『表現のための実践ロイヤル英文法』

綿貫 陽,マーク・ピーターセン『表現のための実践ロイヤル英文法』(旺文社,2006) が届いた.八田達夫『ミクロ経済学 II 』の文献案内を見て注文することにした本だ.700ページ越えて1800円は安い.索引も十分だし,別冊で暗記用の例文集もついてる.気になる項目をいくつか調べてみた.

なかなかよかった点

  • 116頁.受動態が好まれる場合.
  • 141頁. It is ~ for A to... で that 構文にできるものとできないもの.
  • 345頁.名詞の単数と複数の使い分け.主語が複数で各自が一つずつ何かを持ってる場合など.
  • 367頁.話し手,聞き手と冠詞の使い分け (Helpful Hint 93 など).
  • 376頁.冠詞の省略は絶対的か?
  • 395頁.名詞の繰り返しを避ける that と the one の関係.
  • 512頁.時制の一致の例外と書き手の意図.

やや弱い点

  • 245頁.so that you can/will の区別が不十分.
  • 247頁.科学論文でよく出て来る such that (たぶん satisfying the condition that) の説明がない.

名詞の複数と単数の使い分けや冠詞の使い分け,その他英語論文を書くときのいくつかの疑問については,以下もかなり参考になる:

  • 原田豊太郎. 理系のための英語論文執筆ガイド: ネイティブとの発想のズレはどこか? ブルーバックス. 講談社, 2002.

追記 (1/29/2010). タイポを修正.この本の特徴を一言で言えば,「説明が簡潔なわりに分かりやすい」となるだろう.

【2010/01/28 18:10 】
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応用情報技術者試験の受験対策

応用情報技術者試験に合格した.通常こういう国家試験に合格すれば「なんとか技術士」のような国家資格を得られそうなものだが,この試験に合格して得られる資格名をじつは知らない.べつに「応用情報技術者」という資格があるわけでもなさそうだし,あえて名乗るとすれば「応用情報技術者試験合格者」とでもなるのだろうか.「なんとか試験合格者」なんていうのはなんとなく情けない呼び名なので,積極的に使いたい気がしない.IT 業界とほとんど関係のないボクのような人間にはそもそもメリットを感じられない資格であり,なかなかやる気がおきなかったが,初めての受験でなんとか合格できたので合格体験記でも書いてみよう.

この秋に受験した高松の英明高等学校会場では,IT パスポート試験,基本情報技術者試験,応用情報技術者試験,各種高度試験が行われており,応用情報技術者試験だけでもいくつか試験室があった.(香川ではこのとき応用情報技術者試験に253人応募し,175人が受験, 34 人が合格だったそうである.) 試験当日は「こんな地方都市でいったいだれが何のために受けているんだろう」と思ったものだ.そういう自分自身も何のために受けたのかはっきりしないところがあったが,あえて言えば,高校時代にコンピュータの科学者かエンジニアになりたいと思っていた期間が長かったことが挙げられる.実現できなかった「夢」に多少は近づきたいという思いだ.だがこういう試験のための勉強では,当然ながらエンジニアの面白さが分かるわけもなかった.べつの動機としては,図書館・情報機構に所属するボク以外の教員がすべてソフトウエア技術系の専門であるという事情があった.この試験のための勉強で得られる知識が,彼らとの意思疎通を改善するために役立つかもしれないという思いだ.

リマーク.試験対策の勉強というのは,学術書を読むのに比べると格段につまらなかった.ところが,よく勉強する大学生の多くが,じつは大学の科目の勉強ではなくて公務員試験や資格試験の対策をしているというのが現実だろう.それらと応用情報技術者試験などの情報処理技術者試験とは,準備のための勉強のつまらなさにかけては大差ないと思う.要するにたいていの資格というのは学問体系に沿っていないため,試験対策書も出題されやすい項目を羅列したようなものになる.これでは体系的な知識は得られないし,それぞれのテーマの分析も中途半端で疑問を解決できない.そういう勉強ばかりしていたらバカになるのは目に見えている.通常の大学の科目を勉強した方がはるかにおもしろいし,ためになるはずだ.ところが資格試験対策を重視すべきという大学教員がけっこういる.あまりいい傾向ではない.なかには元同僚の Y のように,自ら受験し (て落ち) た勇気あるひともいたけれど…….

それにしても試験会場はうるさかった.午前は (一部試験を免除されたひとたちの) 廊下を歩く足音がたくさん聞こえて集中できなかった.午後は耳栓をしていたけど,石清尾八幡宮の祭りの神輿が近くまで来ていたらしく,太鼓の音とかかけ声が聞こえていた.午後は問題が長文なので集中できないことの影響は大きく,できるはずの問題でつまらないミスをぼろぼろとやってしまった.

午前問題は計算問題が予想以上に少なかった.計算問題なのに用語が分からないのが3題はあって,うち2題は意味を推測しながら答えたがけっこう時間がかかった.それでも結果は80題中65題正解で,81.25点だった (ストラテジ系 25点中21.25点 [85.0%],マネジメント系13.75点中7.50点 [54.5%],テクノロジ系61.25点中52.50点 [85.7%],合格点は60点).80点で受験者の上位 1.47 パーセントくらいだから,後述の勉強法で通用するだろう.

