ナッシュ遂行では顕示原理は成り立たない

この記事は,ある問題にかんするある研究者との理解の不一致に端を発した覚え書きである.目的はボクの理解するところを伝達すること.用語の説明はかなり省略する.対象読者はメカニズム・デザインに触れたことがあるひと.まずは簡単に用語を復習しておく:

  • 社会選択対応とは選好列 (選好プロファイル) にアウトカム集合を対応させる対応.
  • メカニズム (ゲームフォーム) とはメッセージ (アクション) 列にアウトカムを対応させる関数.
  • 直接メカニズムとは各人のメッセージが自分のタイプ (選好) であるようなメカニズム.社会選択関数 (一価である社会選択対応) のこと.[追記.本稿の結果はこの定義に決定的に依存する.最後の「追記」を参照.]
  • 「メカニズムが社会選択対応を遂行する」とは,つねにそのメカニズムによる均衡アウトカム集合がその社会選択対応で選ばれるアウトカム集合と一致すること.
  • 「直接メカニズムが社会選択対応を正直遂行する」とは,つねに自分のタイプ (選好) を正直に申告する戦略列がそのメカニズムの均衡になり,かつ均衡アウトカムが社会選択対応で選ばれるアウトカム集合にふくまれること.(正直戦略以外の均衡アウトカムが社会選択アウトカムになっているかどうかは関係ない.)

顕示原理とは「ある均衡概念のもとで,あるメカニズムがある社会選択対応を遂行するとき, (その社会選択対応の selection である) ある直接メカニズムがその社会選択対応を正直遂行する」という命題である.この原理は均衡概念が支配戦略均衡あるいはベイジアン・ナッシュ均衡のもとで成り立つことが知られている.

ではナッシュ均衡のもとでは顕示原理は成り立つか? テキストなどではなぜかあまり触れられない疑問だが,ボクは成り立たないと思っている.しかし成り立つと信じているひとは意外に多いかもしれない.ここではどうしてそういう誤解が生じたのか (ベイジアン・ナッシュ均衡は完備情報化ではナッシュ均衡になるから?) は気にせずに,成り立たない理由を説明してみる.間違っていたら教えて.

ボク自身が成り立たないと思ったきっかけは,自分が証明に行き詰まったからだ (笑).たとえばベイジアン・ナッシュ均衡による遂行にかんする顕示原理の証明 (e.g., MWG, Prop 23.D.1) を辿ってナッシュ均衡による遂行の場合を証明しようとすると行き詰まる.その原因は以下の違いに起因する:

  • (ベイジアン・ナッシュ均衡を通常考える) 不完備情報での戦略とは,自分のタイプからアクションへの関数である (各自 i は自分のタイプθiのみ知ってアクション sii) を選ぶ)
  • (ナッシュ均衡を通常考る) 完備情報での戦略とは,タイプのプロファイルからアクションへの関数である (各自 i は全員のタイプθを知ってアクション si(θ) を選ぶ; MWG Chapter 23, Appendix B 参照)

より具体的に言えば,証明の最後近くで詰まるはず.g(si(θ'), s-i(θ)) のような形が出て来てきれいに分離できない.(もとの証明では g(si(θ'i), s-i-i)) となるところ.) つまり "Tell me your type" の部分で自分以外のタイプも申告してしまうわけだ.

もちろんボクが証明できないというだけではある命題が偽であることにはならない (←当然だよなあ).したがって反例を挙げることにする.(じつは反例を考えた記憶がない.指摘してくれた方に感謝.) これで「成り立つ派」も納得では?: 間接メカニズムである Walker メカニズムは Lindahl ルールをナッシュ遂行する.しかし Lindahl ルールにおいては正直に選好を申告することはナッシュ均衡にならない.したがってナッシュ遂行では顕示原理は成り立たない.納得してもらえたかな?

おまけ 1. 「正直遂行」が「遂行」の特殊ケースになっていないことに注意すれば,一般には顕示原理の逆は成立しないことが分かる.つまり「ある直接メカニズムがある社会選択対応を正直遂行するとき,あるメカニズムがその社会選択対応を遂行する」という (字面からは当然そうな) 主張は成り立たない.ところがこれが成り立つという誤解は少なくないようで,しばしば不適切な場面で「分析を直接メカニズムに限定してよい」という記述が見られる.(MWGや契約理論のテキストではメカニズムの均衡アウトカムのなかに社会選択対応で選ばれるものが入っていることをもって「遂行」としていることが多い.この場合,顕示原理の逆は当然成り立つので,分析を直接メカニズムに限定するのは問題はない.問題なのは「遂行」の意味が本文でしめしたものと同じであるにもかかわらず顕示原理の逆が成立すると想定してしまう場合である.)

おまけ 2. 実はまだゆっくり見てないのだが,Behavioral Mechanism Design Bibliography Database というサイトが便利らしい.

おまけ 3. メカニズムデザインにかんする入門記事としては,「ソロモン王のジレンマはセカンドプライス・オークションで解決できるじゃないか!」をすすめるが,専門用語を避けているためこの記事の理解のためには不十分である.この記事の理解のためには,三原麗珠の「メカニズム・デザイン: レクチャー・ノート」レベルの知識は欲しいところ.

追記 (10/24/2009). Osborne and Rubinstein (1994) によればナッシュ遂行では顕示原理は成り立つという! 「平凡助教授まちがってるじゃん!」って?---そうではなさそうだ.どうしてこういう違いが起きたかと言えば,彼らの正直遂行の定義 (Definition 179.2) では,ここでいう直接メカニズムに当たるゲームフォームで人々は (自分のタイプに代わって) 全員のタイプを申告することになっているためである.どうやら顕示原理も定義の微妙な違いによって成立したりしなかったりするようだ!

(HRM からの寄稿)

【2009/10/23 22:43 】
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「問題だ!」と言う人がいちばん問題?

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」

イヤな言葉だ.こういう言葉は言われたくない.孔子様の「己の欲せざるところ,人に施す勿れ」の由来にしたがえば,他人には言ってみたい言葉ということになるだろう.だがボクの周囲には,本当に問題であることにたいして「問題だ!」と激しく指摘してくれる人がボク以外にいないので,使う機会はあまりなさそうだ.(おもしろいことに「そんなの自由でしょう.ちっとも問題ではない!」とボクより激しく主張する人はもっと少ない.) 残念だ.けっきょくはボクが言われる方になるのだろう.そのときは,

「「「問題だ!」と言うひとがいちばん問題なのだ」というひとがいちばん問題なのだ」

と言い返すことにしておこう.

