表を丸暗記しようとする学生が出て来るかもしれない.それは教育的にはあまり望ましい状況とは言えないので,以下に作り方を解説してみる.
まず,(もっとも簡単な) 囚人のジレンマは2人ゲームで (プレーヤーは Player 1, Player 2 とする),プレーヤーはそれぞれ戦略を2個持つことくらいは覚えておこう (Player 1 の戦略は U, D で,Player 2 の戦略は L, R としておく).そうすると戦略の組は4つしかない.したがって利得表を埋めるための数字としてはたとえば 0, 1, 2, 3 の4個を用意しておけば十分である.
あとは囚人のジレンマの (i) ストーリーあるいは (ii) 特徴のいずれかを覚えておけばよい. 囚人のジレンマの作り方 1囚人のジレンマのストーリーを覚えておく.そうすると 4 つある戦略ペアをどういう順番でそれぞれの囚人が順序づけるかは分かるはずだ.利得の低い方から 0, 1, 2, 3 の値を当てはめればできあがり. 囚人のジレンマの作り方 2この作り方では 0, 1, 2, 3 から利得を当てはまる必要はない.囚人のジレンマの特徴として以下を覚えておく (最後2つの特徴は本質的ではないので,作り方 3 では外す):
2.1. 均衡における利得ペア (u, u) を適当に決め,u' = u + 1 とする.仮に (u, u) = (1, 1) とすると,(u', u')=(2, 2) になる. 2.2. この段階で利得表は以下までできている.
あとは,D と R が支配戦略になるように表を埋めれば以下のようになる.ここでは戦略を切り替えたときの利得の差が 1 になるように揃えた.
つまり,
囚人のジレンマの作り方 3「囚人のジレンマの作り方 2」で挙げた囚人のジレンマの特徴のうち,最初の2つを使う.各プレーヤーの利得には 0, 1, 2, 3 の数をすべて使うことにする. 3.1. Player 1 の利得を以下のように割り当てる.この割り当ては覚えておいた方がいい (補足 3.2).
3.2. D が支配戦略になっていることに注意すると L が支配戦略になることが分かる.(詳細.もし,R が支配戦略ならば (D, R) が支配戦略の組となるが,Player 1 の利得が 3 なので,これより改善できないことになる.) 3.3. Player 2 の (D, L) における利得は 0 あるいは 3 にはならないことに注意する.(詳細.この利得が 0 ならば,L は支配戦略にならない.この利得が 3 ならば, (D, L) が支配戦略の組となるが,Player 2 の利得が 3 なので,これより改善できないことになる.) もし Player 2 の(D, L) における利得が 1 ならば,利得表は以下の通りに決まり,これは囚人のジレンマになる.(均衡を右下に持って来たければ,L の列と R の列を入れ替えればよい.シンメトリックな利得行列が得られる.)
(HRM からの寄稿) |
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大学へようこそ.「新入生へのメッセージ」ということで原稿を頼まれたので,大学教員として,そして「先輩」として,アドバイスをしてみる.ボクは留年も退学も転校も卒業延期も経験したし,大学の教務主任にお願いして卒業要件を変えてもらったことさえある.長い学生時代を過ごしたので,それなりに有用なアドバイスもできると思う.抽象的・精神的な訓話をするつもりはない.みなさんそれぞれが目指す職業人 (ボク自身で言えば学者) への道のりを少しでも楽なものにできるような情報を提供したい.(ただしボク自身はけっこう無駄なことをやってきた.決して最短コースで学者になったわけではない.) みなさんの多くは高校までは学校の勉強や受験勉強をしていれば済んだかもしれない.しかし大学生になったら勉強しなければならないことは一気に増える.専門として選んだ学問分野だけではない.効率的にやるためそして長期間継続できるようにするために,勉強法を工夫する余地は大きい.よって勉強法の本も少しは読むといい.たくさん読む必要はない.(受験勉強法にやたら詳しい一方で受験勉強自体はあまりやらない受験生みたいになってもしょうがない.) ボクが気に入ったものを数冊紹介する.
さて,方法が分かったら次は中身だ.(本来の順番とは逆かもしれないが,順番は気にしなくていい.仕事でも学問でも,途中経過はそれ自体を問題にしないほうがいい.要するに結果を出すことが重要なのだ.) 学生時代になにを勉強しておくべきか.自分の目指す将来像から逆算して必要なものをピックアップすればいいのだが,それは必ずしも簡単な作業ではない.勉強すべき内容としてボクが学生に薦めたいものを例示してみよう.ものによっては勉強法にかんするヒントなども添えておく.
以上,資格取得のための勉強は挙げていないことに注意.資格のための勉強というのは,すでに知られた知識を取り込むものであり,新しい価値や知識を生み出す研究とはかなりちがう.そのため,刑務所とちがって大学では資格のための勉強は重視されない.大学にかぎらず職場も同様であり,(規制された職種以外では) 資格自体を重視するわけではない.なにかを学ぶためとか,なにか他の目的を達成するために資格を利用するのは問題ない.しかし資格取得自体が目的となってるようなひとは,自分の目的を問い直した方がいい. 最後に,受講科目の選択にあたっては,可能なかぎり優れた教員を選ぶのがいい.これを誤ると,とんでもなく遅れた知識を授けられたり,単純なものごとを複雑に説明されたりして,書籍で学ぶよりも非効率なことがある.このような失敗を最小化するためには,自分の仕事 (研究) をまともにやっている教員による科目を選ぶのがコツだ.
以上,勉強法,勉強すべき内容,そして教員の選択についてアドバイスを述べた.このエッセイがみなさんの大学在学中の糧となることを願っている. |
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