午後問題は成績照会でも各問ごとの点数は表示されない (6問選択で,じっさいには問 2, 4, 5, 6, 9 の 5問に答えた; 分野はそれぞれ,プログラミング,システムアーキテクチャ,ネットワーク,データベース,情報セキュリティ).できは悪かったと言える.上述の騒音のせいが大きいと思うが,準備不足もあった.そもそも自信を持って薦められるような受験勉強法は見いだせなかった.(IT 業界での実地経験なしに受験すること自体あまり効率的でないという思いが消せなかったため,今回落ちたら諦めるつもりだった.) ボクが午後試験対策をした本 (アイテック『午後問題の重点対策』) に載っていた問題は問題文中に必要な知識が埋め込まれており,時間さえかければどうにかなるものがほとんどだった.しかし今回は知識問題が多かった気がする.じっさいアイテック (iTEC) のサイトの本試験講評に「[午後試験の] 問 3〜問12の選択問題は,個々の問題テーマの内容に関してある程度の知識を理解していないと解答が難しい設問がいくつかありました」とある.そういうわけで以下の準備法は今後行われる午後問題には通用しないかもしれない.

それではボクの体験から抽出した応用情報技術者試験準備法をまとめておこう.午後についてはこれでいいのか疑問が残るが,午前にたいしてはじゅうぶん効果的な対策ができると思うものだ. じっさいの受験勉強はこの準備法よりは若干非効率で,8月上旬から10月18日の試験前日まで週5日ていど, (「平均」という割にはだいぶ幅があるけど) 一日平均4から8時間くらいやっていた.特に午前対策は身が入らなくてだらだらとやっていた.

1. あるていどのトピックのまとまり (「データベース」「ネットワーク」など) ごとに:

  • 『栢木先生の基本情報技術者教室』 (技術評論社) を読む.[各自が基本情報技術者試験対策でもちいた解説書でいいと思うが,栢木はイメージをつかみやすくて応用情報の準備にも意外と役立つ.]
  • 『応用情報技術者試験精選午前予想600題試験問題集』(東京電機大学出版局; 最新版は『応用情報技術者試験 午前 平成22年度版 精選予想500題+最新160題 試験問題集』) の該当章を読む.この際,必要に応じて大滝みや子,岡嶋裕史『応用情報技術者合格教本』 (技術評論社) の第 I 部 (知識のまとめ) の該当章を読む.[自分は大滝,岡嶋を最初に通読したが,ひじょうに時間がかかった.せめて柏木を先に読むのが賢いだろう.]
  • 『応用情報技術者 午後問題の重点対策』 (アイテック) の該当章を読む.[自分は試験場で選択した分野に対応する5章分しか読めなかった.]

2. アルゴリズム問題が苦手なばあい『ソフトウエア開発技術者 大滝みや子先生のアルゴリズム教科書』 (リックテレコム) を読む.[計画には入れていたが,自分は時間不足で省略.この本自体はすらすらと進められるはず.]

3. 必要に応じて『精選予想600題』を繰り返し [自分のばあい,二回目をできたのは1, 2 と 3章半分くらい],『午後問題の重点対策』を繰り返す.[ほかの問題集もやった方がいいかも.]

【2009/12/22 03:04 】
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犬島アートプロジェクト: やけに美しい精錬所跡と三島由紀夫の怨念

船を乗り継いで,犬島アートプロジェクト「精錬所」(Inujima Art Project Seirensho) に行って来た.やけに美しい廃墟のなかに埋め込まれた美術館内で,三島由紀夫の文字に込められた怨念を感じ取ることができる.廃墟と美術館の組合せは意外と少ないかもしれない.

三島と犬島とはなんの関係もない (はずだ).たかだか「島」の字が共通するくらいだ.もちろんアーティストは「日本の近代化のありかたに疑問」とかなんとか言って結びつけるかもしれない.鑑賞する人がかすれる程度の関連をそこに見いだすとき,その意外性に想像力をかき立てられるということだろう.少なくとも三島に関連する博物館や記念館で「旧三島宅」として見せられるような退屈さはない.

蛇足

  • 「三島由紀夫ってだれだ?」って疑問に思う人はあまりいないと思うが,念のために補足しておく.大阪万博のあった1970年に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に籠城して自衛隊決起を促す演説をしたあと自決した右翼文学者だ.洋書店の日本関係コーナーでおなじみの Mishima と言った方が分かりやすいかもしれない.この美術館が Mishima を題材に選んだあたりは,さすが外国からのお客を意識している?
  • 詳しくは書かないけど,あの文字アートは映画 THE MATRIX に出て来るものに似ていた.

屋外の銅の精錬所というか工場の遺跡はかっこよかった.カラミ煉瓦造りの工場跡といい大煙突といい,異様な美しさを誇っていた.天気もよかったせいか,廃墟らしい汚さも寂しさもまったく感じられないのがかえって寂しいくらいだった.わざわざ予約して高い乗船料を払ってここまで来た甲斐があったと思った.

  • 公式サイトには「90年近くを経てかつての大規模な精錬事業を伺わせる遺構が良好な形で残されています」とあるが,「90年しか経ってないのにここまで崩れていていいのか」と思わなくもなかった.天井部分を残した建物が見当たらないのだ.まあ,それゆえ美しさが増しているという面はあるだろう.
  • 廃墟部分は決められたコースのロープの内側をツアー形式で歩くことになる.廃墟マニアにはもの足りないかも.発電所跡にも煙突の真下にもかまどのような倉庫のような小部屋の中にも入れなかった.公式サイトの「注意事項」に「敷地内は、遺構をそのまま残している部分もあり、一部倒壊危険区域があります。ご見学は個人の責任にてお願いします」とあるので,もう少し期待していたのだけど…….ツアー後に「個人の責任」で回れる部分は美術館周辺に限られていた.それでもからみレンガの壁のなかを歩き回ることはできたので,ボクは満足だ.
  • 素朴な疑問.精錬所の建物はカラミ煉瓦でできている.カラミ煉瓦は精錬所における銅の精錬過程で発生する鉱滓からできている.では,精錬所とカラミ煉瓦はどちらが先にできたのだろう?