ところでさいきんその言葉を口にした人がいる.いや,文字にした人が.武蔵野 (三鷹・小金井) の杜で学んだと思われるもと隣人で (思いちがいなら失礼!) ,いまは海を挟んだ隣人であるショウゴさんこと三野牧師である.そのブログ記事のタイトルは「その正論は間違っている」.勇ましいタイトルのわりに本文はソフトだ.(とりあえず「敵対的」トラックバックは送った.悪意はないけど,理解されない可能性はあるかも.そのときは仕方ない.というか,もともとトラックバックは受け付けてないぽいな.)

で,物好きなボクがそれにちょっかい出したら,ショウゴさんはさらにソフト度を増幅させ,「誤解を与えたようでしたら申し訳ありません」と応えてくださった.「牧師さんに謝らせるような偉〜いあんたは誰様なの?」って? 我が輩は平凡助教授である.

どうちょっかい出したかって? 「正論を言わないことに激しく痛みや苦しみを感じるひともいるのです.言ったら言ったでまたべつの痛みや苦しみがあるのが悩ましいところですが」と言ったのさ.なにしろボクはある科学的測定結果によれば,自由を奪われることにかんして最低でも通常の日本人の64倍は強く痛みや苦しみを感じるらしいから.補足しておくと,自分自身が痛みや苦しみを感じなくても,正論が通らないことによって痛みや苦しみを受けるであろう多くの人々のことの方が目の前にいる相手のことより気になるという人もいるだろう.

いやあ,ショウゴさんゴメンなさい.べつにショウゴさんが上記の言葉を他人に向けて発したとは思ってませんよ.仮に発するとしても,かなり頑固な反戦主義者のようだから,相手とか状況を選んで,それなりに納得できるようなやり方で発することと推測します.ボクの方も冒頭で「こういう言葉は言われたくない」とは言ったものの,べつに利害関係ないひとに言われるだけなら,「あ,そう」という感じで,特に気にしません.

少し建設的な方向に話を進めよう.牧師さん曰く:

「物事や人を良い方向に導くのは正論であるかどうかという部分よりも、
相手や物事の本質と同じ目線に立とうとしているかが大きいと思うのです。

これもあまり嬉しくはないけど,じゅうぶん理解できる.ビジネススクールにいたことのあるゲーム理論家らしく言い換えれば,

「目標が正しくても,戦略が誤っていれば目標は達成できない」

とでもなるだろうか.ありがたみもへったくれもない世俗的な言い方だが,こういう言い方の方が大学教員にはふさわしいだろう.(牧師とちがって,大学教員とか経営者は「なにを精神論なんか言っている!」とバカにされる立場だから.) でも言い換え前の言葉にふくまれている精神はそんなには失ってないと思う.そのわけは面倒なのでここでは議論しないけど,ビジネスあるいは市場こそが道徳的だという理解は倫理学者にも広まって来ているからいいだろう.そもそも戦略的な行動を取ること自体は善悪とは関係ない.

「「問題だ!」と言う人がいちばん問題なのだ」という言葉を (好意的かつゲーム理論的に) 再解釈すれば,後ろの方の「問題なのだ」というのは,「悪い」という倫理的判断ではなく「戦略が下手」という,技巧にたいする評価だと理解できる.言われて嬉しい言葉とはいわないが,かなり客観的な命題に聞こえなくもない.

そういうボクはじつは戦略的に行動するのがとても苦手だ.問題を見つけしだい,犯人を探し出して罵倒して潰そうとするのが常だ.(いや,通常は問題というのは複雑なインセンティブから生じており犯人を特定できるものではないので,とりあえずだれでもいいから同じ問題で苦しんでいそうな「仲間」の前で怒りを表現してみる.笑) じっさい (あらゆる場面でとは言わないけど) いろいろと損をしていると思う.

それじゃ「ゲーム理論家として問題じゃないか?」と言われたら何と答えたらいいだろうか.「戦略的に行動できているからといって,それを認めることが戦略的に有利だとは限らないだろ.ふつうは不利になると思うよ.ボクがコンサルタントやってたり一般向けのゲーム理論の本を書く予定があったりしたらべつだけど,そうじゃないから,べつに戦略的行動が下手と思われてもぜんぜん困らない.能ある鷹は爪を隠すと言うじゃない.いや,いや,それは一般論で,ボクは単にバカなんだよ.いや,バカって言っちゃ創造主に怒られるからそれは撤回して,なんというか,日常的に戦略的思考とかしてたら疲れるので一切しないことにしてるんだ」とでも答えて煙にまけばいいかな.アハハ.

信じてもらわなくて結構だが,ボクは善悪にかかわるような問題については愚直に行動することにしている.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.愚直に行動している.戦略性はそこにはない.ホントだよ.ホントだってば.

うまく説明できないが,あるシチュエーションを戦略的にうまく乗り越えたとしても,似たようなシチュエーションは繰り返し起こりうる.短期的に見ればうまく問題を解決できるような戦略でも,長い目で見れば大きな失敗になっていることがある.(考えてみよ.たとえば市場がすばらしいのはそれが人知を越えているからだ.将来的に持続して正しく予想できるわけがない.)「ヤクザの脅しに乗ってカネを払ってしまったら,そのヤクザやほかの連中に将来つけ込まれることになるかもしれない」ということだ.もちろん「ヤクザの方もビジネスは続けたいはずなので,特定地域で長期的に活動しているようなヤクザなら信じて従うのが賢い」という反論も理解できなくはない.それでもボクは「問題だ!」と指摘することも行動することも止めたくないのだ.

なんかいつのまにかヤクザの話になってしまった.ボクの置かれた環境を表現するには泣きそうなくらい適格な比喩なので,笑ってしまいそうだ.

【2009/10/20 18:27 】
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しばらく更新しないと思う

前回の記事からもうひと月か.10月終わり頃まではたぶん更新できない.この機会に盟友 theorist2 のはてなハイクを講読することをお薦めしよう.

【2009/09/19 13:26 】
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iPod touch アプリケーションを研究費で買う方法

iPod touch あるいは iPhone 用のダウンロード販売アプリケーションを研究費で購入する方法を紹介しよう.結論から言えば「iTunes Card を利用せよ」ということになる.教員に割り当てられた個人研究費でダウンロード製品を買うことはできないわけではないらしいが,個々の iTunes touch アプリの値段は少額のことが多い.そのたびに総務の契約課の事務職員の (そしてそれ以上に自分の) 手を煩わせるのは効率が悪い.そこで思いついたのが iTunes Card だ.これなら一度の申請で一定額分の購入枠を手に入れることが出来る.あとは必要なアプリケーションを見つけしだいその枠から支払って行けばよい.

ということで iTunes Card の購入申請をしてみたところ,数週間経って (遅い!) 契約課から文句が来た:

「iTunes Cardについては、カードを利用して、
ネットより音楽ソフトをダウンロードするものと認識しています。
カードを使ってどのようなものを購入されるのかが、分かりませんので、
理由書を取るようになっております。
同様に、ダウンロードされるソフトが、教育研究に関わるものであること及び市
販のCD等で購入されない理由も記載下さい。」

いや,べつに音楽が欲しいわけじゃない.CD は聴ききれないほど持ってるし.「研究費で買った iPod touch 用にアプリケーションを入手したいだけなんだ」と契約課に返事した.先方は事情は分かったようだが,それでも理由書が要るという.限られた研究費のもっとも価値のある使い方を知っているのは研究者本人だから,つべこべ言わないで研究者本人にまかせてもらいたいんだけどな.しかしそれでは埒があかないので正直に理由書を書いた:

平成香川大学経営管理室契約グループ 担当者殿
平成21年7月10日
ダウンロード製品購入カードについて
大学図書館 平凡助教授

教育研究内容
人文・社会・情報科学の包括的研究

購入目的
Apple 社製 iTunes Card が必要な理由は,同社製 iPod touch 用のソフトウエア購入のためである.(同製品のソフトウエアは店頭ではなく iTunes Store を通じたダウンロードによって販売されている.) 購入予定のソフトウエアは以下のようなものである:

  • iPhone 3.0 Software Update for iPod touch. 同製品の OS を更新するもの.カット,コピー&ペーストなど現バージョンの OS に欠けた機能を提供.
  • 各種辞書および語学教材.[注: あらかじめメールで参考記事を送っておいた.]

以上,よろしくお願いします.

数週間後,図書館内の注文品を受け取るボックスを確認したところ,ヤマダ電機の袋に入った iTunes カード1万円分が届いていた.ということで,ボクにかんするかぎりは上の理由書でよかったようだ.この結果,以前から導入していた無料の ITJ 六法やピアノ鍵盤アプリに加え,今回購入した iTunes カードで iPhone 3.0 Software Update,大辞林,i英辞郎,そして Dictionary.com (こいつは無料だな) を iPod touch に導入することが出来た.今後は語学ソフトなんかも買うかもしれない.

他大学や同大学他教員については上記のような理由書で行けるかどうかは分からないが,試してみる価値はあるだろう.その際「教育研究内容」が重要なのかどうかは分からない.ボクの場合は学内事務向けには長年「人文・社会・自然科学の包括的研究」というのを使って来た.今回は特に理由もなく,現状の教育研究内容を忠実に記述するためにやや分野を絞ってみた.自分自身の教育研究内容をそのまま書いても通りそうにないと心配する人は,「人文・社会・情報科学の包括的研究」というのを参考に,アレンジするなりオリジナルなものを考えるなりして欲しい.かぎられた研究費をほかの無駄なことにではなく価値あることに使おうじゃないか.

【2009/08/19 22:59 】
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メール検閲システムへの対処法

メール検閲システムは大学にとって自殺行為」というエントリーで指摘したメール検閲と無断削除の問題はいちおう解決した.管理者と情報センター関係者には丁寧に謝意を表明しておいたので,この記事の公開をもってやっと心の平静を取り戻せることになる.これでここ数週間続いていたうつ気分から抜け出せそうだ.

ただし個々のユーザーで対処できる問題ではないので,「無断削除は困る」という利用者は,管理者に申し出る必要がある.自由を回復するためにはそれなりの戦いというか,多少のコストは覚悟しなければならない.(そのコストの大部分は先人たちが払ったくれたわけだが.)

ちなみに Barracuda システムを管理している情報センターに問い合わせてみたところ,当初は 「TCP/IP [SMTP のことを言いたかったのかも?] は,通信を必ず実現するということを保証(ギャランティ)しないところの,ベストエフォート型であるといったような通信を規定していますです.到達を保証したりとか通信の秘匿を前提としたとかいったところの技術というわけではないと言っても構わないであろうということをご理解して下さいです」という迷答さえあった. 「配達証明郵便とか書留でなければ,家主が借家人のポストを覗いて私信を勝手に捨てていい!」 なんて理屈が通るわけないでしょ,あんた! まあ,その後は (こちらが電話するまでまったく情報提供してくれなかったことを除いては) 適切に対応してくれたので,あまり悪くは言わないことにしましょうね.

断っておくけど,メールの中身をスキャンするという意味での検閲の問題は完全には解消していない.しかし一般に「検閲」で特に問題になるのは,著作中のある部分が消されたり,著作物が流通を阻止されたり,著作物の存在自体が隠されることにより,国民 (今回は利用者) の知る権利が損なわれることにある (というていどにボクは認識している).その意味でボクはメールの中身がスキャンされるという意味の検閲に強硬に反対しているわけではなくて,あくまでメールが無断で削除されて届けられないことを重大視しているだけだ.無断削除がほぼ解消された以上は,今回の解決をもってよしとすることにした.

当初情報センターは「努力はするが,フィルタで拒否された一部のメールが届けられない事態を完全には解消できない」と説明していた.その後,関係者の試行錯誤や関連文書の検討の結果,以下の対応ができることが判明した.

対応

メールアドレスを「受取人ホワイトリスト」に追加する (「受取人ホワイトリスト」というのはボクが勝手にそう呼んでいるだけで,じっさいはもっとちがう名前の可能性がある).これですべての Barracuda システムのフィルタを完全に無効化できたことになる (システムに送られて来たメールがすべてメールサーバーまで通過する) かどうかは不明らしい.しかし情報センター側のログから判断する限り,たぶんそうなっているということだ.

受取人としての自分の調査でも,無断削除されるメールはゼロになったかどうかは分からないものの,許容できるレベルにまで減少したものと推測される.今年5月はじめ 200通ていどだった一日あたりの受け取り「スパム」数は,その後減少し,Barracuda 導入直前は30通ていどになっていた.そして Barracuda 導入直後は10通未満で,その後センター側の対応もあってやや増えて,20通前後になっていた.明確な増加がみられたのは,センターの担当者に電話した日以降で,当日センターは上記のホワイトリスト追加を実行した.一昨日は75通,昨日は75通となっている.Barracuda システム導入以前よりだいぶ増えているのは謎だが,とりあえず届いているメールは増えた.