関連サイト

【2009/11/25 05:21 】
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論文のコピー手順

昨日はひさしぶりに論文をコピーした.若さ溢れる一部の研究者とちがい,ボクはこういう肉体労働は嫌いだ.大学院生時代は自分でお金を払ってコピーサービスでやってもらってたし (ただし冊子を探し出して図書館内のサービスまで運ぶのは自分),大学教員になったあとも経済学部時代は主に助手にやってもらってた (欲しいもののリストをメールしてた).経済学部を去ってからは助手のサービスが使えなくなったので仕方なく自分でやっている.

今回は図書館に所蔵しているのは分かっていたが,面倒なので最初は出版社に高いお金を払って研究費で pdf を購入しようと思った.だが,大学からの回答は「クレジットカード払いだから無理」とのことだった.(どうやらわが大学ではその出版社から直接購入しようとした前例はなかったらしい.なお,インターライブラリーローンについては,pdf を送ってもらうのはダメらしい.)

研究室が図書館外にあった頃と今とではやり方が少しちがう.研究室が図書館内になかったころはこんな手順だった:

  1. 図書館に行く
  2. 図書館の書架 (1階) からジャーナルを取り出す
  3. サーキュレーションデスク (2階) でジャーナルをチェックアウトする
  4. [スキャン結果に満足できないあいだ] 以下を繰り返し
    1. 自分の研究室に近いスキャナでスキャン (結果を自分宛にメール)
    2. 研究室でスキャン結果をチェック
  5. ジャーナルを図書館に返却

ステップ 4 の繰り返しのあいだは,重いジャーナル冊子をかかえて1階のコピー室と3階の研究室を徒歩で行き来した.研究室と図書館のあいだの移動ももちろん徒歩.

研究室が図書館内に移ってからはこういう手順になった:

  1. もともと図書館4階にいる
  2. [スキャン結果に満足できないあいだ] 以下を繰り返し
    1. 図書館の書架 (1階) からジャーナルを取り出す
    2. 図書館 1 階のスキャナでスキャン (結果を自分宛にメール)
    3. ジャーナルを図書館の書架に戻す
    4. 研究室 (図書館4階) でスキャン結果をチェック

ポイントは,スキャンが終わったら結果をチェックする前に直ちにジャーナルを書架に返していることにある.スキャン結果に一度で満足できた場合,あらためて研究室から書庫にジャーナルを運ばなくていいのだ.しかし一度でスキャン結果に満足できるとはかぎらないことや,研究室に行った日はいずれにせよ最後には図書館 1 階から退出することを考えると,ジャーナルを戻すのはスキャン結果をチェックしてからでもいいかもしれない.その間1階のコピー室と研究室のあいだを重いジャーナル冊子をかかえて行き来することになるが,エレベータが使えるのでたいしたことはないだろう.

なお,スキャンと同時にプリントアウトしてスキャン結果を確認することもできるかもしれないが,料金の支払いの手続上面倒になるためやってない.また,研究室に高速スキャナを置く手もあるが,使用頻度の低さや書架のある1階と研究室のある4階間のジャーナル冊子の移動が必須になることを考えると,コストに見合わないといまのところ判断している.研究費の使い道がなくなったときは導入するかもしれない.

【2009/11/11 11:58 】
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ナッシュ遂行では顕示原理は成り立たない

この記事は,ある問題にかんするある研究者との理解の不一致に端を発した覚え書きである.目的はボクの理解するところを伝達すること.用語の説明はかなり省略する.対象読者はメカニズム・デザインに触れたことがあるひと.まずは簡単に用語を復習しておく:

  • 社会選択対応とは選好列 (選好プロファイル) にアウトカム集合を対応させる対応.
  • メカニズム (ゲームフォーム) とはメッセージ (アクション) 列にアウトカムを対応させる関数.
  • 直接メカニズムとは各人のメッセージが自分のタイプ (選好) であるようなメカニズム.社会選択関数 (一価である社会選択対応) のこと.[追記.本稿の結果はこの定義に決定的に依存する.最後の「追記」を参照.]
  • 「メカニズムが社会選択対応を遂行する」とは,つねにそのメカニズムによる均衡アウトカム集合がその社会選択対応で選ばれるアウトカム集合と一致すること.
  • 「直接メカニズムが社会選択対応を正直遂行する」とは,つねに自分のタイプ (選好) を正直に申告する戦略列がそのメカニズムの均衡になり,かつ均衡アウトカムが社会選択対応で選ばれるアウトカム集合にふくまれること.(正直戦略以外の均衡アウトカムが社会選択アウトカムになっているかどうかは関係ない.)

顕示原理とは「ある均衡概念のもとで,あるメカニズムがある社会選択対応を遂行するとき, (その社会選択対応の selection である) ある直接メカニズムがその社会選択対応を正直遂行する」という命題である.この原理は均衡概念が支配戦略均衡あるいはベイジアン・ナッシュ均衡のもとで成り立つことが知られている.