残された問題

  • Barracuda のシステム自体に対処法が組込まれていたのは当然とはいえ評価できる.しかし管理者がその対処法を見つけるのに相当手間がかかったらしい.(システム導入前の原状を回復するだけの処置なのだから,Barracudaのサポートに問い合わせればすぐ解決していたかもしれない.しかし管理者としてはシステムについてじぶんで把握しておきたいため,サポートをあまり期待していなかったという事情はある.) 利用法が複雑なシステムを維持できる体制をセンターは整えなければならない.
  • 受取人のホワイトリストへの追加は,ユーザー側では設定できない.管理者による設定となる.この対処法とはべつに,受取人として対処できることは文書化してマニュアルにふくめておく必要がある.
【2009/07/24 22:19 】
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メール検閲システムは大学にとって自殺行為

前回記事「メール検閲システムにかんするメモ」に書いたメール検閲 (スパム対策) 問題について改めて考察する.「そりゃ検閲だから悪いの当たり前よ」と言えばその通りなんだが,そういう単純な理由では分からない人もいるようなので,まじめに書いてみる. 前述の記事を読まなくても分かるように,検閲システムに反対する理由を書く.簡単に言えば,大学人としてそして図書館教員として,利用者の知る権利を侵害するこのシステムの導入を許すわけにはいかないということだ.

それにしても,ボクに届いたメールを勝手に捨てることを平然と「サービス」と言う神経には唖然とする.ひとがどれだけ不安とか情けなさとか無力感を感じているのか想像できないんだろうか.メールが届かない分については,自分では対策しようがない.どういうメールが拒否されているのかまったく分からない状態で能天気でいろというのか.そういうひとばかりだったらあんなに神経科がはやるわけがない.

「雑草」という名の草はないように,「スパム」という名のメールもない.ボクが「スパム」と呼ぶにすぎないのだ.ただし断っておくが,ボクに代わってあなたがたに「スパム」を決めろと頼んだつもりはない.そこを間違えないでもらいたい.

ボクとしては大学丸ごと Gmail と Google ドキュメントでも使い始めてくれたほうがマシだった.学生へアクセス制限した形でのファイル配布も楽になるし.だが,図書館情報機構の下部組織である総合情報センターが選んだのは,それより劣るように見える解決策だった.コストについては知らないが,場合によってはこれから乗り換えることも選択肢として考えられるはずだ.どうするにせよ,決してこれまでの投資分が無駄になってしまうという思考に捕われてはならない.サンクコストはサンクコストである.これは意見の問題ではなく合理的選択の問題だ.

■導入されたメール検閲システムの概要

まず,今回大学が導入したメール検閲システムの (ボクが把握している) 特徴を列挙する:

  • Barracuda Spam & Virus Firewall という製品.
  • 管理者設定による検閲に引っかかったメールは利用者には届かない.大学アドレス宛のメールをほかのアカウントに転送設定しても,検閲は免れない.
  • 利用者設定により本文解析などの利用でさらにきびしくメールを選別できるように設定できる.しかし管理者側で検閲に引っかかったメールを利用者が取り返す設定はできない.

総合情報センターに言わせれば,

自分たちがメールボックスを提供しているのだから,その中身を捨てるのは自分たちの勝手でしょ

ということになる.ボクに言わせれば,

「メールの所有権は受取人にあるはずなので,その論理には疑問がある」

となる.

■メール検閲システムの問題点

総合情報センターの語法では,検閲システムは「サービス」だそうだが,メール受信システムの基本は「届いたメールをすべて届ける」ことである.いろんな付加機能がついたところで,この基本機能が欠けるようでは,ボクをふくむ利用者にとって意味のあるサービスではない.今回導入された検閲システムはこの基本機能を備えていない「欠陥品」である.

この基本機能が欠けたときの問題点:

  • 重要なメールが届かないことがある.これは単なる可能性ではなく,これまで大学で採用して来たスパム判定システムで経験済み.論文を投稿したジャーナルのエディタや出版社のメールがスパム扱いされたケースは何度もあった.これまでのシステムはラベルをつけるだけで配送はしたが,悪いことに今度導入されたシステムでは配送自体を止める.もちろん,これまでのシステムよりは誤判定が少なくなると期待したいところだが,一部メールが届かない以上,どのくらいの信頼性を持つのか利用者が知ることさえできない.
  • 学生その他の大学利用者・取引先からの信頼を失う.たとえば学生に「みなさんからのメールはすべてチェックしている.誤って迷惑メールに分類されることもあるが,それもふくめてすべてのメールをチェックして返事するようにしている.それでも見落としの可能性があるので……」という,学生へのサービスとして教員が当然やっておくべき宣言ができない.じっさい学生からのメールは,アドレス自体が国際規格からみて不適切だったりすることも多いので,検閲で拒否される可能性は低くない.かりに学生からのメールがまったく弾かれなかったとしても,この種の宣言ができないことで学生からの信頼を失う.
  • 自分のコントロールすべき情報をコントロールできない不安がつきまとう.ボクは届いたメールすべてに目を通して,はじめてコントロールできた感覚を持てる.それが出来ない状態は極めて不安であり,気になってほかの仕事が手につかない.頭に来て犯罪でもやりかねないので,公共交通機関も使えない.公平のために言えば,ひとによっては欲しくないメールを目にしないことで,自分が情報をコントロールできた安心感を持てるだろう.今回のシステムは後者のタイプの利用者の要求に応えようとする (じっさいに応えられているかどうかはべつ) ことにより,前者のタイプの利用者を犠牲にする.

■代替手段と権利からの議論

最後の項について補足しよう.「一部の利用者が犠牲になり精神障害になって自殺したり痴漢したりしたところで,ほかの一部の利用者の要求に応えられれば問題ない」という反論もあるだろう.両方のタイプの利用者の要求に応えられるようなシステムなら問題なかったのだが,今回のシステムはそうではない.だからどちらの要求をより基本的なものとして認めるかという話になる.これには代替手段の問題と権利の問題がかかわる.

代替手段にかんする考察

代替手段の存在から考えると,迷惑メールにたいして大学側が取るべき対応は消去法により,

  • なにもしないか,あるいは
  • すべてのメールを届けるという基本機能を満たした上で対応する

となる.

  • 大学側で今回のようにメールを検閲する対応をしたときは,配送されないメールについて利用者側ではなんの対策もとれない.唯一の護身法は大学メールアドレスの使用を止めることだが,相手によってはそれもできない.
  • 大学側でなんの対応をしなくても,利用者側で (大学アドレスの使用をやめなくても) 一定の迷惑メール対策はとれる.迷惑メールの対策はたいていのメールソフトウエアについている.それを利用すれば個人レベルでできる.それで不十分であれば迷惑メール対策のすぐれた Gmail のような Web メールを利用することも (大学アドレスの使用をやめずに) できる.

権利にかんする考察

どちらのタイプの利用者の要求も,情報のコントロールにたいする要求とみなせる.それぞれ「自らの望む情報を受け取る権利」および「自らの望まない情報を受け取らない権利」への要求といえる.そのうち大学が伝統的に守ろうとして来た「表現の自由」や「知る権利」から導けるのは,「自らの望む情報を受け取る権利」の方であるはずだ.