ではナッシュ均衡のもとでは顕示原理は成り立つか? テキストなどではなぜかあまり触れられない疑問だが,ボクは成り立たないと思っている.しかし成り立つと信じているひとは意外に多いかもしれない.ここではどうしてそういう誤解が生じたのか (ベイジアン・ナッシュ均衡は完備情報化ではナッシュ均衡になるから?) は気にせずに,成り立たない理由を説明してみる.間違っていたら教えて.

ボク自身が成り立たないと思ったきっかけは,自分が証明に行き詰まったからだ (笑).たとえばベイジアン・ナッシュ均衡による遂行にかんする顕示原理の証明 (e.g., MWG, Prop 23.D.1) を辿ってナッシュ均衡による遂行の場合を証明しようとすると行き詰まる.その原因は以下の違いに起因する:

  • (ベイジアン・ナッシュ均衡を通常考える) 不完備情報での戦略とは,自分のタイプからアクションへの関数である (各自 i は自分のタイプθiのみ知ってアクション sii) を選ぶ)
  • (ナッシュ均衡を通常考る) 完備情報での戦略とは,タイプのプロファイルからアクションへの関数である (各自 i は全員のタイプθを知ってアクション si(θ) を選ぶ; MWG Chapter 23, Appendix B 参照)

より具体的に言えば,証明の最後近くで詰まるはず.g(si(θ'), s-i(θ)) のような形が出て来てきれいに分離できない.(もとの証明では g(si(θ'i), s-i-i)) となるところ.) つまり "Tell me your type" の部分で自分以外のタイプも申告してしまうわけだ.

もちろんボクが証明できないというだけではある命題が偽であることにはならない (←当然だよなあ).したがって反例を挙げることにする.(じつは反例を考えた記憶がない.指摘してくれた方に感謝.) これで「成り立つ派」も納得では?: 間接メカニズムである Walker メカニズムは Lindahl ルールをナッシュ遂行する.しかし Lindahl ルールにおいては正直に選好を申告することはナッシュ均衡にならない.したがってナッシュ遂行では顕示原理は成り立たない.納得してもらえたかな?

おまけ 1. 「正直遂行」が「遂行」の特殊ケースになっていないことに注意すれば,一般には顕示原理の逆は成立しないことが分かる.つまり「ある直接メカニズムがある社会選択対応を正直遂行するとき,あるメカニズムがその社会選択対応を遂行する」という (字面からは当然そうな) 主張は成り立たない.ところがこれが成り立つという誤解は少なくないようで,しばしば不適切な場面で「分析を直接メカニズムに限定してよい」という記述が見られる.(MWGや契約理論のテキストではメカニズムの均衡アウトカムのなかに社会選択対応で選ばれるものが入っていることをもって「遂行」としていることが多い.この場合,顕示原理の逆は当然成り立つので,分析を直接メカニズムに限定するのは問題はない.問題なのは「遂行」の意味が本文でしめしたものと同じであるにもかかわらず顕示原理の逆が成立すると想定してしまう場合である.)

おまけ 2. 実はまだゆっくり見てないのだが,Behavioral Mechanism Design Bibliography Database というサイトが便利らしい.

おまけ 3. メカニズムデザインにかんする入門記事としては,「ソロモン王のジレンマはセカンドプライス・オークションで解決できるじゃないか!」をすすめるが,専門用語を避けているためこの記事の理解のためには不十分である.この記事の理解のためには,三原麗珠の「メカニズム・デザイン: レクチャー・ノート」レベルの知識は欲しいところ.

追記 (10/24/2009). Osborne and Rubinstein (1994) によればナッシュ遂行では顕示原理は成り立つという! 「平凡助教授まちがってるじゃん!」って?---そうではなさそうだ.どうしてこういう違いが起きたかと言えば,彼らの正直遂行の定義 (Definition 179.2) では,ここでいう直接メカニズムに当たるゲームフォームで人々は (自分のタイプに代わって) 全員のタイプを申告することになっているためである.どうやら顕示原理も定義の微妙な違いによって成立したりしなかったりするようだ!

(HRM からの寄稿)

【2009/10/23 22:43 】
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「問題だ!」と言う人がいちばん問題?

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」

イヤな言葉だ.こういう言葉は言われたくない.孔子様の「己の欲せざるところ,人に施す勿れ」の由来にしたがえば,他人には言ってみたい言葉ということになるだろう.だがボクの周囲には,本当に問題であることにたいして「問題だ!」と激しく指摘してくれる人がボク以外にいないので,使う機会はあまりなさそうだ.(おもしろいことに「そんなの自由でしょう.ちっとも問題ではない!」とボクより激しく主張する人はもっと少ない.) 残念だ.けっきょくはボクが言われる方になるのだろう.そのときは,

「「「問題だ!」と言うひとがいちばん問題なのだ」というひとがいちばん問題なのだ」

と言い返すことにしておこう.

ところでさいきんその言葉を口にした人がいる.いや,文字にした人が.武蔵野 (三鷹・小金井) の杜で学んだと思われるもと隣人で (思いちがいなら失礼!) ,いまは海を挟んだ隣人であるショウゴさんこと三野牧師である.そのブログ記事のタイトルは「その正論は間違っている」.勇ましいタイトルのわりに本文はソフトだ.(とりあえず「敵対的」トラックバックは送った.悪意はないけど,理解されない可能性はあるかも.そのときは仕方ない.というか,もともとトラックバックは受け付けてないぽいな.)

で,物好きなボクがそれにちょっかい出したら,ショウゴさんはさらにソフト度を増幅させ,「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と応えてくださった.「牧師さんに謝らせるような偉〜いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.

どうちょっかい出したかって? 「正論を言わないことに激しく痛みや苦しみを感じるひともいるのです.言ったら言ったでまたべつの痛みや苦しみがあるのが悩ましいところですが」と言ったのさ.なにしろボクはある科学的測定結果によれば,自由を奪われることにかんして最低でも通常の日本人の64倍は強く痛みや苦しみを感じるらしいから.補足しておくと,自分自身が痛みや苦しみを感じなくても,正論が通らないことによって痛みや苦しみを受けるであろう多くの人々のことの方が目の前にいる相手のことより気になるという人もいるだろう.

いやあ,ショウゴさんゴメンなさい.べつにショウゴさんが上記の言葉を他人に向けて発したとは思ってませんよ.仮に発するとしても,かなり頑固な反戦主義者のようだから,相手とか状況を選んで,それなりに納得できるようなやり方で発することと推測します.ボクの方も冒頭で「こういう言葉は言われたくない」とは言ったものの,べつに利害関係ないひとに言われるだけなら,「あ,そう」という感じで,特に気にしません.

少し建設的な方向に話を進めよう.牧師さん曰く:

「物事や人を良い方向に導くのは正論であるかどうかという部分よりも、
相手や物事の本質と同じ目線に立とうとしているかが大きいと思うのです。

これもあまり嬉しくはないけど,じゅうぶん理解できる.ビジネススクールにいたことのあるゲーム理論家らしく言い換えれば,

「目標が正しくても,戦略が誤っていれば目標は達成できない」

とでもなるだろうか.ありがたみもへったくれもない世俗的な言い方だが,こういう言い方の方が大学教員にはふさわしいだろう.(牧師とちがって,大学教員とか経営者は「なにを精神論なんか言っている!」とバカにされる立場だから.) でも言い換え前の言葉にふくまれている精神はそんなには失ってないと思う.そのわけは面倒なのでここでは議論しないけど,ビジネスあるいは市場こそが道徳的だという理解は倫理学者にも広まって来ているからいいだろう.そもそも戦略的な行動を取ること自体は善悪とは関係ない.

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」という言葉を (好意的かつゲーム理論的に) 再解釈すれば,後ろの方の「問題なのだ」というのは,「悪い」という倫理的判断ではなく「戦略が下手」という,技巧にたいする評価だと理解できる.言われて嬉しい言葉とはいわないが,かなり客観的な命題に聞こえなくもない.

そういうボクはじつは戦略的に行動するのがとても苦手だ.問題を見つけしだい,犯人を探し出して罵倒して潰そうとするのが常だ.(いや,通常は問題というのは複雑なインセンティブから生じており犯人を特定できるものではないので,とりあえずだれでもいいから同じ問題で苦しんでいそうな「仲間」の前で怒りを表現してみる.笑) じっさい (あらゆる場面でとは言わないけど) いろいろと損をしていると思う.

それじゃ「ゲーム理論家として問題じゃないか?」と言われたら何と答えたらいいだろうか.「戦略的に行動できているからといって,それを認めることが戦略的に有利だとは限らないだろ.ふつうは不利になると思うよ.ボクがコンサルタントやってたり一般向けのゲーム理論の本を書く予定があったりしたらべつだけど,そうじゃないから,べつに戦略的行動が下手と思われてもぜんぜん困らない.能ある鷹は爪を隠すと言うじゃない.いや,いや,それは一般論で,ボクは単にバカなんだよ.いや,バカって言っちゃ創造主に怒られるからそれは撤回して,なんというか,日常的に戦略的思考とかしてたら疲れるので一切しないことにしてるんだ」とでも答えて煙にまけばいいかな.アハハ.

信じてもらわなくて結構だが,ボクは善悪にかかわるような問題については愚直に行動することにしている.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.ホントだよ.ホントだってば.

うまく説明できないが,あるシチュエーションを戦略的にうまく乗り越えたとしても,似たようなシチュエーションは繰り返し起こりうる.短期的に見ればうまく問題を解決できるような戦略でも,長い目で見れば大きな失敗になっていることがある.(考えてみよ.たとえば市場がすばらしいのはそれが人知を越えているからだ.将来的に持続して正しく予想できるわけがない.)「ヤクザの脅しに乗ってカネを払ってしまったら,そのヤクザやほかの連中に将来つけ込まれることになるかもしれない」ということだ.もちろん「ヤクザの方もビジネスは続けたいはずなので,特定地域で長期的に活動しているようなヤクザなら信じて従うのが賢い」という反論も理解できなくはない.それでもボクは「問題だ!」と指摘することも行動することも止めたくないのだ.

なんかいつのまにかヤクザの話になってしまった.ボクの置かれた環境を表現するには泣きそうなくらい適格な比喩なので,笑ってしまいそうだ.

【2009/10/20 18:27 】
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しばらく更新しないと思う

前回の記事からもうひと月か.10月終わり頃まではたぶん更新できない.この機会に盟友 theorist2 のはてなハイクを講読することをお薦めしよう.

【2009/09/19 13:26 】
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iPod touch アプリケーションを研究費で買う方法

iPod touch あるいは iPhone 用のダウンロード販売アプリケーションを研究費で購入する方法を紹介しよう.結論から言えば「iTunes Card を利用せよ」ということになる.教員に割り当てられた個人研究費でダウンロード製品を買うことはできないわけではないらしいが,個々の iTunes touch アプリの値段は少額のことが多い.そのたびに総務の契約課の事務職員の (そしてそれ以上に自分の) 手を煩わせるのは効率が悪い.そこで思いついたのが iTunes Card だ.これなら一度の申請で一定額分の購入枠を手に入れることが出来る.あとは必要なアプリケーションを見つけしだいその枠から支払って行けばよい.