そもそも「自らの望まない情報を受け取らない権利」とか「知らないでいる権利」などというものを聞いたことがあるひとの方が少ないだろう.これらは表現の自由と対立するので古典的自由主義でいうところの権利ではない.たとえば日本国憲法からこれらの概念を導くことは難しいはず.

「自らの望む情報を受け取る権利」についても積極的権利ではなく消極的権利に近いものと考えるべきで,たとえば高価すぎてある本が入手できないという制限はありうる.しかし,入手できないことを大学が追求してきたわけではない.また,いまの議論で問題になっているメールにかんするかぎり---コンピューターを破壊するもののような例外を除けば---そういうコストによる制限は無視できる.

もちろん「自らの望まない情報を受け取らない権利」もまったく尊重されないわけではない.しかし,それはたとえばある書籍を提供しないという手段ではなく,「その書籍が存在するからといって読まなくてもよい」という意味で尊重されてきたにすぎない.あくまでも二次的な意味で尊重されるわけで,一次的には「自らの望む情報を受け取る権利」が優先されて来たのが事実であり,かつそれが規範である.

メールシステムで言えば,「自らの望まない情報を受け取らない権利」は,利用者が届いたメールを読まないことによって,つまり情報としては受理しないことによって守られることになる.ところが今回導入されたメール検閲システムはこの「自らの望まない情報を受け取らない権利」を優先しようとするがゆえに,より基本的な権利である「自らの望む情報を受け取る権利」を犠牲にしている.大学の理念や伝統的な価値観に反するものである.「届いたメールをすべて届ける」という明白な基本機能さえみたさないシステムを導入することは,素人には手の届かない情報通信技術を隠れ蓑にして大学の基本的価値観を破壊しようとする不道徳きわまりない画策である.じっさい,システム推進者たちは,利用者の委託を受けて行うサービスであるスパム対策と,利用者の委託を受けないで勝手に行うメール検閲をまったく区別しないことで,われわれを欺いて来た.利用者の知る権利を守るべき図書館情報機構の下部組織からこの反大学的な検閲の動きが出て来たことはひじょうに残念だ.すべての大学人よ,目を覚ませ!

追記 (7/12/2009). 「最後の段落の「自らの望む情報を受け取らない権利」は、「自らの望まない情報を受け取らない権利」ではないですか?」との指摘を受け,最後の段落を修正した.

追記 (7/24/2009). その後いちおうの解決は得られた.「メール検閲システムへの対処法」を参照.

【2009/07/04 20:38 】
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メール検閲システムにかんするメモ

図書館情報機構の下部組織である総合情報センターがメール検閲をはじめた.彼らが「スパム」とみなすメールをサーバ利用者に届けないところがポイント.

「自分たちがメールボックスを提供しているのだから,その中身を捨てるのは自分たちの勝手だ」

ということらしい.勝手なものだ.まとまった考察は次回にして,この記事ではすぐ思いつく問題点などを指摘しておく.反対の声を高め,検閲を止めさせよう.

  • 私信を勝手に削除してもらいたくない.当たり前の感情.
  • フィルタをかけないのがもともとの状態であり,いちばん自然.自然な状態が回復できないのは問題.
  • 迷惑メール対策は必要なら個人レベルでやってるはず.まちがって判定されていないか確認するためにいちいち大学に来てメールボックスを開かなければならないのは不便.
  • 「スパムを苦情とする声に答えるようなサービスをした」ということだが,苦情の主は自分のメールボックスに届くスパムを問題にしたはず.他人のメールボックスに届くメールを妨害しようとしたわけではないだろう.欲しているサービスと提供しているサービスが噛み合っていない.(仮にその人が妨害しようとしたというなら,それは他人の情報収集をする自由を否定しようとする,学者としての風上にもおけない者の意見.そういう学問の自由をも否定する反大学人の意見をまともに受け入れるのは真理探究の府として自殺行為.)
  • だいたい,検閲を「サービス」とよぶのは,どこの全体主義国家だ.受け手の代理人としてスパムを削除するなら「サービス」と言っても問題ないが,実情は受け手の意思に関係なく削除するわけだから,それを「サービス」とは言わないだろう.大学のアドレスが使い物にならなくなる (そのこと自体も確認しようがない),こういう最悪の「サービス」はさっさと停止してもらいたいですね,検閲官!
  • デフォルト設定が検閲状態になっているのはおかしい.デフォルトはすべてのメールを通したうえで,希望者だけがフィルタをかけられるようにすべきだった.これは図書館が利用者の知る権利を守るための機関であることのコロラリーである.図書館情報機構が検閲することは「図書館の自由に関する宣言」に反する.(図書館が知らないでいる権利を守る機関だったとしたら話は別だが,そうではない.だがちゃんと「図書館はすべての検閲に反対する」とある.) 常識的に考えても「有害であるとか迷惑であるとかは,読者の判断に任せよ」というのが大学や図書館のあり方でしょう.

図書館情報機構という表現の自由を守るべき牙城が,自由な情報の流れを妨害するのは情けない.総合情報センターというところは情報の流れを停めることが仕事なんだろうか.

参考

図書館の自由に関する宣言

【2009/07/04 15:16 】
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NEW レオマワールドの動物園は集客なしでやっていける?

NEW レオマワールドの動物園に行ってきた.潰れてしまった旧レオマ時代もふくめて,レオマワールドに行ったのははじめてだ.

ほとんど人影がないため閉鎖中と間違えそうな意味不明の人工湖のほとりを抜け,だれも乗っていない長い長いエスカレーターで上った丘の上の,そのまた奥にその動物園はあった.「オリエンタルトリップ」と呼ばれていたエキゾチックだった区画の跡地の「廃墟」のなかに動物を集めたもので,タイの古い寺院を移した遺跡 (の遺跡?) の奥にある.

というか,この土地ぜんぶがバブルの時代の遺跡と言っていいだろう.手許の古い雑誌に「夢と冒険と感動のレオマワールド」とあるが,たしかにいまは破れてしまったあの時代の夢を感じるにはいい場所だ.経営学を学ぶ学生にはおすすめだ.まだ営業中であり「廃墟」と呼ぶには中途半端だが,廃墟マニアも喜ぶかも.土曜というのに従業員はチケット売り場をふくめて3人しか見かけなかったし,広い場内に客は15名もいなかったと思う.すべてのレストランは潰れていて,建物は荒れ放題だった.運営会社の地図では,わんわんゾーンやふれあいゾーンは入り口付近になっているが,じっさいはそれらも寺院の奥にあった.おそらく従業員を減らすために集中させたのだろう.

しかし動物園としてはかならずしも悪くないかも.客がほとんどいないだけあって,順番待ちや時間を気にせずに犬とかウサギとかと触れ合うことができるから.ただし動物と触れ合うための場所に従業員がいるとは限らないから,従業員をみつけるのがたいへんかもしれない.ボクがウサギと触れ合ったあとも,それまでそこにいた飼育係と見られるお姉さんが 100 メートルほど離れた小屋に移動して,今度は飲み物の販売員をしてくれた (ビール2種類と清涼飲料水3種類だけ売っていたと思う).より直接には,エサの準備と次の触れ合いコーナーへのボクのリクエストに備えてその場所に移ったようだが.

「あれでどうやって採算取れるんだろう? ひょっとすると入口までのエスカレーターの維持費さえ稼げないかも?」などと余計な心配をしつつ帰って来た.調べてみるとどうやら動物の輸入販売とかリースとかをやってる会社が運営しているらしい.学生がいるのかどうかはしらないが,動物飼育スクールもやってるらしい.なるほどな.集客はなくてもやっていけるのかもなあ.

追記 (7/12/2009)

客来ねえ〜よ.

【2009/06/21 22:42 】
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囚人のジレンマの作り方

「囚人のジレンマ」については聞いたことがあるだろう.ゲーム理論ではもっとも有名なゲームだ (実際はあまり「ゲーム的状況」になっていないのだが).このブログでも「仲介者による囚人のジレンマ解決法」という記事であつかったことがある.

最近,自分で作った演習問題 (正誤問題) を見ていてふと気づいたことがある.

「ナッシュ均衡から同時に二人が離れる (戦略を変える) ことによって,その二人の利得が両方とも改善されることはない」というステートメントの真偽を尋ねる問題だ.正解は「偽」で,囚人のジレンマを反例としてあげればよい.

囚人のジレンマを反例としてあげてくれればその問題の正解にはなる.その問題の場合ほかにももっと簡単な反例はあるが,問題によっては囚人のジレンマくらいしか思いつかないものもあるだろう.そういう問題ではしばしば「囚人のジレンマ」と答えるだけでは不十分で,出題者は利得行列を要求することが多い.すると「囚人のジレンマの利得は暗記しないといけないのか? あの数字はどうやって思いつくんだ? 手品じゃないんだから種明かしくらいして欲しい」という学生が現れるかもしれない.「ゲーム理論家は賢いからそんな数字はすぐ思いつく.ゲーム理論をマスターできるような学生にとってもそんなことは十分簡単なはずだから,その数字をどうやって思いついたかなんてことはどのテキストにも載ってないよ」と突き放せばいいのかもしれない.じっさい,作り方なんて載せてるテキストを見た記憶がない.だが,そうすると本気で囚人のジレンマの利得表を丸暗記しようとする学生が出て来るかもしれない.それは教育的にはあまり望ましい状況とは言えないので,以下に作り方を解説してみる.

リマーク.こういう天から突然与えられたような例は数学や経済理論をやっているとしばしば遭遇する.たとえば社会選択では多数決で選択肢 a が b に勝ち,b が c に勝ち,c が a に勝つようなサイクルを与えるような選好の組が突然出て来る (たとえば投票者 1 は abc の順に選好,2 は bca の順,3 は cab の順).その作り方はまず説明されない.

簡単なので説明しておこう.要するに a→b→c→a のサイクルを最初に考えて,1の選好はこのサイクルのc→a 部分をぶった切ったもの,2の選好は a→b 部分をぶった切ったもの,3の選好はb→c部分をぶった切ったものとすればいい.図式は三原麗珠のアローの定理解説ビデオの 2:59 あたりからの解説にある.(同ビデオのスライドの pdf は香川大学学術情報リポジトリにある.)

まず,(もっとも簡単な) 囚人のジレンマは2人ゲームで (プレーヤーは Player 1, Player 2 とする),プレーヤーはそれぞれ戦略を2個持つことくらいは覚えておこう (Player 1 の戦略は U, D で,Player 2 の戦略は L, R としておく).そうすると戦略の組は4つしかない.したがって利得表を埋めるための数字としてはたとえば 0, 1, 2, 3 の4個を用意しておけば十分である.

詳細.まず,Player 1 が順序付けすべき対象は,4つの戦略ペアだけである.混合戦略を考えないという前提では,利得の意味するものはその大小関係にすぎない.したがって(1, 2, 2.1, 2.101) なんていう4つの数字を (0, 1, 2, 3) と言い換えたところで問題はない.同様に Player 2 の利得を表すにも 4 つの数字で十分だ.読者は 「Player 2 は Player 1 の 10 倍感じる」ということを表現しようとしてPlayer 2 の利得に使う数字を (0, 10, 20, 30) としたいかもしれないが,これも (0, 1, 2, 3) と言い換えられる.つまり非協力ゲーム理論では通常は「Player 2 は Player 1 の 10 倍感じる」なんて個人間比較は意味がないものとされる.じっさい非協力ゲーム理論のまともな解 (均衡概念) をみれば分かるように,異なる戦略ペアにたいする特定のプレーヤの利得の比較はするが,異なるプレーヤー同士の利得は比較しない.(均衡の定義で左辺に i の利得が,右辺に j の利得があるような式は現れないはずだ.)

あとは囚人のジレンマの (i) ストーリーあるいは (ii) 特徴のいずれかを覚えておけばよい.

囚人のジレンマの作り方 1

囚人のジレンマのストーリーを覚えておく.そうすると 4 つある戦略ペアをどういう順番でそれぞれの囚人が順序づけるかは分かるはずだ.利得の低い方から 0, 1, 2, 3 の値を当てはめればできあがり.

囚人のジレンマの作り方 2

この作り方では 0, 1, 2, 3 から利得を当てはまる必要はない.囚人のジレンマの特徴として以下を覚えておく (最後2つの特徴は本質的ではないので,作り方 3 では外す):

  • 各プレーヤーは (強い) 支配戦略を持つ.
  • (均衡である) 支配戦略の組に対応する利得ペアよりも両者にとって望ましい利得ペアがある.後者の利得ペアに対応する戦略ペアはとうぜんナッシュ均衡ではない.
  • 均衡での利得ペアは (u, u) のように両プレーヤーの利得が等しいものになっている.また前項で言う,均衡におけるものより望ましい利得ペアは (u', u') のように両プレーヤーの利得が等しいものになっている.
  • 利得ペア (u, u) は利得表の右下,(u', u') は左上に現れる.

2.1. 均衡における利得ペア (u, u) を適当に決め,u' = u + 1 とする.仮に (u, u) = (1, 1) とすると,(u', u')=(2, 2) になる.

2.2. この段階で利得表は以下までできている.