ということで iTunes Card の購入申請をしてみたところ,数週間経って (遅い!) 契約課から文句が来た:

「iTunes Cardについては、カードを利用して、
ネットより音楽ソフトをダウンロードするものと認識しています。
カードを使ってどのようなものを購入されるのかが、分かりませんので、
理由書を取るようになっております。
同様に、ダウンロードされるソフトが、教育研究に関わるものであること及び市
販のCD等で購入されない理由も記載下さい。」

いや,べつに音楽が欲しいわけじゃない.CD は聴ききれないほど持ってるし.「研究費で買った iPod touch 用にアプリケーションを入手したいだけなんだ」と契約課に返事した.先方は事情は分かったようだが,それでも理由書が要るという.限られた研究費のもっとも価値のある使い方を知っているのは研究者本人だから,つべこべ言わないで研究者本人にまかせてもらいたいんだけどな.しかしそれでは埒があかないので正直に理由書を書いた:

平成香川大学経営管理室契約グループ 担当者殿
平成21年7月10日
ダウンロード製品購入カードについて
大学図書館 平凡助教授

教育研究内容
人文・社会・情報科学の包括的研究

購入目的
Apple 社製 iTunes Card が必要な理由は,同社製 iPod touch 用のソフトウエア購入のためである.(同製品のソフトウエアは店頭ではなく iTunes Store を通じたダウンロードによって販売されている.) 購入予定のソフトウエアは以下のようなものである:

  • iPhone 3.0 Software Update for iPod touch. 同製品の OS を更新するもの.カット,コピー&ペーストなど現バージョンの OS に欠けた機能を提供.
  • 各種辞書および語学教材.[注: あらかじめメールで参考記事を送っておいた.]

以上,よろしくお願いします.

数週間後,図書館内の注文品を受け取るボックスを確認したところ,ヤマダ電機の袋に入った iTunes カード1万円分が届いていた.ということで,ボクにかんするかぎりは上の理由書でよかったようだ.この結果,以前から導入していた無料の ITJ 六法やピアノ鍵盤アプリに加え,今回購入した iTunes カードで iPhone 3.0 Software Update,大辞林,i英辞郎,そして Dictionary.com (こいつは無料だな) を iPod touch に導入することが出来た.今後は語学ソフトなんかも買うかもしれない.

他大学や同大学他教員については上記のような理由書で行けるかどうかは分からないが,試してみる価値はあるだろう.その際「教育研究内容」が重要なのかどうかは分からない.ボクの場合は学内事務向けには長年「人文・社会・自然科学の包括的研究」というのを使って来た.今回は特に理由もなく,現状の教育研究内容を忠実に記述するためにやや分野を絞ってみた.自分自身の教育研究内容をそのまま書いても通りそうにないと心配する人は,「人文・社会・情報科学の包括的研究」というのを参考に,アレンジするなりオリジナルなものを考えるなりして欲しい.かぎられた研究費をほかの無駄なことにではなく価値あることに使おうじゃないか.

【2009/08/19 22:59 】
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メール検閲システムへの対処法

メール検閲システムは大学にとって自殺行為」というエントリーで指摘したメール検閲と無断削除の問題はいちおう解決した.管理者と情報センター関係者には丁寧に謝意を表明しておいたので,この記事の公開をもってやっと心の平静を取り戻せることになる.これでここ数週間続いていたうつ気分から抜け出せそうだ.

ただし個々のユーザーで対処できる問題ではないので,「無断削除は困る」という利用者は,管理者に申し出る必要がある.自由を回復するためにはそれなりの戦いというか,多少のコストは覚悟しなければならない.(そのコストの大部分は先人たちが払ったくれたわけだが.)

ちなみに Barracuda システムを管理している情報センターに問い合わせてみたところ,当初は 「TCP/IP [SMTP のことを言いたかったのかも?] は,通信を必ず実現するということを保証(ギャランティ)しないところの,ベストエフォート型であるといったような通信を規定していますです.到達を保証したりとか通信の秘匿を前提としたとかいったところの技術というわけではないと言っても構わないであろうということをご理解して下さいです」という迷答さえあった. 「配達証明郵便とか書留でなければ,家主が借家人のポストを覗いて私信を勝手に捨てていい!」 なんて理屈が通るわけないでしょ,あんた! まあ,その後は (こちらが電話するまでまったく情報提供してくれなかったことを除いては) 適切に対応してくれたので,あまり悪くは言わないことにしましょうね.

断っておくけど,メールの中身をスキャンするという意味での検閲の問題は完全には解消していない.しかし一般に「検閲」で特に問題になるのは,著作中のある部分が消されたり,著作物が流通を阻止されたり,著作物の存在自体が隠されることにより,国民 (今回は利用者) の知る権利が損なわれることにある (というていどにボクは認識している).その意味でボクはメールの中身がスキャンされるという意味の検閲に強硬に反対しているわけではなくて,あくまでメールが無断で削除されて届けられないことを重大視しているだけだ.無断削除がほぼ解消された以上は,今回の解決をもってよしとすることにした.

当初情報センターは「努力はするが,フィルタで拒否された一部のメールが届けられない事態を完全には解消できない」と説明していた.その後,関係者の試行錯誤や関連文書の検討の結果,以下の対応ができることが判明した.

対応

メールアドレスを「受取人ホワイトリスト」に追加する (「受取人ホワイトリスト」というのはボクが勝手にそう呼んでいるだけで,じっさいはもっとちがう名前の可能性がある).これですべての Barracuda システムのフィルタを完全に無効化できたことになる (システムに送られて来たメールがすべてメールサーバーまで通過する) かどうかは不明らしい.しかし情報センター側のログから判断する限り,たぶんそうなっているということだ.

受取人としての自分の調査でも,無断削除されるメールはゼロになったかどうかは分からないものの,許容できるレベルにまで減少したものと推測される.今年5月はじめ 200通ていどだった一日あたりの受け取り「スパム」数は,その後減少し,Barracuda 導入直前は30通ていどになっていた.そして Barracuda 導入直後は10通未満で,その後センター側の対応もあってやや増えて,20通前後になっていた.明確な増加がみられたのは,センターの担当者に電話した日以降で,当日センターは上記のホワイトリスト追加を実行した.一昨日は75通,昨日は75通となっている.Barracuda システム導入以前よりだいぶ増えているのは謎だが,とりあえず届いているメールは増えた.

残された問題

  • Barracuda のシステム自体に対処法が組込まれていたのは当然とはいえ評価できる.しかし管理者がその対処法を見つけるのに相当手間がかかったらしい.(システム導入前の原状を回復するだけの処置なのだから,Barracudaのサポートに問い合わせればすぐ解決していたかもしれない.しかし管理者としてはシステムについてじぶんで把握しておきたいため,サポートをあまり期待していなかったという事情はある.) 利用法が複雑なシステムを維持できる体制をセンターは整えなければならない.
  • 受取人のホワイトリストへの追加は,ユーザー側では設定できない.管理者による設定となる.この対処法とはべつに,受取人として対処できることは文書化してマニュアルにふくめておく必要がある.
【2009/07/24 22:19 】
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メール検閲システムは大学にとって自殺行為

前回記事「メール検閲システムにかんするメモ」に書いたメール検閲 (スパム対策) 問題について改めて考察する.「そりゃ検閲だから悪いの当たり前よ」と言えばその通りなんだが,そういう単純な理由では分からない人もいるようなので,まじめに書いてみる. 前述の記事を読まなくても分かるように,検閲システムに反対する理由を書く.簡単に言えば,大学人としてそして図書館教員として,利用者の知る権利を侵害するこのシステムの導入を許すわけにはいかないということだ.

それにしても,ボクに届いたメールを勝手に捨てることを平然と「サービス」と言う神経には唖然とする.ひとがどれだけ不安とか情けなさとか無力感を感じているのか想像できないんだろうか.メールが届かない分については,自分では対策しようがない.どういうメールが拒否されているのかまったく分からない状態で能天気でいろというのか.そういうひとばかりだったらあんなに神経科がはやるわけがない.

「雑草」という名の草はないように,「スパム」という名のメールもない.ボクが「スパム」と呼ぶにすぎないのだ.ただし断っておくが,ボクに代わってあなたがたに「スパム」を決めろと頼んだつもりはない.そこを間違えないでもらいたい.

ボクとしては大学丸ごと Gmail と Google ドキュメントでも使い始めてくれたほうがマシだった.学生へアクセス制限した形でのファイル配布も楽になるし.だが,図書館情報機構の下部組織である総合情報センターが選んだのは,それより劣るように見える解決策だった.コストについては知らないが,場合によってはこれから乗り換えることも選択肢として考えられるはずだ.どうするにせよ,決してこれまでの投資分が無駄になってしまうという思考に捕われてはならない.サンクコストはサンクコストである.これは意見の問題ではなく合理的選択の問題だ.

■導入されたメール検閲システムの概要

まず,今回大学が導入したメール検閲システムの (ボクが把握している) 特徴を列挙する:

  • Barracuda Spam & Virus Firewall という製品.
  • 管理者設定による検閲に引っかかったメールは利用者には届かない.大学アドレス宛のメールをほかのアカウントに転送設定しても,検閲は免れない.
  • 利用者設定により本文解析などの利用でさらにきびしくメールを選別できるように設定できる.しかし管理者側で検閲に引っかかったメールを利用者が取り返す設定はできない.

総合情報センターに言わせれば,

自分たちがメールボックスを提供しているのだから,その中身を捨てるのは自分たちの勝手でしょ

ということになる.ボクに言わせれば,

「メールの所有権は受取人にあるはずなので,その論理には疑問がある」

となる.

■メール検閲システムの問題点

総合情報センターの語法では,検閲システムは「サービス」だそうだが,メール受信システムの基本は「届いたメールをすべて届ける」ことである.いろんな付加機能がついたところで,この基本機能が欠けるようでは,ボクをふくむ利用者にとって意味のあるサービスではない.今回導入された検閲システムはこの基本機能を備えていない「欠陥品」である.