L R
U (2, 2) (?, ?)
D (?, ?) (1, 1)

あとは,D と R が支配戦略になるように表を埋めれば以下のようになる.ここでは戦略を切り替えたときの利得の差が 1 になるように揃えた.

L R
U (2, 2) (1-1, 2+1)
D (2+1, 1-1) (1, 1)

つまり,

L R
U (2, 2) (0, 3)
D (3, 0) (1, 1)

補足2.1. もし利得を 0, 1, 2, 3 から選ぶならば, (u, u) = (1, 1),そして (u', u') = (2, 2) となる.

  • (u, u)=(0, 0) にはならない.もし (0, 0) であれば,(可能な利得が 0, 1, 2, 3 と,すべて 0 以上であるため),D や R が支配戦略であることに反する.
  • 一方,(u', u')=(3, 3) にはならない.もし (3, 3) であれば,(可能な利得が 0, 1, 2, 3 と,すべて 3 以下であるため) (3, 3) に対応する戦略ペアがナッシュ均衡になってしまう.
  • 以上より,0< u < u' < 3 であるから,u = 1, u' = 2 となる.

補足 2.2. 利得ペア (u, u)=(1, 1) を利得表の右下にすれば,利得ペア (u', u') = (2, 2) の位置は左上になる.

もし (u', u') = (2, 2) を以下の図のように右上に持って来ると,D が支配戦略であることに反する.

L R
U (?, ?) (2, 2)
D (?, ?) (1, 1)

同様に, (u', u') = (2, 2) を左下に持って来ると,R が支配戦略であることに反す.

囚人のジレンマの作り方 3

「囚人のジレンマの作り方 2」で挙げた囚人のジレンマの特徴のうち,最初の2つを使う.各プレーヤーの利得には 0, 1, 2, 3 の数をすべて使うことにする.

3.1. Player 1 の利得を以下のように割り当てる.この割り当ては覚えておいた方がいい (補足 3.2).

L R
U (0, ?) (2, ?)
D (1, ?) (3, ?)

3.2. D が支配戦略になっていることに注意すると L が支配戦略になることが分かる.(詳細.もし,R が支配戦略ならば (D, R) が支配戦略の組となるが,Player 1 の利得が 3 なので,これより改善できないことになる.)

3.3. Player 2 の (D, L) における利得は 0 あるいは 3 にはならないことに注意する.(詳細.この利得が 0 ならば,L は支配戦略にならない.この利得が 3 ならば, (D, L) が支配戦略の組となるが,Player 2 の利得が 3 なので,これより改善できないことになる.)

もし Player 2 の(D, L) における利得が 1 ならば,利得表は以下の通りに決まり,これは囚人のジレンマになる.(均衡を右下に持って来たければ,L の列と R の列を入れ替えればよい.シンメトリックな利得行列が得られる.)

L R
U (0, 3) (2, 2)
D (1, 1) (3, 0)

補足 3.1. 3.3でもし Player 2 の(D, L) における利得が 2 ならば,利得表は以下のようになり (ただし (x,y)=(0, 1) or (1, 0)), 均衡 (D, L) から両者が改善することはできない.

L R
U (0, 3) (2, x)
D (1, 2) (3, y)

補足 3.2. 3.1で Player 1 の利得を以下のように割り当てると失敗する.

L R
U (0, ?) (1, ?)
D (2, ?) (3, ?)

補足 3.3. 3.1で Player 1 の利得を以下のように割り当ててもよい.最後に得られる利得行列はシンメトリックになる.

L R
U (1, ?) (3, ?)
D (0, ?) (2, ?)

あるいは「縦書き」に数字を増やして,

L R
U (2, ?) (0, ?)
D (3, ?) (1, ?)

(HRM からの寄稿)

【2009/04/27 07:28 】
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大学新入生へ

大学へようこそ.「新入生へのメッセージ」ということで原稿を頼まれたので,大学教員として,そして「先輩」として,アドバイスをしてみる.ボクは留年も退学も転校も卒業延期も経験したし,大学の教務主任にお願いして卒業要件を変えてもらったことさえある.長い学生時代を過ごしたので,それなりに有用なアドバイスもできると思う.抽象的・精神的な訓話をするつもりはない.みなさんそれぞれが目指す職業人 (ボク自身で言えば学者) への道のりを少しでも楽なものにできるような情報を提供したい.(ただしボク自身はけっこう無駄なことをやってきた.決して最短コースで学者になったわけではない.)

みなさんの多くは高校までは学校の勉強や受験勉強をしていれば済んだかもしれない.しかし大学生になったら勉強しなければならないことは一気に増える.専門として選んだ学問分野だけではない.効率的にやるためそして長期間継続できるようにするために,勉強法を工夫する余地は大きい.よって勉強法の本も少しは読むといい.たくさん読む必要はない.(受験勉強法にやたら詳しい一方で受験勉強自体はあまりやらない受験生みたいになってもしょうがない.) ボクが気に入ったものを数冊紹介する.

  • 野口 悠紀雄. 「超」勉強法. 講談社, 2000.
  • LifeHack/GTD (Getting Things Done) にかんするネット上の情報.勉強法というよりは仕事法.ボク自身はきちんとやったことはない.でも,やりたいことをすべて書き出して頭のなかを空っぽにするというていどなら昔からやってる.
  • 佐々木 正悟. 脳と心を味方につけるマインドハックス勉強法. 日本実業出版社, 2008.
  • 金出 武雄. 素人のように考え,玄人として実行する: 問題解決のメタ技術. PHP研究所, 2004. ただしこれは必ずしも勉強法の本というわけではない.

さて,方法が分かったら次は中身だ.(本来の順番とは逆かもしれないが,順番は気にしなくていい.仕事でも学問でも,途中経過はそれ自体を問題にしないほうがいい.要するに結果を出すことが重要なのだ.) 学生時代になにを勉強しておくべきか.自分の目指す将来像から逆算して必要なものをピックアップすればいいのだが,それは必ずしも簡単な作業ではない.勉強すべき内容としてボクが学生に薦めたいものを例示してみよう.ものによっては勉強法にかんするヒントなども添えておく.