この基本機能が欠けたときの問題点:

  • 重要なメールが届かないことがある.これは単なる可能性ではなく,これまで大学で採用して来たスパム判定システムで経験済み.論文を投稿したジャーナルのエディタや出版社のメールがスパム扱いされたケースは何度もあった.これまでのシステムはラベルをつけるだけで配送はしたが,悪いことに今度導入されたシステムでは配送自体を止める.もちろん,これまでのシステムよりは誤判定が少なくなると期待したいところだが,一部メールが届かない以上,どのくらいの信頼性を持つのか利用者が知ることさえできない.
  • 学生その他の大学利用者・取引先からの信頼を失う.たとえば学生に「みなさんからのメールはすべてチェックしている.誤って迷惑メールに分類されることもあるが,それもふくめてすべてのメールをチェックして返事するようにしている.それでも見落としの可能性があるので……」という,学生へのサービスとして教員が当然やっておくべき宣言ができない.じっさい学生からのメールは,アドレス自体が国際規格からみて不適切だったりすることも多いので,検閲で拒否される可能性は低くない.かりに学生からのメールがまったく弾かれなかったとしても,この種の宣言ができないことで学生からの信頼を失う.
  • 自分のコントロールすべき情報をコントロールできない不安がつきまとう.ボクは届いたメールすべてに目を通して,はじめてコントロールできた感覚を持てる.それが出来ない状態は極めて不安であり,気になってほかの仕事が手につかない.頭に来て犯罪でもやりかねないので,公共交通機関も使えない.公平のために言えば,ひとによっては欲しくないメールを目にしないことで,自分が情報をコントロールできた安心感を持てるだろう.今回のシステムは後者のタイプの利用者の要求に応えようとする (じっさいに応えられているかどうかはべつ) ことにより,前者のタイプの利用者を犠牲にする.

■代替手段と権利からの議論

最後の項について補足しよう.「一部の利用者が犠牲になり精神障害になって自殺したり痴漢したりしたところで,ほかの一部の利用者の要求に応えられれば問題ない」という反論もあるだろう.両方のタイプの利用者の要求に応えられるようなシステムなら問題なかったのだが,今回のシステムはそうではない.だからどちらの要求をより基本的なものとして認めるかという話になる.これには代替手段の問題と権利の問題がかかわる.

代替手段にかんする考察

代替手段の存在から考えると,迷惑メールにたいして大学側が取るべき対応は消去法により,

  • なにもしないか,あるいは
  • すべてのメールを届けるという基本機能を満たした上で対応する

となる.

  • 大学側で今回のようにメールを検閲する対応をしたときは,配送されないメールについて利用者側ではなんの対策もとれない.唯一の護身法は大学メールアドレスの使用を止めることだが,相手によってはそれもできない.
  • 大学側でなんの対応をしなくても,利用者側で (大学アドレスの使用をやめなくても) 一定の迷惑メール対策はとれる.迷惑メールの対策はたいていのメールソフトウエアについている.それを利用すれば個人レベルでできる.それで不十分であれば迷惑メール対策のすぐれた Gmail のような Web メールを利用することも (大学アドレスの使用をやめずに) できる.

権利にかんする考察

どちらのタイプの利用者の要求も,情報のコントロールにたいする要求とみなせる.それぞれ「自らの望む情報を受け取る権利」および「自らの望まない情報を受け取らない権利」への要求といえる.そのうち大学が伝統的に守ろうとして来た「表現の自由」や「知る権利」から導けるのは,「自らの望む情報を受け取る権利」の方であるはずだ.

そもそも「自らの望まない情報を受け取らない権利」とか「知らないでいる権利」などというものを聞いたことがあるひとの方が少ないだろう.これらは表現の自由と対立するので古典的自由主義でいうところの権利ではない.たとえば日本国憲法からこれらの概念を導くことは難しいはず.

「自らの望む情報を受け取る権利」についても積極的権利ではなく消極的権利に近いものと考えるべきで,たとえば高価すぎてある本が入手できないという制限はありうる.しかし,入手できないことを大学が追求してきたわけではない.また,いまの議論で問題になっているメールにかんするかぎり---コンピューターを破壊するもののような例外を除けば---そういうコストによる制限は無視できる.

もちろん「自らの望まない情報を受け取らない権利」もまったく尊重されないわけではない.しかし,それはたとえばある書籍を提供しないという手段ではなく,「その書籍が存在するからといって読まなくてもよい」という意味で尊重されてきたにすぎない.あくまでも二次的な意味で尊重されるわけで,一次的には「自らの望む情報を受け取る権利」が優先されて来たのが事実であり,かつそれが規範である.

メールシステムで言えば,「自らの望まない情報を受け取らない権利」は,利用者が届いたメールを読まないことによって,つまり情報としては受理しないことによって守られることになる.ところが今回導入されたメール検閲システムはこの「自らの望まない情報を受け取らない権利」を優先しようとするがゆえに,より基本的な権利である「自らの望む情報を受け取る権利」を犠牲にしている.大学の理念や伝統的な価値観に反するものである.「届いたメールをすべて届ける」という明白な基本機能さえみたさないシステムを導入することは,素人には手の届かない情報通信技術を隠れ蓑にして大学の基本的価値観を破壊しようとする不道徳きわまりない画策である.じっさい,システム推進者たちは,利用者の委託を受けて行うサービスであるスパム対策と,利用者の委託を受けないで勝手に行うメール検閲をまったく区別しないことで,われわれを欺いて来た.利用者の知る権利を守るべき図書館情報機構の下部組織からこの反大学的な検閲の動きが出て来たことはひじょうに残念だ.すべての大学人よ,目を覚ませ!

追記 (7/12/2009). 「最後の段落の「自らの望む情報を受け取らない権利」は、「自らの望まない情報を受け取らない権利」ではないですか?」との指摘を受け,最後の段落を修正した.

追記 (7/24/2009). その後いちおうの解決は得られた.「メール検閲システムへの対処法」を参照.

【2009/07/04 20:38 】
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