  • 英語.繰り返し読んで文章を暗記.Podcasting を iPod で聞く.ボク自身は使ってないが,iKnow も検討に値する.
  • 韓国語.余裕があれば英語以外の外国語もマスターしよう.ボク自身は余裕がないけど.
  • 自分の専門分野.4年分あるいは大学院までふくめたカリキュラムを理解したうえで,欠かせない科目を逆算すること.
  • 専門外の関心ある分野.「雑学」でもいい.専門がきちんとしている例として学者を考えてみる.学者のばあい初歩的なものでも専門外の知識は大いに役立つことがある.自分が考えた理論の応用例を見つけたり,他分野のアイディアを自分の専門に活かしたり.
  • ゲーム理論.理論を作る方法を多くの分野に提供する.たった十数時間かけてたとえば渡辺隆裕 『図解雑学ゲーム理論』(ナツメ社, 2004) を正しく読めば理解できる論文数も一気に増えるのに,そうしない研究者が多い.経営学者とか法学者とか.学者を目指す人は,時代遅れにならないようにゲーム理論のような基礎的分野の勉強をきちんとしておこう.ビジネスを目指す人はゲーム理論で戦略的思考を鍛えよう.(ゲーム理論は多くのビジネススクールでコアになっている.) ゲーム理論の科目の例を挙げておく.
  • 統計,データ解析.実証分析のための方法を多くの分野に提供する.統計の手法を知っていると,とりあえず調査をして (どの本にも載っていないという意味で) 新たな「研究」をやったと主張することができる.実証だけでも認められる分野は少なくない.もちろんそれだけでは理論家に「理論なき実証」と批判されるけれども.
  • 情報リテラシー.インタネットや表計算ソフトの使い方など.全角空白でワープロ文書を整形するひとが少なくなりますように.
  • 線形代数と微分積分.大学初年度のもっとも標準的な数学科目と言えばこれだ.理工系学問や経済学にとってそれだけ重要であるということ.
  • 抽象数学あるいは論理学.典型的な法学者が『図解雑学ゲーム理論』を読んだだけで「ゲーム理論を制覇した!」と言えば,笑われるだろう.しかし典型的な数学者が同じことをしても笑われはしない (あるいは笑いの意味がちがってくる).数学者はこれだけでもゲーム理論の論文をけっこう読めるようになるものだ.適切に助言されればゲーム理論の先端的問題を解くこともじゅうぶんできるはずだ.抽象数学を学ぶことは抽象的思考力を高めるだけでなく,こういう (新たな分野をすばやく学習して高度な理解に達する) 効果が期待できる.集合論あるいは論理学の授業を取ることからはじめよう.
  • プログラミング.ソフトウエア開発をめざすひとにとっては当たり前.それ以外のひとにとっても論理的思考の訓練になる.学者をめざすひとにとっては,自分でプログラムして計算できる能力は今後ますます強みになるのではないか.ちょっと以前なら小さなモデルを解析的に (「理論的に」「数学的に」とほぼ同意) 分析していたような理論分野も,その一部は今後大きなモデルを数値計算的に解くことを主流とする計算分野に変貌する兆しがある.
  • 論文の書き方.一年生でも教養ゼミナールなどで論文の書き方を習うかもしれない.しかし,そこで習うのは主として他人の研究成果を引用して組み合わせるような研究法.(一次資料と呼ぶべき) オリジナルな研究成果を作ることが要求される卒業論文の書き方とは別物である.
  • 宗教・思想.人生の意味などについて最終的な答を出すのはもちろん,とりあえず納得できる答を出すのも難しい.しかしそれらについてまったく何も考えを持たない人生も無駄が多い.ある程度の方向性は持ちたい.自分が信仰するか関心を持つ宗教の教典や解説書を読もう.特に信仰を持たないひとは,自由な意思を尊重するリバタリアン (リバタリアニズム) の本を読むといい (無神論者であろうと有神論者であろうと受け入れられるはず).科学的方法を軽視する思想,短絡的に答を出してしまう思想,コミュニズム (共産主義),フェミニズム,環境保護主義には注意.
  • 人間関係,人のマネジメント,恋愛,セックス.ひとを喜ばせたい,あるいは怒らせたい,あるいは協力してもらいたいと思っても,思い通りにならないことがある.実践で学ぶことももちろん大切だが,それだけでなく戦略的思考も必要.ゲーム理論の授業をとった上で関連書を読むのも助けになる.

以上,資格取得のための勉強は挙げていないことに注意.資格のための勉強というのは,すでに知られた知識を取り込むものであり,新しい価値や知識を生み出す研究とはかなりちがう.そのため,刑務所とちがって大学では資格のための勉強は重視されない.大学にかぎらず職場も同様であり,(規制された職種以外では) 資格自体を重視するわけではない.なにかを学ぶためとか,なにか他の目的を達成するために資格を利用するのは問題ない.しかし資格取得自体が目的となってるようなひとは,自分の目的を問い直した方がいい.

最後に,受講科目の選択にあたっては,可能なかぎり優れた教員を選ぶのがいい.これを誤ると,とんでもなく遅れた知識を授けられたり,単純なものごとを複雑に説明されたりして,書籍で学ぶよりも非効率なことがある.このような失敗を最小化するためには,自分の仕事 (研究) をまともにやっている教員による科目を選ぶのがコツだ.

  • 経済学や理工系では,国際ジャーナルに論文を発表しない大学教員は一人前の研究者とはみなされない.学界的には「存在しない」に近いあつかいを受ける.業績は大学の「研究者総覧」のほか,Scopus や Google Scholar などの文献データベースで確認できる.(ただし検索ワードの設定で結果がかなり異なるので,いくつかバリエーションを試した方がいい.)
  • 大学教授というのは『新 大学教授になる方法』(ダイヤモンド社, 2001) を書いた鷲田 小彌太が言うように,頭が悪いひとが意外と多い.いったんなってしまえば淘汰されることはほとんどない.もちろん参入するまでには自殺者もそこそこ出るようなそれなりにきびしい競争はあるが,特に文系の一部分野では,学問的能力とか熱意というよりも単にどれだけ長期間貧乏かつ社会的地位のない生活に耐えられるかといった競争になっている.
  • 「頭が悪い人は同じことを理解するにも頭がいい人よりは苦労するわけだから,その一生懸命考えた経験を教育にも生かせるのではないか」と思うひともいるだろう.学生に教えるべき内容すべてについて (苦労の結果としてかどうかは問わないが) きちんと理解しているならそれでいい.問題は自分の担当科目で学生に教えるべき内容についてさえきちんと理解していない教員が少なくないことだ.
    • たとえばある概念があったとして,それがどう誤解されうるのかをいろいろと知っていることは教育者として大切だ.だがそのことと,教員本人が誤解していることとは別次元だ.正しい理解をしていなければ,誤解法を百個知っていても意味がない.
    • へたな学者は自分が意味をきちんと分かっていない用語を平気で使ったり,いく通りにも解釈されうる表現を論文のなかにいくつも残したりする.そこそこのレフェリー制ジャーナルであれば後者のような論文は蹴られるか書き直しを要求されるだろうが,そういうジャーナルに投稿しない学者は自分では気づかないでいたりする.

以上,勉強法,勉強すべき内容,そして教員の選択についてアドバイスを述べた.このエッセイがみなさんの大学在学中の糧となることを願っている.

【2009/04/19 20:25 】
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